【BL】初春や 桜吹雪の 十三夜 俺と契りて 妻になれっ!

圭琴子

文字の大きさ
上 下
29 / 40

第29話 罪

しおりを挟む
 政臣さんと会わなくなって、十日余りが過ぎていた。
 正確な数字は覚えていない。もう数えても、それは次の逢瀬まで指折り待つのではなく、何の意味もない数字だったから。

 ご神託は、いつもと変わらず占っていた。
 この座敷牢の中でご神託を占って、参拝者様ではなく笹川さんとお勤めして、政臣さんを想って一生を過ごすのだと思うと、目の前が赤く霞むようだった。

 もう政臣さんの事は占うまいと決めたのに、絡めた小指や髪を梳く指の感触ばかりが思い出される。
 僕はついに、政臣さんの面影を脳裏に、玉砂利を手にしていた。

 ――ぱらぱらぱら……。

 文様が現れる。
 心臓に包丁が刺さったように、冷たい感触が差し込んだ後、急激にどくりどくりと鼓動を速くした。
 たった今、政臣さんはこの屋敷の中に居ると出た。

「政臣さん……」

 この部屋に戻されて、もう政臣さんと会えないと知ってなお、不思議と涙は出なかった。
 だけど隻を切ったように、不意に涙がこみ上げる。
 僕は堪える事もなく嗚咽を上げて、涙をぼろぼろと零した。

「うっ……ひっく、ううっ……」

 その時だった。大声が響く。

「火事だ!!」

 あっという間に、白煙が薄くたなびき始める。
 僕は袖口で口元を覆った。
 木枠の向こうの家人は数十秒惑っていたけれど、やがて黒い南京錠を外して僕を手招いた。

「予備様、お逃げください」

「はい」

 狭い出口をくぐって、家人に着いて進む。
 だけど、声が聞こえた。夢にまで見た、懐かしい声が。

「充樹! 充樹は何処だ!」

「政臣さん……!」

 政臣さんが探しているのが、『充樹』なのか、僕なのかなんて、考えも及ばなかった。
 僕は逃げていく家人たちの流れを逆行し、煙幕の濃い方へと走った。
 そこは、お勤めの間だった。

「充樹!!」

「政臣さん……!!」

 僕たちはきつく抱き合った。
 このまま燃えて尽きるなら、それでもいい。そう思ったけれど、政臣さんには逃げて欲しかった。
 
「政臣さん、逃げて……」

「心配するな。充樹、お前の本当の名は?」

 ああ。政臣さんに知られてしまった。だけど、政臣さんは、目を逸らさずに『僕』を受け入れようとしてくれていた。

「珠樹。宝珠(ほうじゅ)の珠(じゅ)に樹(いつき)と書いて、珠樹です、政臣さん」

「珠樹。愛してる。俺が好きなのは、珠樹だ。充樹じゃない」

「んんっ……」

 後ろ髪が引かれて顎が上がり、情熱的に唇を食まれる。ちゅ、ちゅと音を立てて吸われ、舌が引き出され、甘噛みされて、快感に目眩が止まらない。
 布団の上に押し倒され、袴を下ろされる。政臣さんは、背広だった。

「あっ・いけませ、政臣さん、逃げない・と……っ」

 分身を巧みに扱かれて、悦(よろこ)びに声を詰まらせながらも、制止する。
 だけど政臣さんは、口付けの合間に言葉を紡ぐ。

「煙だけだ。お前に会いたくて、俺がやったんだ……十分くらいで煙は消える。愛してる、珠樹」

「あっあ・愛して・います、政臣さんっ」

 とろとろと滴る雫のぬめりを借りて、指が後ろの孔に潜り込んでくる。すぐに腹側に曲げられて、善い所を突きながら、ぐにぐにと疼く孔を拡げられた。

「は・あぁ・もう、挿れて……くださいっ」

「珠樹」

 僕にとっては記号でしかなかった『名前』が、身体の奥深くに染み渡る。
 『珠樹』と呼ばれ、政臣さんに愛されている事実に、孔がひくひくと蠢いた。
 善い所を抉るようにして、政臣さんの逞しい雄が押し入ってくる。

「ひっ」

 それだけで、もう堪らない。僕は、腰を激しく振りたくった。
 今までしとやかに演じていたから、政臣さんと奔放にお勤めを味わうのは、初めてだった。

「珠樹……っ」

「政臣さ・んっ、あ・あ、達します……!」

 煙の立ちこめる中、僕は我慢する余裕も持ち合わせず、政臣さんを思い切り締め付けた。

「俺も・イく……一緒にイこう、珠樹」

「あぁん・ん――……っ!!」

 中の雄が弾ける瞬間、政臣さんは引き抜いて、僕の分身に擦り付けるようにして同時に果てた。
 僕は今まで、お勤めの本当の悦びなんて、知らなかった。
 愛する人と、嘘偽りなく契るのは、こんなにも心地良いものだなんて。
 僕の汗の浮く額を、政臣さんがぺろぺろと舐めてくれた。

「珠樹。時間がない。拭くぞ」

 そう言って、政臣さんが、枕元に重ねてある手拭いを取って清めてくれる。

「ぁんっ」

 達したばかりの分身にも触れて、僕はちょっと跳ねた。
 
「珠樹。お前の手紙で、『充樹』が二人居る事に気が付いた。お前は、何故取り替えられた?」

 僕は、一つの謎解きを文に紛れ込ませた。
 先代に見咎められないよう、でも万一の時には、政臣さんに伝わってくれるよう、願いを込めて。
 それを政臣さんは見付けてくれた。

『左の掌の印にかけて』

 ほくろの事を遠回しに示した。
 僕にはほくろがない。充樹にはほくろがある。

 だけど、もう煙が薄れ始めていた。
 僕は立ち上がって袴の紐を結びながら、政臣さんの腕に抱かれる。

「お話ししている時間がありません。煙が消えれば、家人たちがやってくるでしょう。煙だけだと、貴方の罪が知られてしまいます。行灯を倒して、少し燃やしましょう」

「ああ。消化器はあるか?」

「前室に」

 僕が行灯を倒すと、油が広がって畳を炎の舌が舐めた。
 政臣さんが消化器を持ってきて、消し止める。

「珠樹は、逃げなくて良いのか?」

「貴方が僕と会っていたと知られれば、それは罪になります。僕は、自分の部屋に戻ります。逃げてください、政臣さん」

「分かった」

 そう言いつつも、僕たちは握りあった掌を離せなかった。
 家人たちのざわめきが聞こえてくる頃、一度だけ唇を押し当てて、逆方向へと身を分かった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

神子様の捧げ物が降らす激雨の愛

岡本
BL
雨の神に愛された一族の神子様として生まれたルシュディー。ある日突然、彼は転生前の記憶を思い出す。 転生前の記憶を思い出したからか、それ以前の記憶を覚えておらず、困惑する。 それでも自由気ままに、転生前の趣味に没頭していると、国中に雨を降らすことが自分の仕事と判明し、雨乞いの儀式をすることに。 態度の悪い使用人との軋轢も絶えない日々の中、ルシュディーを神子として国に縛り付ける為、側室に迎え入れた第二王子とも仲は良くなくて――。 自分の事も、力の事も何も分からないルシュディーの、全てを捧げたお話。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

寮生活のイジメ【社会人版】

ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説 【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】 全四話 毎週日曜日の正午に一話ずつ公開

社畜サラリーマン、異世界で竜帝陛下のペットになる

ひよこ麺
BL
30歳の誕生日を深夜のオフィスで迎えた生粋の社畜サラリーマン、立花志鶴(たちばな しづる)。家庭の都合で誰かに助けを求めることが苦手な志鶴がひとり涙を流していた時、誰かの呼び声と共にパソコンが光り輝き、奇妙な世界に召喚されてしまう。 その世界は人類よりも高度な種族である竜人とそれに従うもの達が支配する世界でその世界で一番偉い竜帝陛下のラムセス様に『可愛い子ちゃん』と呼ばれて溺愛されることになった志鶴。 いままでの人生では想像もできないほどに甘やかされて溺愛される志鶴。 しかし、『異世界からきた人間が元の世界に戻れない』という事実ならくる責任感で可愛がられてるだけと思い竜帝陛下に心を開かないと誓うが……。 「余の大切な可愛い子ちゃん、ずっと大切にしたい」 「……その感情は恋愛ではなく、ペットに対してのものですよね」 溺愛系スパダリ竜帝陛下×傷だらけ猫系社畜リーマンのふたりの愛の行方は……?? ついでに志鶴の居ない世界でもいままでにない変化が?? 第11回BL小説大賞に応募させて頂きます。今回も何卒宜しくお願いいたします。 ※いつも通り竜帝陛下には変態みがありますのでご注意ください。また「※」付きの回は性的な要素を含みます

大学生はバックヤードで

リリーブルー
BL
大学生がクラブのバックヤードにつれこまれ初体験にあえぐ。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

処理中です...