【完結】婚約破棄はお受けいたしましょう～踏みにじられた恋を抱えて

5 クラーラの判断

　一旦停止した馬車にお兄様の友人のバート様が乗り込まれた。

「クラーラ嬢済まないな」
「バート様構いませんわ。お兄様にお願いされたのでしょう？」
「あぁ、ハンスに頼まれたのも確かにあるが、領地まで何時も退屈していたんだ。途中までだが付き合ってくれると嬉しい」

　途中までと言われるがヘインズ領を通り過ぎた先に帰られるのだから、私を最後まで送り届けるつもりだろう。

「馬で駆けた方が速いのでしょう？」
「たまにはゆっくり他領を見ながら移動も必要なのさ」

　少し肩を竦めるバート様の仕草は気さくで、さり気なく私に気を使っている。
　私はそれをくすぐったく感じた。

　バート様はお兄様と一緒に隣国へ遊学された方。
　当家とはそれ以前、カルディラス伯爵時代から親交があった方だ。
　幼い頃お兄様と一緒に遊んで貰った事があった。


　いくつもの領地を過ぎ、ヘインズ領に差し掛かった。
　こんなに楽しいのは何時ぶりだろう。
　そんな事を思っていた私が悪かったのだろう。

　突然馬車が減速した後止まり、周りの護衛達に緊張が走った。

　何人ものくたびれた服を纏い、手には農機具やつるはし、杵等持った男達に囲まれた。

「出稼ぎの鉱山夫だろう。ここで護衛達に片付ける様言うのは簡単だが、事情が掴めない」

　渋い顔のバート様はどうしたものか、と思案している。
　賊に落ちた者とは雰囲気が違うらしい。
　私には違いが全くわからないが、バート様は手馴れた様子で護衛に指示を出す。

「クラーラ嬢はどうしたい？」

　まるでどこかへ買い物に出かけるかの様に気軽に問われた。

「わ、私にはわかりません」

　思わず出た声は大きかったが、許して欲しい。
　この様な事態は初めてなのだから。

「そうだよなぁ、自領なら色々やりようがあるがヘインズ領で暴れて良いものか……」

　バート様はさてどうしたものか、と呟き考えを巡らせている。
　その時、鉱山夫の代表だろうか。怒鳴るような大きな声が聞こえた。

「無体な事をするつもりは無い。ただ我々の状況を知らせたい」

　意外と言っては失礼だが、声に知性を感じた。
　バート様も同じ意見のようだ。
　少し目を見開いた後、私に再度問いかけた。

「いざとなれば全て倒せる。将来この領地を治めるのだろう？クラーラ嬢はどうしたい？」

　ハンスには後で何か言われそうだが……苦笑気味に続ける言葉はやはり優しくて。
　治めるのはナディオ様だけど、と心で思いながら私は答えた。

　でも、無意識にバート様の袖を掴んだ事はお兄様には言わないで欲しいと思った。