28 / 40
第28話 座敷牢
しおりを挟む
家人の居なくなった充樹の部屋は、がらんとして何だか寂しかった。
でも、そう望んだのは僕だ。
先代が、重々しく口を開く。
「人払いをしての話とは、何だ」
「実は……」
僕は、切り出した。
話した先は、僕にもどうなるか分からない。
ただ、このまま笹川さんとだけお勤めする暮らしとは、決別したかった。
「家人の中に、わたくしと充樹との入れ替わりに、気付いている者がおります」
「何っ」
先代が血相を変える。
「どうしてそれを知ったのだ」
「脅迫されております。自分とお勤めをせねば、政臣さんに事の真相を話すと」
「して、その者とお勤めをしたのか」
「はい。厠にて」
「何て事だ……」
先代は苦虫を噛み潰したような表情で、瞑目する。
「文にありました先だっての逢瀬は、その者が『充樹』を病院から連れ出し、政臣さんと娶せた結果でございます」
先代が、もっと大きな声を出した。
「何? 充樹を?」
「はい。充樹はお勤めが初めて故、あのような結果になったのでしょう」
「そうか……その家人とは誰だ」
「申し上げられません。家人を処分しては、政臣さんに秘密を知られてしまいます」
やけに優しげに、先代は僕に問うた。
「案ずるな。政臣さんに秘密が知られぬよう、全力を挙げる。名前を言ってみろ」
思い乱れて、僕はためらった。
本当に先代は、笹川さんを処分しないだろうか。
何もかもが水の泡になる可能性に、僕は数瞬、口篭もった。
「珠樹。言いなさい」
先代が、捨てろと言った『珠樹』の名で僕を呼んだ事に違和感を感じないほど、僕は心騒いでいた。
「珠樹」
先代が、いつになく柔らかく促す。
「はい。……笹川さんです」
「ふむ……充樹に、一番近しくついておった者だな。なるほど」
納得したように何度か頷き、先代は声を高くした。
「誰か。笹川をここに」
少しあって、笹川さんが入ってきた。
「私に何か、ご用でしょうか」
「よくやった」
え? 先代が、笹川さんを誉めている……?
僕は呆然と、その光景を見詰めていた。
「珠樹には、貞淑な妻など勤まらんと思っておった所だ。充樹の具合が良くなったなら、政臣さんとの結婚は、充樹にして貰う。案ずるな、珠樹。最初からお前は予備で、本来の形に戻るだけだ。政臣さんに、秘密は知られやしない。笹川」
「は」
「珠樹を、座敷牢へ連れて行け。そして、充樹を病院から連れ戻せ。良くなったのだろう?」
「は。注射は必要との事ですが、それ以外はつつがなく」
「よくやった。わしは諦めておったが、充樹が良くなったのを見付けたはお前の手柄だ。今後も、充樹の側についてやってくれ」
「は。勿体ないお言葉でございます」
「褒美が必要だな。何か、望みのものはあるか?」
平伏していた笹川さんは、ちらりと顔を上げて僕の顔を見た。
そして、嗤う。
嫌だ。嫌、絶対に嫌……。
「では、今後も予備様とのお勤めを」
「良いだろう。これも、お勤めなしでは居られまい。ただし、人払いしたお勤めの間でのみにしろ」
「畏まりました。ありがとうございます」
「連れていけ」
「は」
ぼんやりしている僕の二の腕を、痛いほど強く掴んで立ち上がらせ、笹川さんは僕を木の格子の部屋へと連れて行った。
僕が生まれた時から、二十歳の誕生日まで育った部屋。
それを先代は、『座敷牢』と呼んだ。
肉にされる事を知らない家畜は、嘆く事を知らない。
でも、それが飼い殺しにされる牢だと知ってしまった僕は、もう心穏やかには過ごせない。
政臣さんにもう会えない、予備としての人生なんて、死んでいるのも同然だった。
でも、そう望んだのは僕だ。
先代が、重々しく口を開く。
「人払いをしての話とは、何だ」
「実は……」
僕は、切り出した。
話した先は、僕にもどうなるか分からない。
ただ、このまま笹川さんとだけお勤めする暮らしとは、決別したかった。
「家人の中に、わたくしと充樹との入れ替わりに、気付いている者がおります」
「何っ」
先代が血相を変える。
「どうしてそれを知ったのだ」
「脅迫されております。自分とお勤めをせねば、政臣さんに事の真相を話すと」
「して、その者とお勤めをしたのか」
「はい。厠にて」
「何て事だ……」
先代は苦虫を噛み潰したような表情で、瞑目する。
「文にありました先だっての逢瀬は、その者が『充樹』を病院から連れ出し、政臣さんと娶せた結果でございます」
先代が、もっと大きな声を出した。
「何? 充樹を?」
「はい。充樹はお勤めが初めて故、あのような結果になったのでしょう」
「そうか……その家人とは誰だ」
「申し上げられません。家人を処分しては、政臣さんに秘密を知られてしまいます」
やけに優しげに、先代は僕に問うた。
「案ずるな。政臣さんに秘密が知られぬよう、全力を挙げる。名前を言ってみろ」
思い乱れて、僕はためらった。
本当に先代は、笹川さんを処分しないだろうか。
何もかもが水の泡になる可能性に、僕は数瞬、口篭もった。
「珠樹。言いなさい」
先代が、捨てろと言った『珠樹』の名で僕を呼んだ事に違和感を感じないほど、僕は心騒いでいた。
「珠樹」
先代が、いつになく柔らかく促す。
「はい。……笹川さんです」
「ふむ……充樹に、一番近しくついておった者だな。なるほど」
納得したように何度か頷き、先代は声を高くした。
「誰か。笹川をここに」
少しあって、笹川さんが入ってきた。
「私に何か、ご用でしょうか」
「よくやった」
え? 先代が、笹川さんを誉めている……?
僕は呆然と、その光景を見詰めていた。
「珠樹には、貞淑な妻など勤まらんと思っておった所だ。充樹の具合が良くなったなら、政臣さんとの結婚は、充樹にして貰う。案ずるな、珠樹。最初からお前は予備で、本来の形に戻るだけだ。政臣さんに、秘密は知られやしない。笹川」
「は」
「珠樹を、座敷牢へ連れて行け。そして、充樹を病院から連れ戻せ。良くなったのだろう?」
「は。注射は必要との事ですが、それ以外はつつがなく」
「よくやった。わしは諦めておったが、充樹が良くなったのを見付けたはお前の手柄だ。今後も、充樹の側についてやってくれ」
「は。勿体ないお言葉でございます」
「褒美が必要だな。何か、望みのものはあるか?」
平伏していた笹川さんは、ちらりと顔を上げて僕の顔を見た。
そして、嗤う。
嫌だ。嫌、絶対に嫌……。
「では、今後も予備様とのお勤めを」
「良いだろう。これも、お勤めなしでは居られまい。ただし、人払いしたお勤めの間でのみにしろ」
「畏まりました。ありがとうございます」
「連れていけ」
「は」
ぼんやりしている僕の二の腕を、痛いほど強く掴んで立ち上がらせ、笹川さんは僕を木の格子の部屋へと連れて行った。
僕が生まれた時から、二十歳の誕生日まで育った部屋。
それを先代は、『座敷牢』と呼んだ。
肉にされる事を知らない家畜は、嘆く事を知らない。
でも、それが飼い殺しにされる牢だと知ってしまった僕は、もう心穏やかには過ごせない。
政臣さんにもう会えない、予備としての人生なんて、死んでいるのも同然だった。
0
お気に入りに追加
24
あなたにおすすめの小説
神子様の捧げ物が降らす激雨の愛
岡本
BL
雨の神に愛された一族の神子様として生まれたルシュディー。ある日突然、彼は転生前の記憶を思い出す。
転生前の記憶を思い出したからか、それ以前の記憶を覚えておらず、困惑する。
それでも自由気ままに、転生前の趣味に没頭していると、国中に雨を降らすことが自分の仕事と判明し、雨乞いの儀式をすることに。
態度の悪い使用人との軋轢も絶えない日々の中、ルシュディーを神子として国に縛り付ける為、側室に迎え入れた第二王子とも仲は良くなくて――。
自分の事も、力の事も何も分からないルシュディーの、全てを捧げたお話。


寮生活のイジメ【社会人版】
ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説
【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】
全四話
毎週日曜日の正午に一話ずつ公開

社畜サラリーマン、異世界で竜帝陛下のペットになる
ひよこ麺
BL
30歳の誕生日を深夜のオフィスで迎えた生粋の社畜サラリーマン、立花志鶴(たちばな しづる)。家庭の都合で誰かに助けを求めることが苦手な志鶴がひとり涙を流していた時、誰かの呼び声と共にパソコンが光り輝き、奇妙な世界に召喚されてしまう。
その世界は人類よりも高度な種族である竜人とそれに従うもの達が支配する世界でその世界で一番偉い竜帝陛下のラムセス様に『可愛い子ちゃん』と呼ばれて溺愛されることになった志鶴。
いままでの人生では想像もできないほどに甘やかされて溺愛される志鶴。
しかし、『異世界からきた人間が元の世界に戻れない』という事実ならくる責任感で可愛がられてるだけと思い竜帝陛下に心を開かないと誓うが……。
「余の大切な可愛い子ちゃん、ずっと大切にしたい」
「……その感情は恋愛ではなく、ペットに対してのものですよね」
溺愛系スパダリ竜帝陛下×傷だらけ猫系社畜リーマンのふたりの愛の行方は……??
ついでに志鶴の居ない世界でもいままでにない変化が??
第11回BL小説大賞に応募させて頂きます。今回も何卒宜しくお願いいたします。
※いつも通り竜帝陛下には変態みがありますのでご注意ください。また「※」付きの回は性的な要素を含みます
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる