40 / 40
第40話 初春や 桜吹雪の 十三夜 俺と契りて 妻になれっ!
しおりを挟む
「そうか。お母さんとは会えたか。良かった」
「はい。長い、昔話をしました。寝る前に歌ってくれた童謡や、読んでくれたお話、生まれた時から充樹の方が泣き虫だった事……」
「ふふ。笹川は、大変だな。充樹を泣かせたら、珠樹が黙ってないからな」
僕はちょっと頬を膨らませた。
「確かに充樹を泣かせたら一言言うけれど、僕は意地悪な小姑ではありません!」
「ああ、悪かった。怒るな。怒っても可愛いけどな」
僕は政臣さんに、「可愛い」と言われるのが弱い。僕を「可愛い」なんて言うのは、政臣さんだけだから。
「もう……!」
恥じ入って、俯いてしまう。
僕たちは夫婦の新床(にいどこ)で、揃いの白い狩衣を着て、膝を突き合わせて座っていた。
初めて契った晩と同じ。その状況が、余計に頬を火照らせる。
政臣さんの指がすっと伸びて、耳たぶを柔々と摘ままれた。
「んっ……」
「珠樹。俺はお前を、幸せに出来ているか?」
「はい。この上もなく、幸せです」
今までの道のりを思うと、様々な思いが交錯する。
政臣さんが顎を取り、唇を近付けてきた。
「あ」
「ん?」
瞳を閉じかけ、僕は再び見開いた。
「どうした?」
「歌を……詠んでも、良いですか?」
政臣さんは、涼しげな奥二重で微笑んだ。
「ああ。風雅だな。新しい門出に相応しいのを、頼む」
僕は一つ瞑目してから、歌を詠んだ。
「わりなかる
己(おの)が身なれど
妻恋ひす
今宵晴れなり
あながちに逢ふ」
「ほう……解説してくれ」
「『分別のない私ではありますが、貴方を恋い慕っております。今夜晴れがましく、一途に結婚します』、という意味です。政臣さん、僕には貴方だけです」
肩にかかる長い黒髪に指を通して、梳かれる。
「俺も、お前だけだ、珠樹。……確か平安時代には、和歌の上手い下手で、デートするかどうか決めるんだったな。これは俺も、歌を詠まなくちゃいけないな」
「えっ。詠めるんですか?」
僕は思わず、訊いてしまった。
今度は政臣さんが、唇を尖らせる。
「五七五七七で詠めば、良いんだろう?」
いけないいけない。夫を立てなくては。
「はい。短歌は、季語を必要としませんから、心持ちをご自由に伸び伸びと詠んでください」
政臣さんは居住まいを正して、少しの間唸った。自分で言い出したものの、思いの外難しいらしい。
「は」
「は?」
「初春(はつはる)や」
僕は、俯いてしまった。
『初春』は、年の初めや早春の季語だ。今はもう、初夏に近い。
一生懸命考える政臣さんが、堪らなく愛しく可愛らしかったけれど、笑っちゃいけないと、袖口で口元を隠した。
「桜吹雪の」
だから今は、初夏。
「十三夜」
今夜は、十三夜でも何でもない。
「俺と契りて」
駄目だ、もう……政臣さん、ぱんだの赤ちゃんよりも可愛らしいです。
「ふふ……ふ」
「あっ! 笑ったな、珠樹!」
僕はくすくすと吐息で笑う。
「すみません。政臣さん、結びの句を」
「妻になれっ!」
そう言って政臣さんは、僕を布団の中に引き込んだ。
僕の好きな、お豆腐の接吻をされる。はむはむ。はむはむ。
それだけで、心が暖まって滑らかに満たされる。
政臣さん。素敵な歌です。返事は勿論、応です。今宵、貴方の妻にしてください。
目くるめく初夜の快感に溺れながら、心の中で呟いた。
Happy End.
「はい。長い、昔話をしました。寝る前に歌ってくれた童謡や、読んでくれたお話、生まれた時から充樹の方が泣き虫だった事……」
「ふふ。笹川は、大変だな。充樹を泣かせたら、珠樹が黙ってないからな」
僕はちょっと頬を膨らませた。
「確かに充樹を泣かせたら一言言うけれど、僕は意地悪な小姑ではありません!」
「ああ、悪かった。怒るな。怒っても可愛いけどな」
僕は政臣さんに、「可愛い」と言われるのが弱い。僕を「可愛い」なんて言うのは、政臣さんだけだから。
「もう……!」
恥じ入って、俯いてしまう。
僕たちは夫婦の新床(にいどこ)で、揃いの白い狩衣を着て、膝を突き合わせて座っていた。
初めて契った晩と同じ。その状況が、余計に頬を火照らせる。
政臣さんの指がすっと伸びて、耳たぶを柔々と摘ままれた。
「んっ……」
「珠樹。俺はお前を、幸せに出来ているか?」
「はい。この上もなく、幸せです」
今までの道のりを思うと、様々な思いが交錯する。
政臣さんが顎を取り、唇を近付けてきた。
「あ」
「ん?」
瞳を閉じかけ、僕は再び見開いた。
「どうした?」
「歌を……詠んでも、良いですか?」
政臣さんは、涼しげな奥二重で微笑んだ。
「ああ。風雅だな。新しい門出に相応しいのを、頼む」
僕は一つ瞑目してから、歌を詠んだ。
「わりなかる
己(おの)が身なれど
妻恋ひす
今宵晴れなり
あながちに逢ふ」
「ほう……解説してくれ」
「『分別のない私ではありますが、貴方を恋い慕っております。今夜晴れがましく、一途に結婚します』、という意味です。政臣さん、僕には貴方だけです」
肩にかかる長い黒髪に指を通して、梳かれる。
「俺も、お前だけだ、珠樹。……確か平安時代には、和歌の上手い下手で、デートするかどうか決めるんだったな。これは俺も、歌を詠まなくちゃいけないな」
「えっ。詠めるんですか?」
僕は思わず、訊いてしまった。
今度は政臣さんが、唇を尖らせる。
「五七五七七で詠めば、良いんだろう?」
いけないいけない。夫を立てなくては。
「はい。短歌は、季語を必要としませんから、心持ちをご自由に伸び伸びと詠んでください」
政臣さんは居住まいを正して、少しの間唸った。自分で言い出したものの、思いの外難しいらしい。
「は」
「は?」
「初春(はつはる)や」
僕は、俯いてしまった。
『初春』は、年の初めや早春の季語だ。今はもう、初夏に近い。
一生懸命考える政臣さんが、堪らなく愛しく可愛らしかったけれど、笑っちゃいけないと、袖口で口元を隠した。
「桜吹雪の」
だから今は、初夏。
「十三夜」
今夜は、十三夜でも何でもない。
「俺と契りて」
駄目だ、もう……政臣さん、ぱんだの赤ちゃんよりも可愛らしいです。
「ふふ……ふ」
「あっ! 笑ったな、珠樹!」
僕はくすくすと吐息で笑う。
「すみません。政臣さん、結びの句を」
「妻になれっ!」
そう言って政臣さんは、僕を布団の中に引き込んだ。
僕の好きな、お豆腐の接吻をされる。はむはむ。はむはむ。
それだけで、心が暖まって滑らかに満たされる。
政臣さん。素敵な歌です。返事は勿論、応です。今宵、貴方の妻にしてください。
目くるめく初夜の快感に溺れながら、心の中で呟いた。
Happy End.
0
お気に入りに追加
24
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
神子様の捧げ物が降らす激雨の愛
岡本
BL
雨の神に愛された一族の神子様として生まれたルシュディー。ある日突然、彼は転生前の記憶を思い出す。
転生前の記憶を思い出したからか、それ以前の記憶を覚えておらず、困惑する。
それでも自由気ままに、転生前の趣味に没頭していると、国中に雨を降らすことが自分の仕事と判明し、雨乞いの儀式をすることに。
態度の悪い使用人との軋轢も絶えない日々の中、ルシュディーを神子として国に縛り付ける為、側室に迎え入れた第二王子とも仲は良くなくて――。
自分の事も、力の事も何も分からないルシュディーの、全てを捧げたお話。


寮生活のイジメ【社会人版】
ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説
【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】
全四話
毎週日曜日の正午に一話ずつ公開

社畜サラリーマン、異世界で竜帝陛下のペットになる
ひよこ麺
BL
30歳の誕生日を深夜のオフィスで迎えた生粋の社畜サラリーマン、立花志鶴(たちばな しづる)。家庭の都合で誰かに助けを求めることが苦手な志鶴がひとり涙を流していた時、誰かの呼び声と共にパソコンが光り輝き、奇妙な世界に召喚されてしまう。
その世界は人類よりも高度な種族である竜人とそれに従うもの達が支配する世界でその世界で一番偉い竜帝陛下のラムセス様に『可愛い子ちゃん』と呼ばれて溺愛されることになった志鶴。
いままでの人生では想像もできないほどに甘やかされて溺愛される志鶴。
しかし、『異世界からきた人間が元の世界に戻れない』という事実ならくる責任感で可愛がられてるだけと思い竜帝陛下に心を開かないと誓うが……。
「余の大切な可愛い子ちゃん、ずっと大切にしたい」
「……その感情は恋愛ではなく、ペットに対してのものですよね」
溺愛系スパダリ竜帝陛下×傷だらけ猫系社畜リーマンのふたりの愛の行方は……??
ついでに志鶴の居ない世界でもいままでにない変化が??
第11回BL小説大賞に応募させて頂きます。今回も何卒宜しくお願いいたします。
※いつも通り竜帝陛下には変態みがありますのでご注意ください。また「※」付きの回は性的な要素を含みます
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる