魔術師の妻は夫に会えない

１章 会えない夫

１月７日 雨

今日は散々だったわ！ 
外は朝から土砂降り。なのに、マリさんは買い物へ出かけてるし。ミュトスは厨房に鍵をかけちゃうし。ラウルさんは、何を聞いてもすっとぼけてくれちゃって。

まともに話せたのはクロップさん一人だけど、声をかけるたびに、「何も聞かないでください、お願いですから」って顔でビクビクするんだもの。当たり障りのない雑談しかできなかったわ。

しかも、最低最悪なことが起きた。クロップさんが、地下倉庫から球根を出してくるって言うから、ついていったら……クモが出たのよ！ 
とっさに体が動いたわ。クロップさんのベルトからスコップを引っこ抜いて、壁を叩いた。ごつーんって景気よく。
ちょっとやりすぎたかもしれないけど、クロップさんったら、あんなに叫ばなくてもいいのに。人を殴ったわけじゃあるまいし。家が揺れてたわ。

あれ？ でも、叫ぶ前から揺れてたっけ。変なの。

そうそう、クモといえば、ウィルブローズ様はクモが大好きなのよね。まさか、クモに変身してるから会えないってわけじゃ……。

……ううん、可能性はある。
マリさんが言ってたじゃない。ウィルブローズ様の居場所は「お答えしかねます」って。
あれは、口止めされてるって意味じゃなくて、本当に答えようがなかったのかも。

たとえばだけど、もしもウィルブローズ様が、家の中と外を絶えず行き来してたら？ 床下とか、壁の隙間とか、屋根裏とか。クモならどこへでも行けるわ。
ミュトスが言うには、ウィルブローズ様は変身が得意みたいだし。
　
よし。明日はそのことについて、みんなに聞いてみようかな。
でも、本当にクモになってたらどうしよう。とてもじゃないけど、一緒には暮らせないわ。いつ巨大なのが出てくるかって考えるだけで、発狂しそう。
そんなことになったら、とにかく逃げるしかないけど……こんな短期間で離婚なんて嫌だなあ。一旦、孤児院に避難しようかしら。ペンドラ先生、またひっくり返っちゃったりして。

今日の嬉しかったことは……そうね、土砂降りだったのに雨漏りがなかったことかな。