「君とは契りを結ばない」と言った夫は、悲しい秘密を持っていた

山河 枝

文字の大きさ
上 下
74 / 75

おまけ 宝探し(オスカー視点)③

しおりを挟む
“I・そろそろ空を見てみない?”

 3つ目は“I”か……まあ、これも一旦置いておこう。
 とにかく「空を見ろ」ということなので、仕事机のうしろへ回り、カーテンを開けてみた。
 日の光が目を刺す。思わずまぶたを閉じて、「うっ」とうめいてしまった。

「ふふっ」

 小さな笑い声がして、おれはうしろを振り返った。
 椅子に腰かけたアリスが、手をかざして影をつくり、おれを見ていた。その目が、窓のさんに落ちる。

(何かあるのか?)

 アリスの目線を追うと、朝日の中でクリーム色の四角が光っている。メッセージカードだ。

 窓の桟に置かれたそれを手にする。次はどんなことが書いてあるのか──少しワクワクしている自分に気付いて、ふと思う。

(それにしても、よくこんなことを考えつくな。最近は工場経営者との接待やら、今日みたいな事務作業もあるから、時間がないだろうに。こんな母親なら、子どもも楽しいだろうな)

 それに比べておれは……と考えたところで、大きく息を吸って思考を止めた。
 落ち込んだ顔をアリスに見られたら、また心配させてしまう。

 気を取り直して台紙を開き、書いてあるものを読んだ。

「“C・服に変わったところはない?”……ああ、なるほど。わかったぞ」

 カーテンを閉めて、もう一度アリスを振り返った。

「次のカードには、Eが書いてあるんだろ?」

 アリスは目を丸くして、それから楽しげに笑い出した。

「大正解! それなら、プレゼントの隠し場所もわかったのね?」
「もちろん」

 1枚目のメッセージカードに書かれたアルファベット……“A”に始まり、“L”、“I”、“C”。最後がEなら、つなげると「ALICEアリス」になる。

「最初から、君が持ってたんだな」

 アリスはうなずいて、首に下げていたものを、ドレスの胸元から引っ張り出した。

「あっ」

 懐中時計だ。昔、彼女にもらったもの。

「これが、ひとつ目の誕生日プレゼント」
「……いいのか?」

 これをアリスが持っていることは知っていた。だけど、元は彼女のものだから、と思って何も言わなかった。
 十数年もお守りのように持ち続けていたから、正直手離すのは寂しかったし、心細くもあった。そんな子どもじみた未練が情けなくて、平気なふりをしていた。

 その未練がばれそうで、手を出すのをためらったけれど……突き返すのも気が引ける。4枚のメッセージカードを胸ポケットに入れて、懐中時計を受け取った。

 手の中のそれは、いつものごとく死んだように黙りこくって──いるかと思いきや、チッ、チッと規則的な音が、時計の中から聞こえてくる。

(まさか)

 おれは、懐中時計を裏返したりまた戻したり、隅々を観察した。
 黒ずみや傷がほとんど消えている。欠けていたはずのゼンマイがある。
 金具に指をかけ、そっとふたを開けた。
 
 まっすぐ伸びたこずえのように、細くとがった秒針が、白い文字盤の上で動いている。長い針と短い針が、10時16分を示している。

「修理に出したのよ。腕のいい職人さんが見つかってよかったわ。だいぶ綺麗になったでしょ?」

 何と返していいかわからず、ひとまず心に浮かんだものを、呆けたように呟く。

「……時計の中、こんなふうになってたんだ。初めて見た」

 すると、アリスは不思議そうに首をかしげた。

「やっぱり、今まで修理したことがなかったのね。どうして?」
「だって……人に預けたら、紛失の可能性があるだろ? これだけは絶対に失くしたくなかったんだ。アレンの名前は捨てられても、いちばん大好きな君との思い出は捨てられなかったから……」

 そう言うと、おれを見上げるアリスの頬に赤みが差した。その顔を見つめていると、心を打ち明けたことが恥ずかしくなってきた。
 話をそらすために、おれも彼女に尋ねた。

「君こそ、どうしてこれを俺にくれたんだ?」

 たしか、「兄からもらった大切なものだ」と言っていたはずだ。それなら、自分で持っていたいだろう。

 なのになぜ、おれにくれるのか。
 問いを込めてアリスを見つめると、彼女は切なげに笑った。

「兄様には申し訳ないけれど、あなたにあげたくなったの。この時計を持っている方が、落ち着くんでしょう?」

 おれは、ちょっと目を泳がせた。懐中時計を手離す時の、子どもっぽい寂しさや心細さが、アリスに伝わっていたらしい。

「でも、だからって……どうして、おれにそこまで?」
「私も、あなたが大好きだから」

 言われた瞬間、急に耳が熱くなった。たぶん頬まで赤くなっているだろう。
 アリスもさらに顔を赤くして、それでね、と続けた。

「誕生日のお祝いに、手紙も書いたのよ。それがふたつ目のプレゼント」
「手紙? それもどこかに隠したのか?」
「いいえ。もうあなたが持ってるわ──あと少し、足りないけれど」
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~

藤原ライラ
ファンタジー
心を奪われた手紙の先には、運命の人が待っていた――  子爵令嬢のキャロラインは、両親を早くに亡くし、年の離れた弟の面倒を見ているうちにすっかり婚期を逃しつつあった。夜会でも誰からも相手にされない彼女は、新しい出会いを求めて文通を始めることに。届いた美しい字で洗練された内容の手紙に、相手はきっとうんと年上の素敵なおじ様のはずだとキャロラインは予想する。  彼とのやり取りにときめく毎日だがそれに難癖をつける者がいた。幼馴染で侯爵家の嫡男、クリストファーである。 「理想の相手なんかに巡り合えるわけないだろう。現実を見た方がいい」  四つ年下の彼はいつも辛辣で彼女には冷たい。  そんな時キャロラインは、夜会で想像した文通相手とそっくりな人物に出会ってしまう……。  文通相手の正体は一体誰なのか。そしてキャロラインの恋の行方は!? じれじれ両片思いです。 ※他サイトでも掲載しています。 イラスト:ひろ様(https://xfolio.jp/portfolio/hiro_foxtail)

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

【完結】「君を手に入れるためなら、何でもするよ?」――冷徹公爵の執着愛から逃げられません」

21時完結
恋愛
「君との婚約はなかったことにしよう」 そう言い放ったのは、幼い頃から婚約者だった第一王子アレクシス。 理由は簡単――新たな愛を見つけたから。 (まあ、よくある話よね) 私は王子の愛を信じていたわけでもないし、泣き喚くつもりもない。 むしろ、自由になれてラッキー! これで平穏な人生を―― そう思っていたのに。 「お前が王子との婚約を解消したと聞いた時、心が震えたよ」 「これで、ようやく君を手に入れられる」 王都一の冷徹貴族と恐れられる公爵・レオンハルトが、なぜか私に異常な執着を見せ始めた。 それどころか、王子が私に未練がましく接しようとすると―― 「君を奪う者は、例外なく排除する」 と、不穏な笑みを浮かべながら告げてきて――!? (ちょっと待って、これって普通の求愛じゃない!) 冷酷無慈悲と噂される公爵様は、どうやら私のためなら何でもするらしい。 ……って、私の周りから次々と邪魔者が消えていくのは気のせいですか!? 自由を手に入れるはずが、今度は公爵様の異常な愛から逃げられなくなってしまいました――。

【改稿版・完結】その瞳に魅入られて

おもち。
恋愛
「——君を愛してる」 そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった—— 幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。 あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは…… 『最初から愛されていなかった』 その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。 私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。  『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』  『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』 でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。 必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。 私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……? ※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。 ※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。 ※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。 ※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。

【完結】巻き戻りを望みましたが、それでもあなたは遠い人

白雨 音
恋愛
14歳のリリアーヌは、淡い恋をしていた。相手は家同士付き合いのある、幼馴染みのレーニエ。 だが、その年、彼はリリアーヌを庇い酷い傷を負ってしまった。その所為で、二人の運命は狂い始める。 罪悪感に苛まれるリリアーヌは、時が戻れば良いと切に願うのだった。 そして、それは現実になったのだが…短編、全6話。 切ないですが、最後はハッピーエンドです☆《完結しました》

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

契約結婚の終わりの花が咲きます、旦那様

日室千種・ちぐ
恋愛
エブリスタ新星ファンタジーコンテストで佳作をいただいた作品を、講評を参考に全体的に手直ししました。 春を告げるラクサの花が咲いたら、この契約結婚は終わり。 夫は他の女性を追いかけて家に帰らない。私はそれに傷つきながらも、夫の弱みにつけ込んで結婚した罪悪感から、なかば諦めていた。体を弱らせながらも、寄り添ってくれる老医師に夫への想いを語り聞かせて、前を向こうとしていたのに。繰り返す女の悪夢に少しずつ壊れた私は、ついにある時、ラクサの花を咲かせてしまう――。 真実とは。老医師の決断とは。 愛する人に別れを告げられることを恐れる妻と、妻を愛していたのに契約結婚を申し出てしまった夫。悪しき魔女に掻き回された夫婦が絆を見つめ直すお話。 全十二話。完結しています。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

処理中です...