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2章 破れた日記
親愛なるニニ様へ
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先日は、お会いできてとても嬉しかったです。あのウィルブローズのところへ、こんなに可愛らしいお嫁さんが来てくれるなんて。私まで幸せな気持ちになりました。
ウィルブローズが必死で自分を変えようとしたことへの、神さまからのご褒美なのかもしれません。
ウィルブローズは変わりました。昔の彼は、今とはまったく違ったんです。
ヒステリックで傲慢。思いやりのかけらもなかった。
護衛の兵士がほんの少しでもミスをしようものなら、世紀の大失敗をしたかのように責め立てたものです。その代わり、自分自身にも厳しかったけれど。
ですが、人は正しいばかりではいられない。失敗だってするし、間違うこともあります。
なのにウィルブローズは過ちを認めず、ほかに原因を無理矢理見つけて、自己弁護に走り……最低な子どもでした。
そう、子どもだったのです。ウィルブローズが軍へ入ったのは、彼がまだ十二の時でした。
あのころ、我が国は魔術師の高齢化が進んでいました。私でさえ小娘呼ばわりされたくらい。名のある魔術師たちが、一人、また一人と天へ召され、軍事力にほころびが生じるのは時間の問題でした。
「稀代の天才」と称賛されるウィルブローズの成長を、待つことなどできなかった。
八年前、焦りを募らせた軍部は、国王陛下にウィルブローズの参戦を要請したのです。
陛下はレリアス家へウィルブローズの出陣をお命じになり、ご両親は彼を連れて戦場へ……ウィルブローズは形だけの戦闘訓練を受け、すぐに前線へ駆り出された。
誰も彼も、苦渋の決断を下したことでしょう。軍の中でも王城でも、相当な議論が重ねられていましたから。
ただ、そこにウィルブローズの意見が入る余地は、一切ありませんでした。十二歳だった彼は、小さな肩へ、強引に重責を背負わされたのです。
元々の性格もあったでしょうが、心根がゆがんでしまうことは、仕方なかったのかもしれません。
しかし、だからと言って、他人をむやみやたらにこき下ろしても良い、というわけではありません。
戦場において魔術師というのは、一発逆転の要です。焼き切れる寸前まで神経を集中させ、膨大な魔力を身のうちに溜め、そして敵軍を一掃する。その期間は、十数日におよぶこともあります。
対価として得られるのは、絶対的な自軍の勝利。だから、兵たちは命懸けで魔術師を守ってくれる。そんな彼らに、私たちは敬意と感謝を捧げるべきなのです。
なのに、事あるごとに目くじらを立てて喚いていれば、愛想を尽かされて当たり前。
誰しもがウィルブローズの陰口をささやくようになりました。
これではいけない。そう思った私は、ウィルブローズを説得しました。それはもう、雨垂れで岩を削るように、何年も何年も、彼を諭し続けた。
ウィルブローズは少しずつ変わってくれました。自分でも、このままでは駄目だと思っていたようです。
ただ、元来のプライドが邪魔して、居丈高な振る舞いはやめられなかった。
それに周りの兵たちも、今までのことがありますから、「どうせまた元に戻るんじゃないか」とウィルブローズを信じきれなかったようです。
段々と、ウィルブローズは投げやりになっていきました。もうどうにもならないのかと、私も諦めかけていました。
そんな状況を一変させる出来事が起こりました。
半年ほど前です。私はウィルブローズを誘って、街へ散策に出かけました。孤児院の人たちがバザーを開いていました。
品物を見ていると、栗色の髪の可愛らしい娘さんが、私たちに話しかけてくれたの。太陽みたいな笑顔で、売り物の説明をしてくれた。
いくつかクッキーを買おうとしたら、彼女、小銭入れをひっくり返してあたふたしてたわ。私も拾うのを手伝って……なのに、ウィルブローズはぼけっと突っ立ったまま。「一緒に拾いなさいよ」と声をかけた時には、もう、ウィルブローズは恋に落ちていた。
帰り道、あの子は熱に浮かされたような様子で、ぼうっと歩いていたけれど、急にぽつんと言ったわ。「仲間に慕われなかったら、女の子にも嫌われてしまいますよね」。
これは絶好の機会だと思って、私は彼にうなずいたの。「そのためにはどうすればいいか、わかっていますね」。
それからの変化は劇的でした。ウィルブローズはまるで別人。本気で変わろうとしていました。
誰に対しても敬意と感謝をもって、接しているのがわかった。頭を打って人格が入れ替わったのか、なんて噂まで流れたわ。
結婚してからは、特に雰囲気がやわらかくなって……今はようやく、彼を認めてくれる人が増えてきたところ。
あなたのおかげです。ありがとう、ニニさん。
色々と厄介な子だけれど、どうか見放さずにいてやってください。
ただ、もしかしたら……昔のウィルブローズがああだったのは、ご家族の影響もあるかもしれない。あなたにも、何か言ってくることがあるでしょう。
困ったことがあれば、いつでも相談してちょうだいね。
あなたの友、ジェフローラ・シーロウより
追伸。ウィルブローズに伝言をお願いしてもいいかしら。次の宿題は、ニニさんと一緒に買い物へ行くこと。そして、彼女に似合う髪飾りを選びなさいって。
ウィルブローズが必死で自分を変えようとしたことへの、神さまからのご褒美なのかもしれません。
ウィルブローズは変わりました。昔の彼は、今とはまったく違ったんです。
ヒステリックで傲慢。思いやりのかけらもなかった。
護衛の兵士がほんの少しでもミスをしようものなら、世紀の大失敗をしたかのように責め立てたものです。その代わり、自分自身にも厳しかったけれど。
ですが、人は正しいばかりではいられない。失敗だってするし、間違うこともあります。
なのにウィルブローズは過ちを認めず、ほかに原因を無理矢理見つけて、自己弁護に走り……最低な子どもでした。
そう、子どもだったのです。ウィルブローズが軍へ入ったのは、彼がまだ十二の時でした。
あのころ、我が国は魔術師の高齢化が進んでいました。私でさえ小娘呼ばわりされたくらい。名のある魔術師たちが、一人、また一人と天へ召され、軍事力にほころびが生じるのは時間の問題でした。
「稀代の天才」と称賛されるウィルブローズの成長を、待つことなどできなかった。
八年前、焦りを募らせた軍部は、国王陛下にウィルブローズの参戦を要請したのです。
陛下はレリアス家へウィルブローズの出陣をお命じになり、ご両親は彼を連れて戦場へ……ウィルブローズは形だけの戦闘訓練を受け、すぐに前線へ駆り出された。
誰も彼も、苦渋の決断を下したことでしょう。軍の中でも王城でも、相当な議論が重ねられていましたから。
ただ、そこにウィルブローズの意見が入る余地は、一切ありませんでした。十二歳だった彼は、小さな肩へ、強引に重責を背負わされたのです。
元々の性格もあったでしょうが、心根がゆがんでしまうことは、仕方なかったのかもしれません。
しかし、だからと言って、他人をむやみやたらにこき下ろしても良い、というわけではありません。
戦場において魔術師というのは、一発逆転の要です。焼き切れる寸前まで神経を集中させ、膨大な魔力を身のうちに溜め、そして敵軍を一掃する。その期間は、十数日におよぶこともあります。
対価として得られるのは、絶対的な自軍の勝利。だから、兵たちは命懸けで魔術師を守ってくれる。そんな彼らに、私たちは敬意と感謝を捧げるべきなのです。
なのに、事あるごとに目くじらを立てて喚いていれば、愛想を尽かされて当たり前。
誰しもがウィルブローズの陰口をささやくようになりました。
これではいけない。そう思った私は、ウィルブローズを説得しました。それはもう、雨垂れで岩を削るように、何年も何年も、彼を諭し続けた。
ウィルブローズは少しずつ変わってくれました。自分でも、このままでは駄目だと思っていたようです。
ただ、元来のプライドが邪魔して、居丈高な振る舞いはやめられなかった。
それに周りの兵たちも、今までのことがありますから、「どうせまた元に戻るんじゃないか」とウィルブローズを信じきれなかったようです。
段々と、ウィルブローズは投げやりになっていきました。もうどうにもならないのかと、私も諦めかけていました。
そんな状況を一変させる出来事が起こりました。
半年ほど前です。私はウィルブローズを誘って、街へ散策に出かけました。孤児院の人たちがバザーを開いていました。
品物を見ていると、栗色の髪の可愛らしい娘さんが、私たちに話しかけてくれたの。太陽みたいな笑顔で、売り物の説明をしてくれた。
いくつかクッキーを買おうとしたら、彼女、小銭入れをひっくり返してあたふたしてたわ。私も拾うのを手伝って……なのに、ウィルブローズはぼけっと突っ立ったまま。「一緒に拾いなさいよ」と声をかけた時には、もう、ウィルブローズは恋に落ちていた。
帰り道、あの子は熱に浮かされたような様子で、ぼうっと歩いていたけれど、急にぽつんと言ったわ。「仲間に慕われなかったら、女の子にも嫌われてしまいますよね」。
これは絶好の機会だと思って、私は彼にうなずいたの。「そのためにはどうすればいいか、わかっていますね」。
それからの変化は劇的でした。ウィルブローズはまるで別人。本気で変わろうとしていました。
誰に対しても敬意と感謝をもって、接しているのがわかった。頭を打って人格が入れ替わったのか、なんて噂まで流れたわ。
結婚してからは、特に雰囲気がやわらかくなって……今はようやく、彼を認めてくれる人が増えてきたところ。
あなたのおかげです。ありがとう、ニニさん。
色々と厄介な子だけれど、どうか見放さずにいてやってください。
ただ、もしかしたら……昔のウィルブローズがああだったのは、ご家族の影響もあるかもしれない。あなたにも、何か言ってくることがあるでしょう。
困ったことがあれば、いつでも相談してちょうだいね。
あなたの友、ジェフローラ・シーロウより
追伸。ウィルブローズに伝言をお願いしてもいいかしら。次の宿題は、ニニさんと一緒に買い物へ行くこと。そして、彼女に似合う髪飾りを選びなさいって。
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