36 / 40
第36話 雷鳴
しおりを挟む
「充樹。よく政臣さんと契ってくれた」
「はい」
狩衣に身を包み、布団の横で先代に平伏する。
「政臣さん、充樹と結婚して頂く。よいですな」
「はい」
政臣さんも、力強く頷いた。
「では、次は珠樹の番だ。政臣さんにも、努々珠樹とよりを戻そうなどと思わぬ為に、いかに珠樹が穢れているか見て頂く」
「えっ」
「お腹様、珠樹とお勤めを」
「ええ」
僕と、政臣さんと、充樹と、隅に控えていた笹川さんの視線が、目まぐるしく交錯する。
みんな、硬い表情をしていた。充樹は目に見えて青くなっている。
「また、可愛がってあげるわ」
お腹様が、充樹の手を引いて布団に引き入れようとする。
どうしよう……!
その時、政臣さんが素早く立ち上がって、行灯を蹴り倒した。布団の方に。油が布団に染み込んで、ぼっと火の手が上がる。
「逃げろ、『珠樹』!」
混乱の中、政臣さんが僕の手をしっかり握って、走り出す。
濡れ縁から庭に出て、木立の中をかいくぐって駐車場に出る。
駆け寄りながら鍵を取り出して、自動車に向けると、ぴぴ、と音がして解錠されたようだった。
「珠樹、乗れ!」
「はい!」
屋敷は、街から少し離れた山里にある。逃げるには、自動車で街まで出なくてはいけない。
巧みな運転で街まで出る頃には、季節外れの夕立のような、不意の土砂降りと雷が鳴っていた。
自動車は、のれんのような布をくぐって建物の駐車場に入る。
「ここは? 旅館ですか?」
「ああ、一先ずここに隠れよう。狩衣ではすぐに見付かってしまうから、俺が服を買ってくる。珠樹は、部屋で待っててくれ」
部屋の写真がずらっと並んでいる中から、一つ選んで窓口で鍵を受け取る。三〇二号室。
政臣さんは昇降機(えれべーたー)の『三』の数字を押して、僕を抱き締めて触れるだけの接吻をし、離れた。自動扉が閉まっていく。
「お気を付けて。お待ちしています」
「心配するな。すぐに帰ってくる」
政臣さんは、久しぶりに涼しげに笑んで、自動扉が閉まった。
部屋に入ると、中には大きな寝台がひとつあるきりだった。
取り敢えず腰かけたけれど、次第に心細くなってくる。
充樹を守る為には、こうするしかなかったけれど、一体これからどうなるんだろう。一生逃げなくてはいけないんだろうか?
怠くて、ぱたりと寝台に横になる。
後ろで達した疲労感は、思ったよりも体力を奪っていた。
これからの行く末を思って目を瞑っていたら、いつの間にか僕はうとうとと寝入っていた。
* * *
――こん、こん。
扉を叩く音で目が覚めた。政臣さんが帰ってきたんだ。
どれくらい眠っていたか分からなかったけれど、無事に帰ってきてくれた安堵感に、頬を緩めて扉を開ける。
だけど笑顔は、凍り付いた。
そこには、屈強な背広の男性が二人、立っていた。
扉の握り玉(どあのぶ)を引っ張って、咄嗟に閉めようとしたけれど、革靴が隙間に挟まれ、叶わない。
ぐいと扉が開けられ、二の腕が掴まれた。そのまま引き摺るようにして、連れて行かれる。
「嫌だ! 離せ!」
「騒いでも無駄です、予備様。皇城は国を動かしている。ひいては、この国の何処に逃げても、隠れる場所などないという事です。お諦めください」
「政臣さん、政臣さんっ! 誰か、助けて!!」
僕は力一杯叫んだけれど、家人の言う通り、誰も姿さえ見せなかった。
自動車に押し込められ、僕は皇城の家に戻された。
雷鳴と閃光が、僕たちの行く末を暗示しているようだった。
「はい」
狩衣に身を包み、布団の横で先代に平伏する。
「政臣さん、充樹と結婚して頂く。よいですな」
「はい」
政臣さんも、力強く頷いた。
「では、次は珠樹の番だ。政臣さんにも、努々珠樹とよりを戻そうなどと思わぬ為に、いかに珠樹が穢れているか見て頂く」
「えっ」
「お腹様、珠樹とお勤めを」
「ええ」
僕と、政臣さんと、充樹と、隅に控えていた笹川さんの視線が、目まぐるしく交錯する。
みんな、硬い表情をしていた。充樹は目に見えて青くなっている。
「また、可愛がってあげるわ」
お腹様が、充樹の手を引いて布団に引き入れようとする。
どうしよう……!
その時、政臣さんが素早く立ち上がって、行灯を蹴り倒した。布団の方に。油が布団に染み込んで、ぼっと火の手が上がる。
「逃げろ、『珠樹』!」
混乱の中、政臣さんが僕の手をしっかり握って、走り出す。
濡れ縁から庭に出て、木立の中をかいくぐって駐車場に出る。
駆け寄りながら鍵を取り出して、自動車に向けると、ぴぴ、と音がして解錠されたようだった。
「珠樹、乗れ!」
「はい!」
屋敷は、街から少し離れた山里にある。逃げるには、自動車で街まで出なくてはいけない。
巧みな運転で街まで出る頃には、季節外れの夕立のような、不意の土砂降りと雷が鳴っていた。
自動車は、のれんのような布をくぐって建物の駐車場に入る。
「ここは? 旅館ですか?」
「ああ、一先ずここに隠れよう。狩衣ではすぐに見付かってしまうから、俺が服を買ってくる。珠樹は、部屋で待っててくれ」
部屋の写真がずらっと並んでいる中から、一つ選んで窓口で鍵を受け取る。三〇二号室。
政臣さんは昇降機(えれべーたー)の『三』の数字を押して、僕を抱き締めて触れるだけの接吻をし、離れた。自動扉が閉まっていく。
「お気を付けて。お待ちしています」
「心配するな。すぐに帰ってくる」
政臣さんは、久しぶりに涼しげに笑んで、自動扉が閉まった。
部屋に入ると、中には大きな寝台がひとつあるきりだった。
取り敢えず腰かけたけれど、次第に心細くなってくる。
充樹を守る為には、こうするしかなかったけれど、一体これからどうなるんだろう。一生逃げなくてはいけないんだろうか?
怠くて、ぱたりと寝台に横になる。
後ろで達した疲労感は、思ったよりも体力を奪っていた。
これからの行く末を思って目を瞑っていたら、いつの間にか僕はうとうとと寝入っていた。
* * *
――こん、こん。
扉を叩く音で目が覚めた。政臣さんが帰ってきたんだ。
どれくらい眠っていたか分からなかったけれど、無事に帰ってきてくれた安堵感に、頬を緩めて扉を開ける。
だけど笑顔は、凍り付いた。
そこには、屈強な背広の男性が二人、立っていた。
扉の握り玉(どあのぶ)を引っ張って、咄嗟に閉めようとしたけれど、革靴が隙間に挟まれ、叶わない。
ぐいと扉が開けられ、二の腕が掴まれた。そのまま引き摺るようにして、連れて行かれる。
「嫌だ! 離せ!」
「騒いでも無駄です、予備様。皇城は国を動かしている。ひいては、この国の何処に逃げても、隠れる場所などないという事です。お諦めください」
「政臣さん、政臣さんっ! 誰か、助けて!!」
僕は力一杯叫んだけれど、家人の言う通り、誰も姿さえ見せなかった。
自動車に押し込められ、僕は皇城の家に戻された。
雷鳴と閃光が、僕たちの行く末を暗示しているようだった。
0
お気に入りに追加
24
あなたにおすすめの小説
神子様の捧げ物が降らす激雨の愛
岡本
BL
雨の神に愛された一族の神子様として生まれたルシュディー。ある日突然、彼は転生前の記憶を思い出す。
転生前の記憶を思い出したからか、それ以前の記憶を覚えておらず、困惑する。
それでも自由気ままに、転生前の趣味に没頭していると、国中に雨を降らすことが自分の仕事と判明し、雨乞いの儀式をすることに。
態度の悪い使用人との軋轢も絶えない日々の中、ルシュディーを神子として国に縛り付ける為、側室に迎え入れた第二王子とも仲は良くなくて――。
自分の事も、力の事も何も分からないルシュディーの、全てを捧げたお話。


寮生活のイジメ【社会人版】
ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説
【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】
全四話
毎週日曜日の正午に一話ずつ公開

社畜サラリーマン、異世界で竜帝陛下のペットになる
ひよこ麺
BL
30歳の誕生日を深夜のオフィスで迎えた生粋の社畜サラリーマン、立花志鶴(たちばな しづる)。家庭の都合で誰かに助けを求めることが苦手な志鶴がひとり涙を流していた時、誰かの呼び声と共にパソコンが光り輝き、奇妙な世界に召喚されてしまう。
その世界は人類よりも高度な種族である竜人とそれに従うもの達が支配する世界でその世界で一番偉い竜帝陛下のラムセス様に『可愛い子ちゃん』と呼ばれて溺愛されることになった志鶴。
いままでの人生では想像もできないほどに甘やかされて溺愛される志鶴。
しかし、『異世界からきた人間が元の世界に戻れない』という事実ならくる責任感で可愛がられてるだけと思い竜帝陛下に心を開かないと誓うが……。
「余の大切な可愛い子ちゃん、ずっと大切にしたい」
「……その感情は恋愛ではなく、ペットに対してのものですよね」
溺愛系スパダリ竜帝陛下×傷だらけ猫系社畜リーマンのふたりの愛の行方は……??
ついでに志鶴の居ない世界でもいままでにない変化が??
第11回BL小説大賞に応募させて頂きます。今回も何卒宜しくお願いいたします。
※いつも通り竜帝陛下には変態みがありますのでご注意ください。また「※」付きの回は性的な要素を含みます
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる