魔術師の妻は夫に会えない

１章 会えない夫

１月11日 晴れ

ああ、びっくりした。いきなり家が消えるんだもの。

変な感じだった。体がふわっと浮いたと思ったら、ものすごい勢いで、壁から床から天井から、どんどん一ヶ所に吸い込まれて……気がついたら、森に囲まれた空き地の真ん中に、背の高い男の人が立ってた。

赤紫色のマントと金髪（ちょっとほつれてた）の組み合わせに見覚えがあったから、「ウィルブローズ様ですか」って聞いてみた。黙ってうなずいてたわ。半泣きで。

お顔は綺麗というか、可愛らしいというか。でも、ずいぶんしょぼくれてたわね。雨の中に捨てられた子犬って感じ。
一発、平手でも張ってやろうかと思ってたけど、あんな顔見たら怒る気もなくなっちゃった。クロップさんが腰をかがめて、一生懸命なぐさめてたわ。「俺のおやつを分けてあげますから」とか言ってた。

ウィルブローズ様……私と同い年なんだよね？
　
とにかくそのあと、ウィルブローズ様を必死に元気づけて、みんなで新しい家に移動した。
ただ、クローゼットやらテーブルやらは本物だったのね。地面から生えたキノコみたいに、森のあちこちに落ちてたの。
それをウィルブローズ様が、魔術で浮かせて移動させた。べそかいて。

新しい家はほとんど完成してたから、住むことに不自由はないわ。
でもね……行き先が思いっきり住宅街だったのよ。市場の近くだから当たり前なんだけど。
空飛ぶ家具を引き連れて、街中を練り歩く、半べその魔術師──本当、道行く人たちの目が痛かった。

それから、家の中に家具を納めて一件落着……な雰囲気だったけど、納得できるわけないじゃない！ どうしてこんなことをしたのか、本人の口からしっかり聞かせてもらわなくちゃ。

だけど、今日はウィルブローズ様が落ちこみすぎてそれどころじゃないみたいだから、また明日、改めて話をしよう。

今日の嬉しかったことは、やっとウィルブローズ様に会えたことかな。
いや、嬉しいとはちょっと違うかな。嬉しいっていうより……呆然って感じ。