39 / 40
第39話 体温
しおりを挟む
ぬけるような青空の元、僕と政臣さん、充樹と笹川さんの祝言(しゅうげん)が行われていた。
四人とも、五つ紋付き羽織袴を着ている。政臣さんと笹川さんが黒、僕と充樹が白だった。
雅楽の音色が響く中、神主さんと巫女さんに導かれて、神社の濡れ縁を進む。後ろには、先代、政臣さんのご両親と続く。
神前の間に入り、神主さんが祓詞(はらいことば)で身の穢れを清め、祝詞(のりと)を唱えて神に二組の結婚を報告し、幸せが永遠に続くよう祈る。
三々九度(さんさんくど)の盃(はい)を交わし、その後の誓詞奏上(せいしそうじょう)が、難関だった。
「わたくしどもは今日をよき日と選び、神の大前で結婚式を挙げました。今後は信頼と愛情とをもって、助け合い励まし合って、よい家庭を築いてゆきたいと存じます。何とぞ、幾久しくお守りください」
政臣さんは行動は大胆なのに、慣れない神前なのもあってこういう儀式は苦手らしく、練習では「幾久しく」を何回も噛んでしまい、しきりに緊張してた。
でも本番では、何とか噛まずに言えた。良かった。
後は巫女さんの舞を見たりなんかして、ほっと人心地ついて微笑み合った。
「政臣」
式が終わって控え室に戻る道すがら、藤堂さんが声をかけてくる。
「はい。珠樹。充樹と二人で、父さんに着いていけ」
「はい」
僕と充樹は不思議顔を見合わせたけど、政臣さんの表情が晴れやかだったから、黙って言に従った。
黒い礼服を着た藤堂さんの後ろを着いていくと、池が見える濡れ縁の奥の間に、藤堂さんが声をかけた。
「充樹さんと珠樹さんを、連れて参りました。わしは、失礼します。さ、入りなさい」
僕と充樹を促して、藤堂さんは去っていった。
「お入りなさい」
戸惑っていると、穏やかな女性の声が招いた。
「失礼致します」
僕たちは部屋に入って、並んで座った。池の水面(みなも)にうつる葉桜に視線を落とし、横顔を見せていた女性は、すいと視線を僕たちに向けた。
「……充樹。珠樹」
一人一人の目を見て、女性は言った。僕たちをちゃんと見分けてる。
女性の頬を、つうと涙が伝った。
「大きくなって……」
僕たちは、お作法も忘れて、わっと女性に抱き付いた。
「母様……!」
「ごめんなさい。あの人に、逆らえなかったの。幼い貴方たちを残して、私は皇城を追い出されて……ごめんなさい、ごめんなさい」
両腕に僕たちを抱き締めて、母様はしきりに謝った。
「母様、謝らないでください。会えただけで、珠樹は幸せです!」
「母様、母様……会いたかったです、ひっく……」
泣き虫の充樹は、顔をぐしゃぐしゃにして、ただ母様に縋ってる。
「二人とも、幸せになってね。愛した人と、暖かい家庭を作って」
だから少し身を離して、充樹の分も、僕は笑顔で寿ぐ。
「はい。充樹も珠樹も、本当に愛した人と結ばれました。幸せです。母様とも会えるなんて、今日は人生で一番よき日です」
「珠樹。貴方……立派になって。辛かった分、うんと幸せになるのよ」
「はい。全ては運命の巡り合わせです。過去がなければ、わたくしが政臣さんと出会う事も、叶いませんでした。人生に何一つ、恥じる事も悔いる事もありません」
「そう……そうね。本当に立派になって……貴方たちは、母様の誇りです」
母様はそう言って、もう一度僕たちを抱き締めた。
長い事、僕たちはただ黙って、会えなかった十四年分の体温を分け合っていた。
四人とも、五つ紋付き羽織袴を着ている。政臣さんと笹川さんが黒、僕と充樹が白だった。
雅楽の音色が響く中、神主さんと巫女さんに導かれて、神社の濡れ縁を進む。後ろには、先代、政臣さんのご両親と続く。
神前の間に入り、神主さんが祓詞(はらいことば)で身の穢れを清め、祝詞(のりと)を唱えて神に二組の結婚を報告し、幸せが永遠に続くよう祈る。
三々九度(さんさんくど)の盃(はい)を交わし、その後の誓詞奏上(せいしそうじょう)が、難関だった。
「わたくしどもは今日をよき日と選び、神の大前で結婚式を挙げました。今後は信頼と愛情とをもって、助け合い励まし合って、よい家庭を築いてゆきたいと存じます。何とぞ、幾久しくお守りください」
政臣さんは行動は大胆なのに、慣れない神前なのもあってこういう儀式は苦手らしく、練習では「幾久しく」を何回も噛んでしまい、しきりに緊張してた。
でも本番では、何とか噛まずに言えた。良かった。
後は巫女さんの舞を見たりなんかして、ほっと人心地ついて微笑み合った。
「政臣」
式が終わって控え室に戻る道すがら、藤堂さんが声をかけてくる。
「はい。珠樹。充樹と二人で、父さんに着いていけ」
「はい」
僕と充樹は不思議顔を見合わせたけど、政臣さんの表情が晴れやかだったから、黙って言に従った。
黒い礼服を着た藤堂さんの後ろを着いていくと、池が見える濡れ縁の奥の間に、藤堂さんが声をかけた。
「充樹さんと珠樹さんを、連れて参りました。わしは、失礼します。さ、入りなさい」
僕と充樹を促して、藤堂さんは去っていった。
「お入りなさい」
戸惑っていると、穏やかな女性の声が招いた。
「失礼致します」
僕たちは部屋に入って、並んで座った。池の水面(みなも)にうつる葉桜に視線を落とし、横顔を見せていた女性は、すいと視線を僕たちに向けた。
「……充樹。珠樹」
一人一人の目を見て、女性は言った。僕たちをちゃんと見分けてる。
女性の頬を、つうと涙が伝った。
「大きくなって……」
僕たちは、お作法も忘れて、わっと女性に抱き付いた。
「母様……!」
「ごめんなさい。あの人に、逆らえなかったの。幼い貴方たちを残して、私は皇城を追い出されて……ごめんなさい、ごめんなさい」
両腕に僕たちを抱き締めて、母様はしきりに謝った。
「母様、謝らないでください。会えただけで、珠樹は幸せです!」
「母様、母様……会いたかったです、ひっく……」
泣き虫の充樹は、顔をぐしゃぐしゃにして、ただ母様に縋ってる。
「二人とも、幸せになってね。愛した人と、暖かい家庭を作って」
だから少し身を離して、充樹の分も、僕は笑顔で寿ぐ。
「はい。充樹も珠樹も、本当に愛した人と結ばれました。幸せです。母様とも会えるなんて、今日は人生で一番よき日です」
「珠樹。貴方……立派になって。辛かった分、うんと幸せになるのよ」
「はい。全ては運命の巡り合わせです。過去がなければ、わたくしが政臣さんと出会う事も、叶いませんでした。人生に何一つ、恥じる事も悔いる事もありません」
「そう……そうね。本当に立派になって……貴方たちは、母様の誇りです」
母様はそう言って、もう一度僕たちを抱き締めた。
長い事、僕たちはただ黙って、会えなかった十四年分の体温を分け合っていた。
0
お気に入りに追加
24
あなたにおすすめの小説
神子様の捧げ物が降らす激雨の愛
岡本
BL
雨の神に愛された一族の神子様として生まれたルシュディー。ある日突然、彼は転生前の記憶を思い出す。
転生前の記憶を思い出したからか、それ以前の記憶を覚えておらず、困惑する。
それでも自由気ままに、転生前の趣味に没頭していると、国中に雨を降らすことが自分の仕事と判明し、雨乞いの儀式をすることに。
態度の悪い使用人との軋轢も絶えない日々の中、ルシュディーを神子として国に縛り付ける為、側室に迎え入れた第二王子とも仲は良くなくて――。
自分の事も、力の事も何も分からないルシュディーの、全てを捧げたお話。


寮生活のイジメ【社会人版】
ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説
【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】
全四話
毎週日曜日の正午に一話ずつ公開

社畜サラリーマン、異世界で竜帝陛下のペットになる
ひよこ麺
BL
30歳の誕生日を深夜のオフィスで迎えた生粋の社畜サラリーマン、立花志鶴(たちばな しづる)。家庭の都合で誰かに助けを求めることが苦手な志鶴がひとり涙を流していた時、誰かの呼び声と共にパソコンが光り輝き、奇妙な世界に召喚されてしまう。
その世界は人類よりも高度な種族である竜人とそれに従うもの達が支配する世界でその世界で一番偉い竜帝陛下のラムセス様に『可愛い子ちゃん』と呼ばれて溺愛されることになった志鶴。
いままでの人生では想像もできないほどに甘やかされて溺愛される志鶴。
しかし、『異世界からきた人間が元の世界に戻れない』という事実ならくる責任感で可愛がられてるだけと思い竜帝陛下に心を開かないと誓うが……。
「余の大切な可愛い子ちゃん、ずっと大切にしたい」
「……その感情は恋愛ではなく、ペットに対してのものですよね」
溺愛系スパダリ竜帝陛下×傷だらけ猫系社畜リーマンのふたりの愛の行方は……??
ついでに志鶴の居ない世界でもいままでにない変化が??
第11回BL小説大賞に応募させて頂きます。今回も何卒宜しくお願いいたします。
※いつも通り竜帝陛下には変態みがありますのでご注意ください。また「※」付きの回は性的な要素を含みます
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる