魔術師の妻は夫に会えない

山河 枝

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3章 飛ばされた部屋

2月7日 曇り

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今日も話し相手はお義兄さんだけ。メイドさんはあいかわらず無言だし、空はどんよりしてるし、何日も一人っきりで部屋に軟禁されて、段々孤独になってきたわ……。

だからって、お義兄さんとなごやかに談笑する気になんてなれない。
あっちは「体調を崩していませんか」とか、「必要なものはありますか」とか聞いてくれるけど、こっちはそれどころじゃないのよ。

とっとと脱出したいから、このお屋敷のつくりとか警備の配置とか、ガンガン聞いてみた。だけど、「それは言えません」って笑われちゃった。
まあ、そんな簡単に話してくれないよね。ミュトスじゃあるまいし。

いい加減にじれったくなって、直球でお願いしたわ。「ここから出る方法を教えてください!」って。
そうしたら、「両親が認めてくれるか微妙なんですが」って前置きして、「ウィルブローズをここに呼び寄せなさい。両親が魔術で邪魔をするでしょうが、僕がこっそり隙を作ります」。

隙とか言われても……そもそも、どうやって呼べばいいの? 尋ねたら、お義兄さんがびっくりしてたわ。
私がウィルブローズ様の呼び方を知らないってことが、相当意外だったみたい。「うっかり忘れているだけかと思ったら、まさか知らなかったとは……」なんてぶつぶつ言ってたわね。
だからかしら。「おまけのおまけで」ってヒントを出してくれた。

「あなたは一度だけ、それをしたことがあるんですよ」

なんで知ってるのか聞いたら、私たちの様子を見てた時に、そういうことがあったみたい。
ウィルブローズ様を呼んだというか、従えたというか。

そんなことしたっけ? 「ちょっと来てください」とか言ったのかな?
従えるっていうなら、それだけじゃダメか。名前もつけた方がいいよね。

孤児院でも、ペンドラ先生が「ニニ、話があるからちょっと来なさい?」って言った時は、なんとなく逆らえなかったもの。

でも……名前を呼んだだけで、ここまで来るわけないし。
というか、昨日叫んだばっかりよ。「もう嫌だー! ウィルブローズ様、助けてください!」って。当然、何も起こらなかった。
本当にどうしたものかしら。

名前といえば、お義兄さんの名前、知らないわね。明日、聞いてみてもいいかも。話題がなさすぎてちょっと気まずいし。

今日の嬉しかったことは、ウィルブローズ様の話をするお義兄さんが、少し優しそうな顔をしてたことかな。ウィルブローズ様、ご実家とあまり仲良しじゃないみたいだから、虐待でもされてたのかと思ってたわ。

……いや、十二歳の子を戦場に放り込む家族っていうのも、普通じゃないか。
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