魔術師の妻は夫に会えない

山河 枝

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5章 身のうちの悪魔

3月5日 晴れ

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うう、今日も嫌な夢を見ちゃった……延々と悪魔に追い回される夢。
だけど、ウィルブローズ様が無事に帰ってきてよかった。ちょっと不安だったのよね。悪魔がウィルブローズ様を捕まえたところで、夢が終わってたから。

で、無事なのはよかったんだけど……あの人、帰るなり自分の部屋に駆け込んだのよ。
中でガチャガチャうるさいと思ったら、入った時と同じ勢いで飛び出してきた。もうもうと湯気の立つ片手鍋を握りしめて、「これを飲んでください!」って。

まったく、何事かと思ったわ。中身はいつものドロドロだから、またか……って感じだったけど。

これまでと同じく、飲むまで諦めてくれなさそうだったから、ラウルさんの持ってきたカップで飲んであげた。鼻をつまんで、一気にぐいっと。

そうしたら、すっごくおいしかった!
色んな果物を混ぜ合わせたみたいだった。とろっとした甘みと、濃厚な香りがあって。でも、くどさはなくて……何を入れたのかしら。
もっと味わって飲めばよかったわ。

ただ、それをウィルブローズ様に言ったら、じゃあもっとどうぞ! なんてことになると思ったから、「いつもより飲みやすかったです」とだけ伝えてみた。次回も、同じものを作ってくれるかなって期待したの。

そうしたら、ウィルブローズ様は首をかしげてた。「あれ? おかしいな」とか呟いて。

おかしいって、何のことだろう。失敗作でした、なんてオチだったら嫌だなあ。体のすっきり感も特になかったし。
今のところ吐き気も腹痛もないから、大丈夫だとは思うけど。

それからウィルブローズ様は、フラフラしながらまた部屋に戻って、今度は寝ちゃった。やっぱり疲れてたのね。そんな時に、わざわざ謎の液体を作って飲ませようとするなんて……何を考えてるんだか。

夕飯前に起きてきたけど、まだちょっと変だったなあ。食事中、何度も私をじーっと見てた。
あとから鏡を見てみたけど、髪は跳ねてないし、顔が汚れてるわけでもない。
何がしたいんだろう。

しかも、「最近、夢に悪魔がよく出てくるんです」って私が言ったら、「今晩、君の部屋で寝てもいいですか」。

一瞬ドキッとしたけど、青ざめた顔でがっちり両肩をつかんできたから、夫婦の仲を深めよう、なんて意図は全然ないんだろうなあ。言い方も、ものすごく切羽詰まってたし。

それでまあ、今もこっちを見てるのよね。ウィルブローズ様が、うしろから。私の部屋へ運んできたベッドに腰かけて。
視線が背中に突き刺さるわあ……穴が開きそう。

何なのかしら、一体。私、何かしたっけ? 
明日も休みだって言ってたから、朝食の時に聞いてみようかな。

今すぐ聞いてもいいんだけど、ウィルブローズ様の目の下、黒々とクマができてるし。動きもいつもより鈍いような……だいぶ疲れてるみたいだから、もう休ませてあげたい。
明日、話を聞いたあとはゆっくり過ごしてもらおう。

えーっと、それから……そうそう、今日の嬉しかったこと。ウィルブローズ様が何事もなく帰ってきたことね。
ただの警護なんだから、魔術で変身することもないってわかってたけど……竜の一件以来、呼び出されるたびに何か起きるんじゃないかってヒヤヒヤしちゃうわ。
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