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2 懐中時計

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 濃紺の宝石がついた、小ぶりの懐中時計。エドワード兄様が買ってくれたものだ。
 どうして、これがベッドの中にあるんだろう。越してきた時、戸棚の小物入れへしまってもらったはずなのに。

(それに、どうしてこんなに汚いの?)

 ところどころ黒ずんでいて、いくつも小さな傷がついている。いきなり十数年もの時が経ったみたいだ。
 おまけに鎖も切れていて、ぜんまいも取れている。さらに悪いことには──。

(嘘っ、開かない⁉︎)

 肝心の蓋が開かなかった。寝返りを打った時、体重をかけてしまったのだろうか。
 そういえば、秒針の音も聞こえない。完全に壊れてしまっている。

(そんな……)

 今日は、人生で一番幸せな日になると思っていたのに。悪いことばかり、立て続けに起きるなんて。
 悲しくてやり切れなくて、目の端に涙がにじんだ。

 朝になったら使用人に頼んで、修理屋へ持っていってもらおうか。だけど、嫁いできてすぐに「物を壊しました」とは言いづらい。

(それなら……)

 そでのフリルで涙をふいて、かすかな願いを胸に、鎖を持ち上げて揺らしてみる。

 ゆら、ゆら。
 ゆら、ゆら。

 蓋にはめ込まれた宝石が、月の光を弾いて青く光った。ただ、それだけだった。

(……無理だよね)

 この宝石は時を司るらしい。その話を兄様から聞いて、「もしかしたら時間が戻るんじゃないか」と、面白半分で揺らしてみたことはあるけれど、そんな奇跡が起きるはずもない。

 仕方ない。折を見て修理に出そう。
 私はのろのろとベッドから降りた。そして小物入れの、まだ使っていない引き出しを開けて、沈んだ気持ちで懐中時計をしまい込んだ。
 再びベッドに入ると、すぐに睡魔が襲ってきた。

 ……。

 …………?

(あれ?)

 いつの間にか、私はぽつんと床の上に立っていた。
 隣で寝ていたオスカーは、どこにも見当たらない。

「オスカー? オスカー……オスカー!」

 いくら呼んでも返事はない。
 その時、ようやく気が付いた。室内を照らすのは月光ではなく、床に置かれたお皿の上の、ろうそくに灯る火だ。

(ここ、寝室じゃない……)

 ずいぶんと荒れた部屋だ。壁や床板にはひびが走り、木製の窓の一部は割れている。
 空き家だろうか。足元には、汚い毛布が無造作に床へ積まれている。

 どうして私は、こんな場所に──ああ、わかった。これは夢だ。

(だけど、なんだか嫌な感じの夢ね)

 肌を刺す隙間風や、鼻の奥にこもるカビくさい空気の、ひとつひとつが生々しい。

 寝ている時くらい、楽しい思いをしたかったのに。
 大きく息を吸い込んで、ため息をつこうとした、次の瞬間。

「きゃああぁっ⁉︎」

 特大の悲鳴を上げてしまった。
 毛布の小山が、もぞもぞと動いたのだ。

 ねずみ? 違う、もっと大きい。野犬、キツネ、子グマ……ありとあらゆる動物が、頭の中を駆け抜ける。
 その時、毛布が大きく持ち上がって、隠れていたものがひょっこりと顔を見せた。
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