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国境へ
5 商隊
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護衛の人達が力を合わせて、馬車を起こしてくれた。
下になっていた部分は、見事にあちこちが削れており酷く擦れたのがよく分かる。
扉の取っ手部分はどこかに飛んでいったのか、なくなっていた。
少し歪んでいた車軸だが、応急処置をしてもらえた。
速度さえ出さなければ、次の街までは大丈夫だろうと言われた。
「ありがとうございます。とても助かりました。それで、直して頂いたお礼なのですが……」
私がそう切り出したのだが、簡潔に断られた。
「んー、こっちが邪魔だったから退けただけだしね。車軸も所詮は応急処置。長持ちしないし、これでお代を頂いちゃあ商人としては下の下さ。まぁ、ウチの商品を見かけたら買っておくれよ」
「……で、でも」
「それよか嬢ちゃん、ちょっと来な」
私は言われるままに近づいていく。
この大所帯の主が乗っている馬車にはカーテンがあり、相手の姿は見えない様になっていた。
そのカーテンが音を立て、勢いよく引かれた。
中からは壮年の女性が顔を覗かせた。
私はびっくりしていたのだろう。
あまり動かない表情筋が、珍しく仕事をしていた。
「女でびっくりしたか?」
「えぇ、その……お声からてっきり。ごめんなさい」
男性にしては少し高め、女性にしてはかなり低い声をしていたので、私は話方で男性だと思ったのだ。
それに商人は基本男性だと聞いていた。
そんな先入観で助けてもらった人に、失礼な態度を取ってしまった。
「はは、気にしなくてもいいさ。よく言われるからな。ガサツな野郎共を怒鳴ってたらこんな声になったのさ」
豪快に笑って許してくれた。
とても懐の深い女性の様に思えた。
「ところで嬢ちゃんはどこに行くんだい?」
「オーリア国に向かっていました」
「馬車を転す様な下手でかい?」
「いえ、凄く急いでいたのでそれで……」
「ふーん、まぁいいか。この商隊もオーリア国に面した国境の街に向かうんだ。どうだい、途中まで一緒に行かないかい?」
「そんな、これ以上ご迷惑をかけるなんて出来ません」
追われている私は、商隊に紛れれば怪しまれずに移動出来るという考えが頭を掠めた。
でも、その考えを振り切る。
見つかった時に多大な迷惑が掛かってしまうもの。
「うーん、こちらも下心があるんだ。その二頭の馬さ」
私は不思議に思い首を傾げた。
二頭共老いた特徴のない馬よね?
「遠目で見た感じだが、随分立派な馬じゃないか。護衛からもいい馬だと報告があった」
「?でもかなり年老いてますよ」
「はは、そんな事を言うなんてどこのお貴族様だい。ウチの馬よりよっぽど上等じゃないか。いや何、こっちもちょっと馬に無理させちまってな。一緒に行くついでに馬を借りようかと思ってだな」
公爵家なら処分物でも、平民では全く価値が変わってくる。
そんな事も考えつかないなんて……。
「頼む」
私がかなり悩んでいると、頭を下げられた。
助けてもらった人に、そこまでされると断れない。
私は後ろめたく思いながらも、賛同した。
「おいで」
私が少し離れた馬達の方に声をかけると、草を食んでいたがこちらにやって来た。
「今度はこの人達の荷馬車を引いて欲しいの」
「「ブブブブブッ」」
二頭は私の言った事が分かったのか、素直に商会の護衛に従っていった。
応急処置された馬車は、商隊の後ろに括られた。
私はこの女性と一緒の馬車に乗せてもらった。
「アルメルだ。よろしくな」
「リディ……です。乗せて頂いてありがとうございます」
「なーに、こちらこそ助かったよ」
咄嗟に偽名を使わなければ、と思った時には名前の前半を口にしてしまっていた。
でも、リディというのはありきたりな呼び名だからと自分を慰める。
一抹の不安を抱えながらも、商隊との短い旅は始まった。
下になっていた部分は、見事にあちこちが削れており酷く擦れたのがよく分かる。
扉の取っ手部分はどこかに飛んでいったのか、なくなっていた。
少し歪んでいた車軸だが、応急処置をしてもらえた。
速度さえ出さなければ、次の街までは大丈夫だろうと言われた。
「ありがとうございます。とても助かりました。それで、直して頂いたお礼なのですが……」
私がそう切り出したのだが、簡潔に断られた。
「んー、こっちが邪魔だったから退けただけだしね。車軸も所詮は応急処置。長持ちしないし、これでお代を頂いちゃあ商人としては下の下さ。まぁ、ウチの商品を見かけたら買っておくれよ」
「……で、でも」
「それよか嬢ちゃん、ちょっと来な」
私は言われるままに近づいていく。
この大所帯の主が乗っている馬車にはカーテンがあり、相手の姿は見えない様になっていた。
そのカーテンが音を立て、勢いよく引かれた。
中からは壮年の女性が顔を覗かせた。
私はびっくりしていたのだろう。
あまり動かない表情筋が、珍しく仕事をしていた。
「女でびっくりしたか?」
「えぇ、その……お声からてっきり。ごめんなさい」
男性にしては少し高め、女性にしてはかなり低い声をしていたので、私は話方で男性だと思ったのだ。
それに商人は基本男性だと聞いていた。
そんな先入観で助けてもらった人に、失礼な態度を取ってしまった。
「はは、気にしなくてもいいさ。よく言われるからな。ガサツな野郎共を怒鳴ってたらこんな声になったのさ」
豪快に笑って許してくれた。
とても懐の深い女性の様に思えた。
「ところで嬢ちゃんはどこに行くんだい?」
「オーリア国に向かっていました」
「馬車を転す様な下手でかい?」
「いえ、凄く急いでいたのでそれで……」
「ふーん、まぁいいか。この商隊もオーリア国に面した国境の街に向かうんだ。どうだい、途中まで一緒に行かないかい?」
「そんな、これ以上ご迷惑をかけるなんて出来ません」
追われている私は、商隊に紛れれば怪しまれずに移動出来るという考えが頭を掠めた。
でも、その考えを振り切る。
見つかった時に多大な迷惑が掛かってしまうもの。
「うーん、こちらも下心があるんだ。その二頭の馬さ」
私は不思議に思い首を傾げた。
二頭共老いた特徴のない馬よね?
「遠目で見た感じだが、随分立派な馬じゃないか。護衛からもいい馬だと報告があった」
「?でもかなり年老いてますよ」
「はは、そんな事を言うなんてどこのお貴族様だい。ウチの馬よりよっぽど上等じゃないか。いや何、こっちもちょっと馬に無理させちまってな。一緒に行くついでに馬を借りようかと思ってだな」
公爵家なら処分物でも、平民では全く価値が変わってくる。
そんな事も考えつかないなんて……。
「頼む」
私がかなり悩んでいると、頭を下げられた。
助けてもらった人に、そこまでされると断れない。
私は後ろめたく思いながらも、賛同した。
「おいで」
私が少し離れた馬達の方に声をかけると、草を食んでいたがこちらにやって来た。
「今度はこの人達の荷馬車を引いて欲しいの」
「「ブブブブブッ」」
二頭は私の言った事が分かったのか、素直に商会の護衛に従っていった。
応急処置された馬車は、商隊の後ろに括られた。
私はこの女性と一緒の馬車に乗せてもらった。
「アルメルだ。よろしくな」
「リディ……です。乗せて頂いてありがとうございます」
「なーに、こちらこそ助かったよ」
咄嗟に偽名を使わなければ、と思った時には名前の前半を口にしてしまっていた。
でも、リディというのはありきたりな呼び名だからと自分を慰める。
一抹の不安を抱えながらも、商隊との短い旅は始まった。
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