66 / 75
65 残酷な過去
しおりを挟む
オスカーは一瞬、硬直した。それから、糸が切れた人形のように、どさりとソファへ腰を下ろした。
私は話を続けた。
「それを教えてくださったのは、ハンナ先生という方です」
オスカーの肩がびくっと揺れる。けれど彼は、今度は立ち上がらなかった。
固唾をのんで、私の言葉に耳を傾けている。
「ハンナ先生はおっしゃいました。その村では、髪の白い子どもを《天使》と呼んでいたと。そうした子どもが6つになると、本当の《天使》に昇華させる風習があったそうです。ずっと昔には」
「ずっと、昔……? ど、どのくらい前なんだ?」
オスカーが、身を乗り出して聞き返してくる。
「10年ほど前です。ハンナ先生の働きかけで、その風習はなくなったそうですが」
「10年……そんな馬鹿な」
「神父さんも似たようなことをおっしゃっていました。『《天使》はみんな、天の国へ去って行った』って。《天使》が生まれることも、もうないって」
よそ者の私たちを警戒した神父さんは、ハンナ先生にうながされて、渋々……だったけれど。
「村の人たちも、同じように考えているみたいです。白い髪の女の子がいましたけど、ほかの子と同じように、ごく普通の子どもとして育てられていましたから」
オスカーの喉が、ごくりと動く。ひざに置いた手を組んだりほどいたりして、落ち着かない様子だ。
このまま、話を進めて大丈夫だろうか。
迷ったけれど、どんなにオスカーが動揺しても受け止めよう、と心に決めて、私はまた口を開いた。
「ハンナ先生は、懸命にその風習をやめさせようとしたそうです。理由は、『白い髪の子どもを本物の《天使》に昇華させる方法が、あまりにも残酷だから』。その方法は……方法、は……」
ワンピースのスカートを握る手が震える。話を続けなくては。そう思うのに、声が出てこない。ハンナ先生に聞いたあの話は、本当に惨たらしかったから。
隣でナンシーのすすり泣きがして、私はますます怯んでしまった。
その時、オスカーがぽつりと言った。
「知ってるよ」
彼はうつむき、話を始めた。
「教会の裏手の森に、開けた場所がある。《天使》と呼ばれる子どもが6つになると、そこへ柱を立てるんだ。その柱に子どもをくくりつけて、周りに薪をくべ、火をつける。夜を徹して火を焚き、骨まで燃やし尽くす。そうやって昇華された《天使》は、僕らを見守り、加護をくれる」
オスカーは、一旦言葉を切った。声は穏やかだったけれど、表情は苦しげだった。同じ話をしてくれた、ハンナ先生のように。
オスカーも彼女と同じく、燃えていく《オスカー》のことを思い出しているのかもしれない。
ハンナ先生は、ときおり窓の外──教会の裏手を見やりながら、私たちに語ってくれた。
『17年経った今でも、忘れることができません。何も知らず眠っていた私は、ガラスをかきむしるような悲鳴で飛び起きました。窓の外は、真昼のように明るかった。
外へ駆け出すと、むせ返るほどの熱が、私の顔をあぶりました。薪は激しくはぜていたのに、ご両親の口は何かを喚いていたのに、すさまじい叫び声が、すべての音をかき消した……』
その凄惨な現場に、幼かったオスカーもいたのだ。《天使》の昇華には、家族が立ち会うから。
『あの風習が生まれたのは、数百年前。その理由は、なくとなくわかります。白い髪の子どもは、病気になりやすいんです。大抵は、6つまでには親の髪色に変わるんですが、そうでない子は虚弱なまま。
彼らが子を成せば、ひ弱な性質が村に広まる。それを防ぐために、《天使》に昇華させる、という名目で淘汰していたんでしょう』
けれど今は、数百年前に比べて、格段に医学が発達している。病の治療法だけでなく、罹患そのものを防ぐ方法も見つかったという。
ただ、それもこれも、森の奥の村にいては知る術などなかっただろう。
もっと早く、あの村へ、新しい風が吹き込んでいたら──《オスカー》が殺されることもなかったし、アレンも虐げられずに済んだのに。
(《天使》が見守ってくれる、という話は……子どもを奪われた家族を慰めるために、作られた物語だったんだろうな。それが、いつの間にか《天使》の家族を苦しめる原因になるなんて)
やるせなさに耐えきれず、私は目を伏せた。けれどすぐに、「アリス」とオスカーに呼ばれて、まぶたを開いた。
私は話を続けた。
「それを教えてくださったのは、ハンナ先生という方です」
オスカーの肩がびくっと揺れる。けれど彼は、今度は立ち上がらなかった。
固唾をのんで、私の言葉に耳を傾けている。
「ハンナ先生はおっしゃいました。その村では、髪の白い子どもを《天使》と呼んでいたと。そうした子どもが6つになると、本当の《天使》に昇華させる風習があったそうです。ずっと昔には」
「ずっと、昔……? ど、どのくらい前なんだ?」
オスカーが、身を乗り出して聞き返してくる。
「10年ほど前です。ハンナ先生の働きかけで、その風習はなくなったそうですが」
「10年……そんな馬鹿な」
「神父さんも似たようなことをおっしゃっていました。『《天使》はみんな、天の国へ去って行った』って。《天使》が生まれることも、もうないって」
よそ者の私たちを警戒した神父さんは、ハンナ先生にうながされて、渋々……だったけれど。
「村の人たちも、同じように考えているみたいです。白い髪の女の子がいましたけど、ほかの子と同じように、ごく普通の子どもとして育てられていましたから」
オスカーの喉が、ごくりと動く。ひざに置いた手を組んだりほどいたりして、落ち着かない様子だ。
このまま、話を進めて大丈夫だろうか。
迷ったけれど、どんなにオスカーが動揺しても受け止めよう、と心に決めて、私はまた口を開いた。
「ハンナ先生は、懸命にその風習をやめさせようとしたそうです。理由は、『白い髪の子どもを本物の《天使》に昇華させる方法が、あまりにも残酷だから』。その方法は……方法、は……」
ワンピースのスカートを握る手が震える。話を続けなくては。そう思うのに、声が出てこない。ハンナ先生に聞いたあの話は、本当に惨たらしかったから。
隣でナンシーのすすり泣きがして、私はますます怯んでしまった。
その時、オスカーがぽつりと言った。
「知ってるよ」
彼はうつむき、話を始めた。
「教会の裏手の森に、開けた場所がある。《天使》と呼ばれる子どもが6つになると、そこへ柱を立てるんだ。その柱に子どもをくくりつけて、周りに薪をくべ、火をつける。夜を徹して火を焚き、骨まで燃やし尽くす。そうやって昇華された《天使》は、僕らを見守り、加護をくれる」
オスカーは、一旦言葉を切った。声は穏やかだったけれど、表情は苦しげだった。同じ話をしてくれた、ハンナ先生のように。
オスカーも彼女と同じく、燃えていく《オスカー》のことを思い出しているのかもしれない。
ハンナ先生は、ときおり窓の外──教会の裏手を見やりながら、私たちに語ってくれた。
『17年経った今でも、忘れることができません。何も知らず眠っていた私は、ガラスをかきむしるような悲鳴で飛び起きました。窓の外は、真昼のように明るかった。
外へ駆け出すと、むせ返るほどの熱が、私の顔をあぶりました。薪は激しくはぜていたのに、ご両親の口は何かを喚いていたのに、すさまじい叫び声が、すべての音をかき消した……』
その凄惨な現場に、幼かったオスカーもいたのだ。《天使》の昇華には、家族が立ち会うから。
『あの風習が生まれたのは、数百年前。その理由は、なくとなくわかります。白い髪の子どもは、病気になりやすいんです。大抵は、6つまでには親の髪色に変わるんですが、そうでない子は虚弱なまま。
彼らが子を成せば、ひ弱な性質が村に広まる。それを防ぐために、《天使》に昇華させる、という名目で淘汰していたんでしょう』
けれど今は、数百年前に比べて、格段に医学が発達している。病の治療法だけでなく、罹患そのものを防ぐ方法も見つかったという。
ただ、それもこれも、森の奥の村にいては知る術などなかっただろう。
もっと早く、あの村へ、新しい風が吹き込んでいたら──《オスカー》が殺されることもなかったし、アレンも虐げられずに済んだのに。
(《天使》が見守ってくれる、という話は……子どもを奪われた家族を慰めるために、作られた物語だったんだろうな。それが、いつの間にか《天使》の家族を苦しめる原因になるなんて)
やるせなさに耐えきれず、私は目を伏せた。けれどすぐに、「アリス」とオスカーに呼ばれて、まぶたを開いた。
0
お気に入りに追加
117
あなたにおすすめの小説
拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~
藤原ライラ
ファンタジー
心を奪われた手紙の先には、運命の人が待っていた――
子爵令嬢のキャロラインは、両親を早くに亡くし、年の離れた弟の面倒を見ているうちにすっかり婚期を逃しつつあった。夜会でも誰からも相手にされない彼女は、新しい出会いを求めて文通を始めることに。届いた美しい字で洗練された内容の手紙に、相手はきっとうんと年上の素敵なおじ様のはずだとキャロラインは予想する。
彼とのやり取りにときめく毎日だがそれに難癖をつける者がいた。幼馴染で侯爵家の嫡男、クリストファーである。
「理想の相手なんかに巡り合えるわけないだろう。現実を見た方がいい」
四つ年下の彼はいつも辛辣で彼女には冷たい。
そんな時キャロラインは、夜会で想像した文通相手とそっくりな人物に出会ってしまう……。
文通相手の正体は一体誰なのか。そしてキャロラインの恋の行方は!?
じれじれ両片思いです。
※他サイトでも掲載しています。
イラスト:ひろ様(https://xfolio.jp/portfolio/hiro_foxtail)

【完結】巻き戻りを望みましたが、それでもあなたは遠い人
白雨 音
恋愛
14歳のリリアーヌは、淡い恋をしていた。相手は家同士付き合いのある、幼馴染みのレーニエ。
だが、その年、彼はリリアーヌを庇い酷い傷を負ってしまった。その所為で、二人の運命は狂い始める。
罪悪感に苛まれるリリアーヌは、時が戻れば良いと切に願うのだった。
そして、それは現実になったのだが…短編、全6話。
切ないですが、最後はハッピーエンドです☆《完結しました》

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
旦那様には愛人がいますが気にしません。
りつ
恋愛
イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

【完結】「君を手に入れるためなら、何でもするよ?」――冷徹公爵の執着愛から逃げられません」
21時完結
恋愛
「君との婚約はなかったことにしよう」
そう言い放ったのは、幼い頃から婚約者だった第一王子アレクシス。
理由は簡単――新たな愛を見つけたから。
(まあ、よくある話よね)
私は王子の愛を信じていたわけでもないし、泣き喚くつもりもない。
むしろ、自由になれてラッキー! これで平穏な人生を――
そう思っていたのに。
「お前が王子との婚約を解消したと聞いた時、心が震えたよ」
「これで、ようやく君を手に入れられる」
王都一の冷徹貴族と恐れられる公爵・レオンハルトが、なぜか私に異常な執着を見せ始めた。
それどころか、王子が私に未練がましく接しようとすると――
「君を奪う者は、例外なく排除する」
と、不穏な笑みを浮かべながら告げてきて――!?
(ちょっと待って、これって普通の求愛じゃない!)
冷酷無慈悲と噂される公爵様は、どうやら私のためなら何でもするらしい。
……って、私の周りから次々と邪魔者が消えていくのは気のせいですか!?
自由を手に入れるはずが、今度は公爵様の異常な愛から逃げられなくなってしまいました――。

【改稿版・完結】その瞳に魅入られて
おもち。
恋愛
「——君を愛してる」
そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった——
幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。
あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは……
『最初から愛されていなかった』
その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。
私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。
『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』
『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』
でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。
必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。
私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……?
※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。
※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。
※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。
※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。
契約結婚の終わりの花が咲きます、旦那様
日室千種・ちぐ
恋愛
エブリスタ新星ファンタジーコンテストで佳作をいただいた作品を、講評を参考に全体的に手直ししました。
春を告げるラクサの花が咲いたら、この契約結婚は終わり。
夫は他の女性を追いかけて家に帰らない。私はそれに傷つきながらも、夫の弱みにつけ込んで結婚した罪悪感から、なかば諦めていた。体を弱らせながらも、寄り添ってくれる老医師に夫への想いを語り聞かせて、前を向こうとしていたのに。繰り返す女の悪夢に少しずつ壊れた私は、ついにある時、ラクサの花を咲かせてしまう――。
真実とは。老医師の決断とは。
愛する人に別れを告げられることを恐れる妻と、妻を愛していたのに契約結婚を申し出てしまった夫。悪しき魔女に掻き回された夫婦が絆を見つめ直すお話。
全十二話。完結しています。
君のためだと言われても、少しも嬉しくありません
みみぢあん
恋愛
子爵家の令嬢マリオンの婚約者、アルフレッド卿が王族の護衛で隣国へ行くが、任期がながびき帰国できなくなり婚約を解消することになった。 すぐにノエル卿と2度目の婚約が決まったが、結婚を目前にして家庭の事情で2人は…… 暗い流れがつづきます。 ざまぁでスカッ… とされたい方には不向きのお話です。ご注意を😓
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる