魔術師の妻は夫に会えない

山河 枝

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2章 破れた日記

?月?日 晴れ

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今日は、ジェフローラ様がうちへいらっしゃった。私もラウルさんと一緒に玄関へ出て、客室にご案内したわ。

そこで、ラウルさんが「ニニ様、お疲れでしょう。お部屋でお休みください」って言ったんだけど、なんとか居座ろうと思って、あれこれ理由をつけて食い下がったの。
そうしたら、ジェフローラ様が「彼女と少しお話をしてもいいかしら」って口添えしてくれた。
色々聞き出すチャンスだ! と思って、気合を入れてソファに座ったわ。

ただ、この時点でなんか変だなとは思ってたのよ。
ジェフローラ様は、なんていうか、失礼だけど……思ったよりお歳を召していらっしゃった。ペンドラ先生と同じくらいじゃないかな。
ウィルブローズ様、本当はかなり年上の女性が好きなのかしら? と思ってお喋りしてたら、なんだか予想と違ってきたのよね。

私が「いつも夫がお世話になっております」って言ったら、「まあ、きちんとした娘さんね。こちらこそ」。
「夫のことをどう思われますか」って聞いたら、「まだまだ心配ね。でも、あなたみたいな人が一緒なら安心だわ」。

近所のおばさんと喋ってるような会話。
しかも、「あなたはウィルブローズのこと、どう思ってる?」って聞き返された。だから言ったの。

「私はウィルブローズ様が大好きです。ウィルブローズ様はとっても優しくて、今まで出会った誰よりも、私を大切にしてくれます」って。

……うーん。今思うと、ちょっと大げさだったかしら。嘘じゃないんだけど、いざ出陣! ってぐらいの勢いで臨んだから、はずみで誇張しちゃった。

ジェフローラ様、その言葉を全部信じたのかはわからないけど、にこにこ笑っていらっしゃったわ。それから、なぜか「ありがとう」って言われちゃった。
で、目が点になったのはそのあとよ。「ニニさんも私の夫みたいに優しい方なのね」。

ジェフローラ様、既婚者じゃない! しかも仲良し夫婦! そのあとしばらくのろけが続いた。昨日のアップルパイより甘々だった……ウィルブローズ様が入る隙なんてない。

じゃあ、なんで我が家に来てくださったのかしら。そう思って、探りを入れてみた。

言葉の端々から察するに、どうも昔のウィルブローズ様は、今とは性格が全然違ったみたい。それで結婚生活が心配になって、ジェフローラ様が様子を見に来られたらしいわ。

ウィルブローズ様、昔はどんな感じだったのかな。
知りたかったけど、詳しく聞こうとしたら、バーン! って吹っ飛びそうな勢いでドアが開いて、ウィルブローズ様が飛びこんできたの。
「それ以上は言わないでください!」って、真っ青な顔で叫んでた。
かと思ったら、私を見て真っ赤になったり……たぶん立ち聞きしてたんだろうなあ。少なくとも、「私はウィルブローズ様が大好きです」ってところから。
文句を言おうかと思ったけど、私も盗み聞きしたから黙るしかなかった。

それからウィルブローズ様が落ち着くのを待って、三人でアップルパイを食べながらお喋りして。
お喋りというか、ジェフローラ様に色々聞かれた。「普段は二人で何をして過ごすの」とか。「一緒にどんなところへ出かけるの」とか。

でも、まともに答えられなかったわ。
ウィルブローズ様のもとで過ごしたうちの半分くらいは、ウィルブローズ様がだったんだもの。最近も、しばらくどこかへ隠れてたし。
そういえば、記憶自体が消えてる期間もあるわね……。

だけど、そんなこと情けなくて言えないじゃない。返事を濁してたら、ジェフローラ様は何か勘づいたみたいで、お帰りの時に「ウィルブローズ。あなた、ニニさんと街を散歩しなさい。手を繋いで。次に会う時までの宿題です」。それはそれで恥ずかしいんだけど……。

そのあと、ジェフローラ様は私に耳打ちしてこられた。「今日はウィルブローズに邪魔されちゃったから、また改めて手紙を出すわね」だって。
邪魔って、昔の話を聞こうとした時に、ウィルブローズ様が乱入してきたことかしら。

で、ジェフローラ様を見送って、やれやれ……って言いかけた瞬間、気づいたの。
あのメモにあった、ほかの女の人たちよ! あの謎がまだ解けてない。そもそも、なんで記憶を消されたのかもわかってないし。
当然、ウィルブローズ様に詰め寄ったわ。スカーレットだのバーバラだのは誰なんですかって。

さすがにここまで来たら、浮気だ離婚だ再婚だって線はないだろう、とは思ったけど。
でも、本人の口から直接聞きたかったんだもの。
マリさんのあれも気になってたし。ウィルブローズ様は離婚を考えてるのかって聞いた時の、「お答えしかねます」。

そうしたら、ウィルブローズ様ったらまた取り乱して、よくわからない屁理屈をこねくり回し始めた。
その様子を見てたら、だんだん気分が悪くなってきた。喋りまくるウィルブローズ様の周りが、陽炎が立ったみたいにゆがんでたから。
あまりの必死さに、目が錯覚でも起こしたのかしら。

その気持ち悪さに耐えてる最中よ。突然だったわ。直感だった。ウィルブローズ様に逃げられる! って思った。
だから、「きちんと話してくれないなら、孤児院に帰らせていただきます」って言おうとした。小説の主人公みたいに、焦って暴露してくれるかもって、期待して。

そうしたら……心臓が口から飛び出すかと思ったわ。
部屋の出口にラウルさんが立ってたの。こっちを見てた。じいぃーって、あの大きなギョロ目で。
でも、この前と同じどころじゃない。とにかくもう、圧が桁違いにすごかったのよ。
何かを私に訴えてかけてくるというか……。

そこで思い出したの。「ウィルブローズ様のおそばにいて差し上げてください」っていう言葉。
あれはつまり、家出とか離婚をほのめかすのはダメってことだったのかも。
だから、「私はどこにも行かないので、ちゃんと説明してください」ってウィルブローズ様に言ったわ。

そうしたら、拳を振り回して力説してたウィルブローズ様が、ピタッと黙っちゃった。その隙に、すかさずラウルさんが、私たちの間に割りこんできたの。
「ウィルブローズ様。お話しして差し上げてください。今ここで誤魔化せても、ニニ様は再び追求なさるでしょう。また、同じことのくり返しでございますよ」。

それで、ウィルブローズ様は渋りつつも「わかった」って言ったんだけど……「明日まで待ってください」だって。
もう、散々じらせて! くだらない理由だったら怒るわよ!

ああ、思い出したらモヤモヤしててきちゃった……何を隠してるんだろう。
きっとメガネの人が持ってた、大きな封筒が重要よね。あれに入るものといえば、相当薄いものだわ。
何かなあ……本とか? それなら、グレースとかエリザとかは、作者の名前なのかな。

でも、そんなにたくさんの本が、あの平べったい封筒に入るはずがないし。せいぜい手紙とか……。

ん? あれ?
手紙……。

あー! わかった、手紙だ! それならたくさん入りそう!
それに、名前も書くもん。絶対そうだわ!

……で、なんの手紙?

もー! 結局、謎が謎を呼んだだけじゃない。明日はすぐにでも話を聞かせてもらわなくちゃ。
今日の嬉しかったことは……色々あるけど、まずは久しぶりにウィルブローズ様と会えたことかな。
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