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2章 破れた日記
?月?日 晴れ
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今日はみんな、あからさまに私を避けてた。
クロップさんは、なぜか階段の裏で園芸道具の手入れをしてた。むくむくした巨体を縮こめて。
近寄っていったら「手は足りてますんで、へえ」って言いながら、そそくさ逃げてったわ。
マリさんは、いつもの3倍くらいのスピードで、息をつく間もなく掃除しまくってた。隙あらば質問しよう! と思って追いかけたけど、あまりにも動きが目まぐるしくて、とても捕まえられない。
繕いものまで早歩きしながらやってるから、危なっかしくて声をかけられなかった……。
で、厨房には鍵。ずるい!
また私が手伝いを申し出るんじゃないかって、警戒してたんだろうなあ。午前中は、何にもできずに時間だけ潰れちゃったわ。
ラウルさんはいつも通りだった。さすが……って、感心してる場合じゃないんだけど。
いや、いつも通りじゃないわね。まさかラウルさんから、あんな反応が返ってくるとは思わなかったわ。
お昼ごはんのあと、無駄だろうと思いつつ、ラウルさんに聞いてみたの。
「ウィルブローズ様のお友だちには、どんな人がいるんですか。特に女の人」って。
大して期待してなかった。どうせまた、「はあ、どうでしょうかなあ」ぐらいしか言わないだろうと思ってた。
そうしたらもう、びっくりしたなんてもんじゃない。叫び声を上げそうになった。心臓が止まるかと思ったわ。
ラウルさんのとろんとした目が、カッ!と大きく開いたの。そのまま、じいっとこっちを見てきた。
あの目、なんて言えばいいのかしら。戦士……違うわね。狩人の方が近いかな。
それで、私が猛禽類に睨まれたミミズみたいにすくみ上がってたら、「ニニ様は、どうかウィルブローズ様のおそばにいて差し上げてください」。
そう言って、私が呆然としてる間に、音もなく飛んで行っちゃった。
なんだったのよ……会話、成り立ってないじゃない。というか、そばにいるも何も、私がウィルブローズ様に逃げられてるんですけど。
ともかく、それからもみんなとまともに話せないし、今日はもう進展なし──と思って部屋に戻ろうとしたら、壁の中から声が聞こえてきたの。
男の人が2人。ちょっと甲高い声の人はたぶん、以前うちへ来てたメガネの男性。もう片方はウィルブローズ様だった。
一瞬ぎょっとしたけど、よく考えたらそこの壁、客室があったのよね。昨日まで。きっと、ウィルブローズ様が魔術で隠したんだろうな。
何を話してるのか気になって、聞き耳を立ててみた。そうしたら、「エリザ」とか「スカーレット」とか、あとは「アイリーン」「バーバラ」「ポーラ」……。
なんなのよ、もう! メモに書いてあるどころか、ない人まで登場してくれちゃって。
一番引っかかったのが……「どれになさいますか」って、メガネの人が聞いてたのよね。
ウィルブローズ様、悩んでたみたい。うーん、ってうなり声が聞こえた。
なかなか答えないから、「情熱的な感じがお好みでしたら、これなんていかがでしょう。そちらは落ち着いた大人の雰囲気ですよ」って、メガネの人が説明してたわ。
何かを選んでたのかしら。男の人が女の人を選ぶ……ダメだ、どう頑張ってもポジティブな想像が出てこない。
一番イヤなのは、ウィルブローズ様が、再婚相手候補のプロフィールを見てた、とかかな。
……いや。
いやいや。
いやいやいや、馬鹿なこと考えちゃダメ! 気が滅入っちゃう。
あ、そうだ。女の人を選ぶと言えば、厨房からも妙なひとりごとが聞こえてきたんだ。
「今日はクルーサちゃんにするかな。でもメルカも捨てがたいし。ラッテは明日にするか」とか、なんとか。
ミュトス、厨房で何やってんのかしら? 鍵をかけたのをいいことに、女の子を連れこんだりしてないでしょうね。
だけど、そういえば「クロップは、サナちゃんが引っ越しちゃって初恋が終わったんだってさ。だけどそのあと、10人くらい好きな子が変わったらしいぞ」って、いつかミュトスが言ってた。男の人って、目移りするものなのかな……。
わー! ダメダメ! また湿っぽくなっちゃった。
暗い妄想はおしまい! 明日のことを考えよう。
明日、もしマリさんに会えたら聞いてみようかな。「ウィルブローズ様は私と離婚するつもりですか」って。
そんなわけないよね。それならラウルさんも、「どうかウィルブローズ様のおそばに」なんて言うはずないし。
今日の嬉しかったことは、この前とは別の花壇で、つぼみがふくらみ始めたこと。一面咲いたところを少ししか見てないから、今度はゆっくり楽しめるといいな。
クロップさんは、なぜか階段の裏で園芸道具の手入れをしてた。むくむくした巨体を縮こめて。
近寄っていったら「手は足りてますんで、へえ」って言いながら、そそくさ逃げてったわ。
マリさんは、いつもの3倍くらいのスピードで、息をつく間もなく掃除しまくってた。隙あらば質問しよう! と思って追いかけたけど、あまりにも動きが目まぐるしくて、とても捕まえられない。
繕いものまで早歩きしながらやってるから、危なっかしくて声をかけられなかった……。
で、厨房には鍵。ずるい!
また私が手伝いを申し出るんじゃないかって、警戒してたんだろうなあ。午前中は、何にもできずに時間だけ潰れちゃったわ。
ラウルさんはいつも通りだった。さすが……って、感心してる場合じゃないんだけど。
いや、いつも通りじゃないわね。まさかラウルさんから、あんな反応が返ってくるとは思わなかったわ。
お昼ごはんのあと、無駄だろうと思いつつ、ラウルさんに聞いてみたの。
「ウィルブローズ様のお友だちには、どんな人がいるんですか。特に女の人」って。
大して期待してなかった。どうせまた、「はあ、どうでしょうかなあ」ぐらいしか言わないだろうと思ってた。
そうしたらもう、びっくりしたなんてもんじゃない。叫び声を上げそうになった。心臓が止まるかと思ったわ。
ラウルさんのとろんとした目が、カッ!と大きく開いたの。そのまま、じいっとこっちを見てきた。
あの目、なんて言えばいいのかしら。戦士……違うわね。狩人の方が近いかな。
それで、私が猛禽類に睨まれたミミズみたいにすくみ上がってたら、「ニニ様は、どうかウィルブローズ様のおそばにいて差し上げてください」。
そう言って、私が呆然としてる間に、音もなく飛んで行っちゃった。
なんだったのよ……会話、成り立ってないじゃない。というか、そばにいるも何も、私がウィルブローズ様に逃げられてるんですけど。
ともかく、それからもみんなとまともに話せないし、今日はもう進展なし──と思って部屋に戻ろうとしたら、壁の中から声が聞こえてきたの。
男の人が2人。ちょっと甲高い声の人はたぶん、以前うちへ来てたメガネの男性。もう片方はウィルブローズ様だった。
一瞬ぎょっとしたけど、よく考えたらそこの壁、客室があったのよね。昨日まで。きっと、ウィルブローズ様が魔術で隠したんだろうな。
何を話してるのか気になって、聞き耳を立ててみた。そうしたら、「エリザ」とか「スカーレット」とか、あとは「アイリーン」「バーバラ」「ポーラ」……。
なんなのよ、もう! メモに書いてあるどころか、ない人まで登場してくれちゃって。
一番引っかかったのが……「どれになさいますか」って、メガネの人が聞いてたのよね。
ウィルブローズ様、悩んでたみたい。うーん、ってうなり声が聞こえた。
なかなか答えないから、「情熱的な感じがお好みでしたら、これなんていかがでしょう。そちらは落ち着いた大人の雰囲気ですよ」って、メガネの人が説明してたわ。
何かを選んでたのかしら。男の人が女の人を選ぶ……ダメだ、どう頑張ってもポジティブな想像が出てこない。
一番イヤなのは、ウィルブローズ様が、再婚相手候補のプロフィールを見てた、とかかな。
……いや。
いやいや。
いやいやいや、馬鹿なこと考えちゃダメ! 気が滅入っちゃう。
あ、そうだ。女の人を選ぶと言えば、厨房からも妙なひとりごとが聞こえてきたんだ。
「今日はクルーサちゃんにするかな。でもメルカも捨てがたいし。ラッテは明日にするか」とか、なんとか。
ミュトス、厨房で何やってんのかしら? 鍵をかけたのをいいことに、女の子を連れこんだりしてないでしょうね。
だけど、そういえば「クロップは、サナちゃんが引っ越しちゃって初恋が終わったんだってさ。だけどそのあと、10人くらい好きな子が変わったらしいぞ」って、いつかミュトスが言ってた。男の人って、目移りするものなのかな……。
わー! ダメダメ! また湿っぽくなっちゃった。
暗い妄想はおしまい! 明日のことを考えよう。
明日、もしマリさんに会えたら聞いてみようかな。「ウィルブローズ様は私と離婚するつもりですか」って。
そんなわけないよね。それならラウルさんも、「どうかウィルブローズ様のおそばに」なんて言うはずないし。
今日の嬉しかったことは、この前とは別の花壇で、つぼみがふくらみ始めたこと。一面咲いたところを少ししか見てないから、今度はゆっくり楽しめるといいな。
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