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33 拒絶
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けれどオスカーは、私を拒むように目を伏せてしまった。
「君には関係ない」
「!」
喉を押さえつけられたような心地だった。
それでも引き下がりたくない。息苦しさをのみ込んで、私は言い返した。
「関係あります! 私は、あなたの妻じゃないですか」
「そうだね。君は……オスカー・バートレットの妻だ」
含みのある言い方がじれったくて、私は唇を噛んだ。
オスカーは、明らかに何かを隠したがっている。何者かをひどく恐れているのに、何でもないふりをしている。
ただ、これまでのことを繋ぎ合わせれば、想像はつく。彼は、霊的なものを怖がっている。使用人がいぶかしむほど、屋敷に魔除けを置くくらいだ。
だけど、この屋敷にいて、おかしな現象が起きたことはない。オスカーの思い込みとしか思えない。
彼は、自分を脅かす霊がいると、頑なに信じ込んでいる。
なぜ、そんなふうになってしまったのか──。
知りたくて知りたくて、私はオスカーに質問をぶつけた。
「オスカー。私と結婚した本当の理由は、今は聞きません。その代わり教えて。あなたは何を怖がっているの? どうして、魔除けの道具を屋敷中に置いているの?」
言いながら手を伸ばす。けれどそれは、オスカーにやんわりと払われてしまった。
「その話はしたくない……昔のことを、言いたくないんだ。昔の僕は、《彼女》だけが知っていればいい」
私の頭から、すうっと血の気が引いていく。《彼女》という壁が、目の前にそそり立つ。
「……そんなに、その人が好き? あなたを支えられるのは、《彼女》だけなんですか?」
「そういう意味じゃない」
「だけど、あなたはずっと《彼女》のことを気にしてる。オスカー……私、あなたが好き。あなたと、ちゃんとした家族になりたいの」
そう告げると、オスカーは苦しげに顔をゆがめた。
そんな彼の様子に、私は怯んだ。心を明け渡すほど、受ける傷は深くなる。
だけど決めたんだ。彼に思いを伝えると。
「《彼女》を忘れろ、なんて言いません。私と同じ気持ちじゃなくていい。でも、私を嫌っていないのなら、どうか私のことも見て──」
「やめてくれっ!」
声を荒げたオスカーに、私は息をのんだ。彼は、乱暴に白髪をわしづかみ、苦痛をこらえるように目を閉じている。
「僕だって、本当は……!」
と、言いかけたオスカーは、ぶつりと言葉を切った。白い髪から手を離し、顔を上げ、冷たい目で私を見すえる。
それから、静かな声で話し始めた。
「ああ、そうだよ。子どもだった僕に、優しくしてくれたのは《彼女》だけ。読み書きも、計算も、国々の名前も……人の温もりを教えてくれたのも、《彼女》だけだ。僕は《彼女》だけを愛してる」
そこまで言ったオスカーは、椅子に腰を下ろし、再び仕事机に向かった。そして、私の発言を抑え込むかのようにまくし立てた。
「もう出て行ってくれ。本当に忙しいんだ。君の手伝いは、もう必要ない。リースマンのことなら全部話した。これ以上、何もないだろう」
「……はい」
私はうつむき、うしろへ下がった。踵を返し、仕事部屋をあとにする。
そうするしかなかった。辛くて耐えられなかった。
それは、オスカーに拒まれたからじゃない。
彼は秘密を守るために、言いたくもないことを言わなくてはならなかった。私がしつこく食い下がったから。
あの辛そうな顔を思い出すと、心が締めつけられる。
これ以上、彼を問い詰めることはできない。アレンを傷つけた時のように、きっとオスカーも傷つけてしまう。
私は、とぼとぼと自室に戻った。「1人にしてほしい」とナンシーに伝え、かといって何かするでもなく、書き物机の前に座って目を閉じる。
頭の中で後悔をめぐらせていると、さっきオスカーと交わした会話に、気になる点を見つけた。
(そういえば、《彼女》のことは少しだけ教えてくれたっけ)
読み書き。計算。国々の名前。それらを彼に教えたということは、《彼女》はオスカーの先生だったのだろうか。
だとすると、《彼女》は学校の教師や教会のシスターかもしれない。周りから邪険にされていても、オスカーはその場所で、心穏やかに過ごせたのだろう。
(でも、ほかの教師は? ほかのシスターは? 《彼女》だけがオスカーに優しくて、それ以外の人間は冷たい……なんて状況、あり得るかしら)
もしかすると、もっと特別な人なのかもしれない。どこにも所属しない、特別な……。
(あれ?)
違和感を覚えて目を開けた。
目の前にあった書き物机が消えている。座っていたはずの椅子もない。
そこは、自室ではなかった。何度も訪れた、あのボロボロの部屋に、私は立っていた。
「君には関係ない」
「!」
喉を押さえつけられたような心地だった。
それでも引き下がりたくない。息苦しさをのみ込んで、私は言い返した。
「関係あります! 私は、あなたの妻じゃないですか」
「そうだね。君は……オスカー・バートレットの妻だ」
含みのある言い方がじれったくて、私は唇を噛んだ。
オスカーは、明らかに何かを隠したがっている。何者かをひどく恐れているのに、何でもないふりをしている。
ただ、これまでのことを繋ぎ合わせれば、想像はつく。彼は、霊的なものを怖がっている。使用人がいぶかしむほど、屋敷に魔除けを置くくらいだ。
だけど、この屋敷にいて、おかしな現象が起きたことはない。オスカーの思い込みとしか思えない。
彼は、自分を脅かす霊がいると、頑なに信じ込んでいる。
なぜ、そんなふうになってしまったのか──。
知りたくて知りたくて、私はオスカーに質問をぶつけた。
「オスカー。私と結婚した本当の理由は、今は聞きません。その代わり教えて。あなたは何を怖がっているの? どうして、魔除けの道具を屋敷中に置いているの?」
言いながら手を伸ばす。けれどそれは、オスカーにやんわりと払われてしまった。
「その話はしたくない……昔のことを、言いたくないんだ。昔の僕は、《彼女》だけが知っていればいい」
私の頭から、すうっと血の気が引いていく。《彼女》という壁が、目の前にそそり立つ。
「……そんなに、その人が好き? あなたを支えられるのは、《彼女》だけなんですか?」
「そういう意味じゃない」
「だけど、あなたはずっと《彼女》のことを気にしてる。オスカー……私、あなたが好き。あなたと、ちゃんとした家族になりたいの」
そう告げると、オスカーは苦しげに顔をゆがめた。
そんな彼の様子に、私は怯んだ。心を明け渡すほど、受ける傷は深くなる。
だけど決めたんだ。彼に思いを伝えると。
「《彼女》を忘れろ、なんて言いません。私と同じ気持ちじゃなくていい。でも、私を嫌っていないのなら、どうか私のことも見て──」
「やめてくれっ!」
声を荒げたオスカーに、私は息をのんだ。彼は、乱暴に白髪をわしづかみ、苦痛をこらえるように目を閉じている。
「僕だって、本当は……!」
と、言いかけたオスカーは、ぶつりと言葉を切った。白い髪から手を離し、顔を上げ、冷たい目で私を見すえる。
それから、静かな声で話し始めた。
「ああ、そうだよ。子どもだった僕に、優しくしてくれたのは《彼女》だけ。読み書きも、計算も、国々の名前も……人の温もりを教えてくれたのも、《彼女》だけだ。僕は《彼女》だけを愛してる」
そこまで言ったオスカーは、椅子に腰を下ろし、再び仕事机に向かった。そして、私の発言を抑え込むかのようにまくし立てた。
「もう出て行ってくれ。本当に忙しいんだ。君の手伝いは、もう必要ない。リースマンのことなら全部話した。これ以上、何もないだろう」
「……はい」
私はうつむき、うしろへ下がった。踵を返し、仕事部屋をあとにする。
そうするしかなかった。辛くて耐えられなかった。
それは、オスカーに拒まれたからじゃない。
彼は秘密を守るために、言いたくもないことを言わなくてはならなかった。私がしつこく食い下がったから。
あの辛そうな顔を思い出すと、心が締めつけられる。
これ以上、彼を問い詰めることはできない。アレンを傷つけた時のように、きっとオスカーも傷つけてしまう。
私は、とぼとぼと自室に戻った。「1人にしてほしい」とナンシーに伝え、かといって何かするでもなく、書き物机の前に座って目を閉じる。
頭の中で後悔をめぐらせていると、さっきオスカーと交わした会話に、気になる点を見つけた。
(そういえば、《彼女》のことは少しだけ教えてくれたっけ)
読み書き。計算。国々の名前。それらを彼に教えたということは、《彼女》はオスカーの先生だったのだろうか。
だとすると、《彼女》は学校の教師や教会のシスターかもしれない。周りから邪険にされていても、オスカーはその場所で、心穏やかに過ごせたのだろう。
(でも、ほかの教師は? ほかのシスターは? 《彼女》だけがオスカーに優しくて、それ以外の人間は冷たい……なんて状況、あり得るかしら)
もしかすると、もっと特別な人なのかもしれない。どこにも所属しない、特別な……。
(あれ?)
違和感を覚えて目を開けた。
目の前にあった書き物机が消えている。座っていたはずの椅子もない。
そこは、自室ではなかった。何度も訪れた、あのボロボロの部屋に、私は立っていた。
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