「君とは契りを結ばない」と言った夫は、悲しい秘密を持っていた

山河 枝

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57 ベリンダ・リースマン③

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「あなたは、子どもの頃のオスカーに会ったことがありますよね? 先程から、オスカーのことを『あの子』と呼んでいらっしゃいますもの。オスカーに、幼い子どものイメージを持っていらっしゃるのでは?」

 ベリンダさんの頬が、ぴくりと動いた。「生意気だ」と言いたげに。

「そうだったかしら。そういえば、そんな気もするわ」

 投げやりに言った彼女は、けれどすぐに肩をすくめた。

「だけど、そんな昔のことなんて忘れちゃった。これで話はおしまいね」
「そうですか。では、こちらの情報料はお下げいたしますね」
「あー! 待って、待って! 思い出すから!」

 ベリンダさんは私をひと睨みしてから、真っ赤な口を尖らせて、目をあちこちへ動かしている。
 そして、「そういえば」と話し出した。

「デズモンドが、村がどうとか、天使がどうとか言ってたわね」
「天使?」

 私はひそかに落胆した。オスカーが《天使》を恐れているのは、もうわかっている。

「ほかに何か覚えていらっしゃいませんか?」
「覚えてないわよ。第一、10年以上前のことなのに。無茶言わないで」

 言い放った彼女は、ジェイクを振り返った。

「それじゃ、用も済んだし帰るわ。馬車を準備してちょうだい。あ、その革袋は持ってきてね。重いから」

 部屋を出ようとするベリンダさんに、私は慌ててすがりつく。

「待って、待ってください! ほかに何か……何でもいいんです、教えてください!」
「うるっさいわね、何かって何よ!」
「た、たとえば……地名とか!」
「はあ? さっき教えてあげたでしょ⁉︎」
「え?」

 私は、彼女のドレスをつかむ手をゆるめた。
 その隙にベリンダさんは、私の手を払い落とした。

「天使がどうとかいう村があるんですって。デズモンドは、そこでオスカーを拾ったんじゃない?」
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