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第37話 大丈夫
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政臣さんと逃げた僕は、『珠樹』として座敷牢に戻された。
無味乾燥の部屋の中央に、無言で正座して目を閉じる。
ああ、入れ替わりは失敗に終わった。また僕が珠樹だ。政臣さんは、大丈夫だろうか……。
もはや涙も出なくなった心地で、それだけを憂う。
――かちゃり。
だけど南京錠の外れる音がして、僕は顔を上げた。
腰を屈めて、充樹が入ってくる所だった。
「充樹?」
「珠樹」
充樹が、僕と膝を突き合わせて近しく座る。
考えてみれば、僕たちがまともに顔を合わせたのは、これが初めてだった。
「充樹、どうしたの?」
「僕も笹川と逃げたんだ。だけど、捕まって連れ戻された……」
充樹は不幸に慣れていないから、蒼白になって震えている。
僕はその手を暖めるように、両掌で包み込んだ。
「珠樹」
「大丈夫。生きてさえいれば、またきっと入れ替わるチャンスがあるから。先代は、僕たちの見分けなんか、ついていないんだ」
「珠樹……僕、笹川が好きなんだ。笹川以外の人と、お勤めなんか出来ない……笹川……」
充樹は大粒の涙を零し始めた。
僕は立て膝をついて、充樹を柔らかく抱き締める。
「充樹……充樹。大丈夫だよ」
その時、木枠の向こうに、先代がやってきて座った。
僕は泣きじゃくる充樹を抱き締めたまま、目線だけで先代を窺う。
「全く……珠樹だけでなく、充樹まで色恋に狂ったか。いつから、家人風情と通じておった」
「お言葉ですが」
僕は、語気を強くした。もう僕は、何も知らない予備ではなかった。
「充樹と笹川さんは、十五年間想い合ってきた仲です。充樹の幸せは、笹川さんとしかありません。先代は、二人の仲を裂くおつもりですか」
「当たり前だ。皇城の当主が家人と添うなぞ、前代未聞の醜聞だ」
「全て、皇城の為なんですね。では、僕たちが皇城ではなくなったら、好いたお方と添えるのでしょうか」
先代は、じろりと僕を睨んだ。
「口を慎みなさい。予備ごときが。皇城は、この国を動かしている。それを誇りに思って、色恋など下劣な感情は捨てなさい」
「先代は、人を愛した事がないのです。愛は、下劣ですか? 愛は何ものにも勝ると、新聞連載の物語で読みました。私はもう神子ではないのですから、一人の方と想い添い遂げるのが、この身の幸せです」
「口ばかり達者になりおって……」
苦虫を噛み潰したような顔をした先代だったけれど、居住まいを正して、重厚に言った。
「最後のお勤めがある。この国を陰から動かしておる、立派なお方だ。どちらでもよい、お相手を勤めなさい」
腕の中の充樹が、びくっと身を強ばらせた。
「嫌だ……笹川以外と契るなんて、絶対に、嫌っ……」
僕も顔色を青くした。だけど、充樹にお勤めなんてさせたら、この繊細な心は壊れてしまうだろう。
僕はまた言って、充樹の背中を撫でた。
「大丈夫。大丈夫、充樹」
「麗しい兄弟愛だな」
それが、自分の子供にかける言葉だろうか。
僕はお腹様の胎児の写真を見た時、確かに愛情を感じていた。
だけど先代は、僕たちを皇城の為の道具としか思っていない。
決意を固めて、僕は先代を睨み付けながら言った。
「お勤めは、珠樹がさせて頂きます」
「それが打倒だろう。せいぜい、お前の技巧で楽しませて差し上げなさい」
先代は嘲りの形に唇を歪めて、ふいと立ち上がり去っていった。
無味乾燥の部屋の中央に、無言で正座して目を閉じる。
ああ、入れ替わりは失敗に終わった。また僕が珠樹だ。政臣さんは、大丈夫だろうか……。
もはや涙も出なくなった心地で、それだけを憂う。
――かちゃり。
だけど南京錠の外れる音がして、僕は顔を上げた。
腰を屈めて、充樹が入ってくる所だった。
「充樹?」
「珠樹」
充樹が、僕と膝を突き合わせて近しく座る。
考えてみれば、僕たちがまともに顔を合わせたのは、これが初めてだった。
「充樹、どうしたの?」
「僕も笹川と逃げたんだ。だけど、捕まって連れ戻された……」
充樹は不幸に慣れていないから、蒼白になって震えている。
僕はその手を暖めるように、両掌で包み込んだ。
「珠樹」
「大丈夫。生きてさえいれば、またきっと入れ替わるチャンスがあるから。先代は、僕たちの見分けなんか、ついていないんだ」
「珠樹……僕、笹川が好きなんだ。笹川以外の人と、お勤めなんか出来ない……笹川……」
充樹は大粒の涙を零し始めた。
僕は立て膝をついて、充樹を柔らかく抱き締める。
「充樹……充樹。大丈夫だよ」
その時、木枠の向こうに、先代がやってきて座った。
僕は泣きじゃくる充樹を抱き締めたまま、目線だけで先代を窺う。
「全く……珠樹だけでなく、充樹まで色恋に狂ったか。いつから、家人風情と通じておった」
「お言葉ですが」
僕は、語気を強くした。もう僕は、何も知らない予備ではなかった。
「充樹と笹川さんは、十五年間想い合ってきた仲です。充樹の幸せは、笹川さんとしかありません。先代は、二人の仲を裂くおつもりですか」
「当たり前だ。皇城の当主が家人と添うなぞ、前代未聞の醜聞だ」
「全て、皇城の為なんですね。では、僕たちが皇城ではなくなったら、好いたお方と添えるのでしょうか」
先代は、じろりと僕を睨んだ。
「口を慎みなさい。予備ごときが。皇城は、この国を動かしている。それを誇りに思って、色恋など下劣な感情は捨てなさい」
「先代は、人を愛した事がないのです。愛は、下劣ですか? 愛は何ものにも勝ると、新聞連載の物語で読みました。私はもう神子ではないのですから、一人の方と想い添い遂げるのが、この身の幸せです」
「口ばかり達者になりおって……」
苦虫を噛み潰したような顔をした先代だったけれど、居住まいを正して、重厚に言った。
「最後のお勤めがある。この国を陰から動かしておる、立派なお方だ。どちらでもよい、お相手を勤めなさい」
腕の中の充樹が、びくっと身を強ばらせた。
「嫌だ……笹川以外と契るなんて、絶対に、嫌っ……」
僕も顔色を青くした。だけど、充樹にお勤めなんてさせたら、この繊細な心は壊れてしまうだろう。
僕はまた言って、充樹の背中を撫でた。
「大丈夫。大丈夫、充樹」
「麗しい兄弟愛だな」
それが、自分の子供にかける言葉だろうか。
僕はお腹様の胎児の写真を見た時、確かに愛情を感じていた。
だけど先代は、僕たちを皇城の為の道具としか思っていない。
決意を固めて、僕は先代を睨み付けながら言った。
「お勤めは、珠樹がさせて頂きます」
「それが打倒だろう。せいぜい、お前の技巧で楽しませて差し上げなさい」
先代は嘲りの形に唇を歪めて、ふいと立ち上がり去っていった。
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