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66 悲しい秘密①
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「もう、《天使》はいないのか?」
「……そうです。みんな、天の国に戻りました」
「《天使》はもう、僕たちを見ていないんだな?」
「はい。10年も前から、ずっと」
強くうなずくと、オスカーはうなだれて、顔を両手で覆った。
「それじゃあ、おれは今まで何のために……」
彼の、長い指の隙間から、重苦しいため息が漏れる。
私はたじろいだ。オスカーがどんなに動揺しても受け止めよう、と決めていたけれど、こんなふうに落ち込まれるとは思っていなかった。
(でも……ショックを受けて当たり前か。十数年間、ずっと怯え続けていたのに、そんな必要はなかったって言われたら……)
自分もきっと、やり切れない思いを抱くだろう。
どう言葉をかけていいかわからず、顔を覆ってうなだれるオスカーを見つめるしかなかった。
すると、ナンシーが私の肩をつついてきた。
「奥様。私、先に馬車へ戻りますわ」
「えっ! どうして?」
「主が使用人の前で、弱音なんて吐けませんもの」
「でも、私1人ここへ残っても、傍にいてあげることしか……」
「それでよろしいじゃありませんか。奥様がここにいらっしゃるだけで、旦那様はお喜びになりますよ。お小さい頃からずっと、奥様だけを心のよりどころになさってきたんですから」
そう言うとナンシーは、ソファから立ち上がった。ササッと目元を押さえ、お団子頭を下げると、グスグス鼻をすすりながら客間を出ていった。
それを見送って、私はオスカーに視線を戻した。
彼は、いつの間にか顔を上げていた。疲れ切ったような表情で、ナンシーの出ていったドアを眺めている。
「……ナンシーは、どこへ?」
「先に馬車へ戻るそうです」
「そうか……」
オスカーは再びうつむいて、けれど今度は、くり返し両手を組んだりほどいたりしている。
「アリス……」
弱々しい声が、私を呼んだ。
「何ですか?」
「隣に、来てくれないか」
「……はい」
緊張しながら腰を上げ、長方形のテーブルを回って、オスカーの隣に座る。ソファへ体が沈みきる前に、オスカーは私の手を取った。
「オスカー?」
驚いて彼を見た。オスカーは、膝の上にぼんやりと目を落としていた。
私の手をつかむ力だけが、少しずつ増していく。
「君に、言いたいことや、聞きたいことが、たくさんあるんだ」
オスカーは、言葉を吟味するようにゆっくりと話した。
「だけど、何から言えばいいのか……」
「……そうですよね」
無数の思いや出来事が、彼の脳裏に現れては消えていく様が、見える気がした。
「ねえ、オスカー。よかったら、私から質問していいですか?」
「君から?」
「ええ。私も、あなたに聞きたいことがたくさんあるから」
「わかった……何でも答えるよ」
「ありがとう。それじゃあ、まずは」
私はひと呼吸置いて、オスカーに尋ねた。
「あの火事のあと、何があったのか教えてください」
「……そうです。みんな、天の国に戻りました」
「《天使》はもう、僕たちを見ていないんだな?」
「はい。10年も前から、ずっと」
強くうなずくと、オスカーはうなだれて、顔を両手で覆った。
「それじゃあ、おれは今まで何のために……」
彼の、長い指の隙間から、重苦しいため息が漏れる。
私はたじろいだ。オスカーがどんなに動揺しても受け止めよう、と決めていたけれど、こんなふうに落ち込まれるとは思っていなかった。
(でも……ショックを受けて当たり前か。十数年間、ずっと怯え続けていたのに、そんな必要はなかったって言われたら……)
自分もきっと、やり切れない思いを抱くだろう。
どう言葉をかけていいかわからず、顔を覆ってうなだれるオスカーを見つめるしかなかった。
すると、ナンシーが私の肩をつついてきた。
「奥様。私、先に馬車へ戻りますわ」
「えっ! どうして?」
「主が使用人の前で、弱音なんて吐けませんもの」
「でも、私1人ここへ残っても、傍にいてあげることしか……」
「それでよろしいじゃありませんか。奥様がここにいらっしゃるだけで、旦那様はお喜びになりますよ。お小さい頃からずっと、奥様だけを心のよりどころになさってきたんですから」
そう言うとナンシーは、ソファから立ち上がった。ササッと目元を押さえ、お団子頭を下げると、グスグス鼻をすすりながら客間を出ていった。
それを見送って、私はオスカーに視線を戻した。
彼は、いつの間にか顔を上げていた。疲れ切ったような表情で、ナンシーの出ていったドアを眺めている。
「……ナンシーは、どこへ?」
「先に馬車へ戻るそうです」
「そうか……」
オスカーは再びうつむいて、けれど今度は、くり返し両手を組んだりほどいたりしている。
「アリス……」
弱々しい声が、私を呼んだ。
「何ですか?」
「隣に、来てくれないか」
「……はい」
緊張しながら腰を上げ、長方形のテーブルを回って、オスカーの隣に座る。ソファへ体が沈みきる前に、オスカーは私の手を取った。
「オスカー?」
驚いて彼を見た。オスカーは、膝の上にぼんやりと目を落としていた。
私の手をつかむ力だけが、少しずつ増していく。
「君に、言いたいことや、聞きたいことが、たくさんあるんだ」
オスカーは、言葉を吟味するようにゆっくりと話した。
「だけど、何から言えばいいのか……」
「……そうですよね」
無数の思いや出来事が、彼の脳裏に現れては消えていく様が、見える気がした。
「ねえ、オスカー。よかったら、私から質問していいですか?」
「君から?」
「ええ。私も、あなたに聞きたいことがたくさんあるから」
「わかった……何でも答えるよ」
「ありがとう。それじゃあ、まずは」
私はひと呼吸置いて、オスカーに尋ねた。
「あの火事のあと、何があったのか教えてください」
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