【BL】初春や 桜吹雪の 十三夜 俺と契りて 妻になれっ!

圭琴子

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第31話 生きていけない

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 ご神託を占うには、精神力と集中力が要る。僕はそれから丸一日、占いが出来なかった。
 こればかりは、幾ら叱られても宥めすかされても、どうにもならなかった。
 正体をなくしてぼんやりと、宙を舞う細かい塵をただ目で追う。

「珠樹。今日は、どうしても占って貰わなければいけない、大事なご神託があるのだ。珠樹、聞きなさい」

「……」

「……政臣さんと、そんなに会いたいか」

 政臣さん……? 政臣さんとは、もうお勤め出来ない……僕は、予備の子で、穢れているから。

「分かった。次の逢瀬では、お前が政臣さんとお勤めをしなさい、珠樹」

「……え?」

「政臣さんとお勤めしなさい」

 手前の塵に合っていた焦点が、急速に奥の先代の顔に合う。
 僕は初めて、先代が来ている事を知った。

「お勤めですか……?」

「ああ。政臣さんと、お勤めする許可を出す」

「政臣さんと?」

 会話が噛み合わない。それほど僕は、疲弊していた。

「まず、政臣さんとの次の逢瀬は、いつが吉か占いなさい。その日、お勤めを許可する」

 喜びが、膝から胸、顎の先と、沸々とわき上がってきて笑みを形作る。
 僕は勢いよく平伏した。

「ありがとうございます、先代! ただちに占います」

 傍らにあった器を引き寄せ、玉砂利を掬って目線の高さに掲げ、集中する。
 頭の中には、政臣さんの涼しげな奥二重、耳たぶを摘ままれる感触、長い髪を梳く逞しい拳ばかりが浮かんでいた。

 ――ぱらぱらぱら……。

 文様を見て、僕は飛び上がりそうになった。

「今日です! 今宵!」

「分かった。すぐに政臣さんに連絡しよう。誰か!」

 先代が大きな声を出して、人払いしてあった事も知る。
 駆け付けた家人に、政臣さんに今宵の逢瀬を知らせるよう言って、また下がらせた。

「では、これを占いなさい」

 そう言って、木枠越しに写真が二枚、渡された。一人は六十代の、貫禄のある恰幅の良い男性。もう一人は……五十代くらいに見える、綺麗にお化粧した女性だった。

「どちらが次期総理になれば吉となるか、占いなさい。大事なご神託だ、心してかかれ」

「はい」

 それは、この国の運命を左右するご神託だ。何回かそのご神託は占ったけれど、今の所外れたという苦言は受けていない。
 僕のご神託で、国は動いている。僕は以前のように、自分を誇らしく思う事が出来た。
 今一度、玉砂利を両手で掬い、僕は神経を研ぎ澄ませた。

    *    *    *

 僕は先代の後を着いて、お勤めの間に向かっていた。
 政臣さんと会える……! お勤めする事よりも、ただ会えるだけで、手を握り合うだけで良かった。
 そんな心持ちは初めてで、やっぱり政臣さんは特別な人だと思う。
 
 先代は前室の前までで、僕が入室するのを見届けて去っていった。
 前室に入ると、笹川さんが座っていた。目を伏せている。
 えっ? いつもは襖を引く為に、部屋の両端に控えている筈の家人が、居ない。
 違和感を感じながらも、いつもの決まり事をしようと、鏡台の前に正座した。

「あっ……嫌・いやぁ……んんっ」

 全身が総毛立った。それは、台詞は違うけれど、お勤めをしている時の、僕の声で。つまり、充樹の声だった。
 先代に、騙された! 当初の予定通り、お勤めが終わった後、僕たちを入れ替えるつもりなのだろう。
 笹川さんだけがその秘密を知っているから、前室の僕に控えている。

 政臣さん……! 僕です、珠樹です。昨日契った、珠樹です。その子は、充樹。分からないのですか……?
 心の中に、言の葉が渦巻くけれど、まるで唖者(あしゃ)になったみたいに口がぱくぱくするばかりで、言葉が出てこない。僕は青ざめて、喉を押さえた。
 笹川さんが、僕が余計な事をしないか、目を光らせている。

「えっ、嫌、やだっ! ひい!」

 急に、嬌声が悲鳴に変わった。
 何が? 起きている?
 荒々しく布を裂く、びりりという音が響いた。

「嫌っ、恐い、やめて! 笹川、笹川!!」

 笹川さんが思わずといった風に、立ち上がった。

「充樹様!」

 襖が開けられた。
 暴れる充樹に馬乗りになり、政臣さんが狩衣を破いて押さえ付けていた。

「笹川、助けてっ!!」

「藤堂様、無体を働かれますな! 充樹様は、お勤めに慣れてらっしゃいません!」

 しゅっとした背広の政臣さんが振り返った。目が合う。奥二重が、決意を持って真摯に瞬いた。
 二間を隔てていた襖は開けられてしまった。充樹と、珠樹が、同時に存在する。
 お勤めの間に控えていた家人は、こぼれ落ちそうに目を丸くしていた。

「珠樹」

「政臣さん!」

 ふいと充樹から退いて、政臣さんは僕に駆け寄ってきた。逞しい胸に抱き締められて、体温を感じて、生きている喜びを実感する。
 僕は政臣さんなしでは、もう生きていけないのだと悟った。
 嬉し涙の滲む視界の隅に、笹川さんと充樹も抱き合っているのが見えた。
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