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第27話 文(ふみ)
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それから、また一週間、僕は笹川さんとだけお勤めした。
「あ・あんっ……笹川、さん」
「何でしょう、充樹様」
笹川さんは、僕に『充樹』を重ねて、背後から激しく腰を使う。
「充樹を……僕を、政臣さんとお勤めさせたのは、何故、ですかっ?」
「ああ、充樹様……貴方と夫婦になれないのなら、せめて幸せにして差し上げたかったのです」
僕は理性なんか飛びそうになる快感と闘いながら、笹川さんから訊きだした。
充樹は病いで薬を飲んでいたが、政臣さんとの初夜の前、ついに倒れたという。
そして充樹と珠樹は入れ替わって、充樹は打ち捨てられたけれど、病院で診察を受け注射を打つ内に、普段と遜色ないほど回復したらしい。
密かに病院に通った笹川さんは、それを見て、また充樹と珠樹の入れ替わりを企んだ。
契れぬと分かっている想い人を、違う男性と娶(めあわ)せ、それを傍らで見守っているのは、どんな気持ちだろう。
それは、とてつもなく深い愛に思われた。
* * *
もう、玉砂利で政臣さんの事を占うのはやめた。辛くなるだけだから。
「充樹」
先代が、封筒を手にして入ってきた。
何だろう。婚姻届? でもこのままじゃ、政臣さんと結婚は出来ない。
「何でしょう」
「政臣さんから、文(ふみ)がきた。どういう事だ」
「文ですか?」
ああ、僕はまだ、政臣さんの事が忘れられない。文の一つで、こんなにも幸せになる。
封筒は当然のように開けられていて、先代が先に読んだ事が窺い知れた。
「読みなさい」
「はい」
三つ折りにされた文を出して開くと、縦書きの白い便せんに、丁寧な文字が綴られていた。
『充樹、元気だろうか。
この間の事が気になって手紙を書いた。
明らかにいつもと様子が違ったし、最後まで出来なかったのが不思議だった。
いや、お前を責めてる訳じゃない。
いつもなら色っぽいお前の表情が、痛みと怯えに引きつっていたのが気になった。
何か、あったのか?
何を聞いても驚かないから、返事が欲しい。
使用人のいる前では話せないだろうと思って、手紙にした。
愛してる。
政臣』
政臣さんは、手紙さえも見られるなんて、想像していなかったのだろう。
充樹はお勤めが初めてだったから、最後まで出来なかったんだ。
そう思うと、ほっとしている自分が居た。何て浅ましい。
「どういう事だ?」
先代が厳しい目を向ける。
「すみません。まだ完全に傷が癒えていなくて……政臣さんは大きいので、ついそのような態度をとってしまいました」
「そうか。政臣さんと添うのは、皇城の家の為になる。満足して貰えるよう、お勤めに励みなさい」
「はい」
「返事が欲しいと書いてある。急ぎ出しなさい」
「はい。今、すぐに書きます」
用意された便せんには、桜の花が散っていた。
それを見て、僕は部屋の隅に積んであった二冊の辞書を思い出し、開く。乾いて押し花になった桜の花びらを取り出し、封筒に入れた。
それから愛用の万年筆で、注意深く言葉を選んで書き綴った。
『藤堂政臣様
拝啓。
先だってのお勤めでは、大変な失礼を致しました。
体調がすぐれず、ついあのような態度をとってしまい、政臣様をご満足させられなかった事を、悔やんでおります。
次の逢瀬ではまたいつも通り、貴方様と身も心も一つになりたいと、切に願って過ごしております。
取り急ぎの文にて、乱筆乱文ご容赦ください。
わたくしも、政臣様を愛しております。
左の掌の印にかけて。
敬具。
皇城充樹』
先代は、書き上がった文をさっと読んで、封筒に入れた。
「急いで書いた事が伝わって、政臣さんも気を悪くはせんだろう。すぐに出させる」
先代は家人を呼び寄せ、文を出すよう命じた。
これで、文は政臣さんの元に無事届くだろう。
僕は長い間考えていた策を実行するのは、今だと思った。
「先代。お人払いをお願いします」
僕は平伏して言った。
「あ・あんっ……笹川、さん」
「何でしょう、充樹様」
笹川さんは、僕に『充樹』を重ねて、背後から激しく腰を使う。
「充樹を……僕を、政臣さんとお勤めさせたのは、何故、ですかっ?」
「ああ、充樹様……貴方と夫婦になれないのなら、せめて幸せにして差し上げたかったのです」
僕は理性なんか飛びそうになる快感と闘いながら、笹川さんから訊きだした。
充樹は病いで薬を飲んでいたが、政臣さんとの初夜の前、ついに倒れたという。
そして充樹と珠樹は入れ替わって、充樹は打ち捨てられたけれど、病院で診察を受け注射を打つ内に、普段と遜色ないほど回復したらしい。
密かに病院に通った笹川さんは、それを見て、また充樹と珠樹の入れ替わりを企んだ。
契れぬと分かっている想い人を、違う男性と娶(めあわ)せ、それを傍らで見守っているのは、どんな気持ちだろう。
それは、とてつもなく深い愛に思われた。
* * *
もう、玉砂利で政臣さんの事を占うのはやめた。辛くなるだけだから。
「充樹」
先代が、封筒を手にして入ってきた。
何だろう。婚姻届? でもこのままじゃ、政臣さんと結婚は出来ない。
「何でしょう」
「政臣さんから、文(ふみ)がきた。どういう事だ」
「文ですか?」
ああ、僕はまだ、政臣さんの事が忘れられない。文の一つで、こんなにも幸せになる。
封筒は当然のように開けられていて、先代が先に読んだ事が窺い知れた。
「読みなさい」
「はい」
三つ折りにされた文を出して開くと、縦書きの白い便せんに、丁寧な文字が綴られていた。
『充樹、元気だろうか。
この間の事が気になって手紙を書いた。
明らかにいつもと様子が違ったし、最後まで出来なかったのが不思議だった。
いや、お前を責めてる訳じゃない。
いつもなら色っぽいお前の表情が、痛みと怯えに引きつっていたのが気になった。
何か、あったのか?
何を聞いても驚かないから、返事が欲しい。
使用人のいる前では話せないだろうと思って、手紙にした。
愛してる。
政臣』
政臣さんは、手紙さえも見られるなんて、想像していなかったのだろう。
充樹はお勤めが初めてだったから、最後まで出来なかったんだ。
そう思うと、ほっとしている自分が居た。何て浅ましい。
「どういう事だ?」
先代が厳しい目を向ける。
「すみません。まだ完全に傷が癒えていなくて……政臣さんは大きいので、ついそのような態度をとってしまいました」
「そうか。政臣さんと添うのは、皇城の家の為になる。満足して貰えるよう、お勤めに励みなさい」
「はい」
「返事が欲しいと書いてある。急ぎ出しなさい」
「はい。今、すぐに書きます」
用意された便せんには、桜の花が散っていた。
それを見て、僕は部屋の隅に積んであった二冊の辞書を思い出し、開く。乾いて押し花になった桜の花びらを取り出し、封筒に入れた。
それから愛用の万年筆で、注意深く言葉を選んで書き綴った。
『藤堂政臣様
拝啓。
先だってのお勤めでは、大変な失礼を致しました。
体調がすぐれず、ついあのような態度をとってしまい、政臣様をご満足させられなかった事を、悔やんでおります。
次の逢瀬ではまたいつも通り、貴方様と身も心も一つになりたいと、切に願って過ごしております。
取り急ぎの文にて、乱筆乱文ご容赦ください。
わたくしも、政臣様を愛しております。
左の掌の印にかけて。
敬具。
皇城充樹』
先代は、書き上がった文をさっと読んで、封筒に入れた。
「急いで書いた事が伝わって、政臣さんも気を悪くはせんだろう。すぐに出させる」
先代は家人を呼び寄せ、文を出すよう命じた。
これで、文は政臣さんの元に無事届くだろう。
僕は長い間考えていた策を実行するのは、今だと思った。
「先代。お人払いをお願いします」
僕は平伏して言った。
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