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おまけ

弱さを愛おしむ(3/3)

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「ご昼食をお持ちいたしました」

 ハズクだ。水奈は身を起こし、「ありがとう、入って」と返した。

「失礼いたします」

 すうっと襖が開き、正座するハズクが現れた。いつも通り、白髪を頭の後ろできっちりと結んでいる。

 ハズクは深くお辞儀をすると、脇に置いていた膳を取り上げ、部屋へ入ってきた。膳には、アサリの吸い物や菜花の胡麻えなどが並んでいる。
 
 ハズクに続いて女官が三人、最後にカリンが顔を出す。皆、食事を乗せた膳を持っている。
 彼女らは一列に膳を並べ、水奈たちに向かって平伏した。

 カリンも女官たちに合わせて頭を下げたが、顔は水波と雪弥の方を向いている。
 その口が、「あ・と・で・遊・ぼ」と動いた。

 こうしたことは、よくある。カリンが毒見役になる──というていで一緒に昼食を取り、食後に子どもたちとかくれんぼや手遊びをするのだ。

 それをしっかり承知している水波は、

「今日はカリンが毒見役ね。いいでしょ?」

 と、雪晴を見上げた。

「そうだね、お願いしようか。カリン、頼めるかな」

「いいよ……じゃなくて、かしこまりました!」

 カリンは胸を叩き、ニヤニヤしながら三人の女官を横目で見た。
 
 女官たちは悔しそうにカリンを睨み返す。ただの掃除係が、国王一家のお気に入り──貴族出の娘にとっては屈辱だろう。

 とはいえ、水奈と距離を取っていたのは彼女らの方だ。不服を訴えることはできない。

 押し黙る女官たちへ、水奈は声をかけた。

「あの……このあと、面会のために着替えなくてはいけないから、衣装の準備をお願いできるかしら」

「……はい、もちろんです」

 居心地の悪そうな女官たちへ、水奈は微笑んで続ける。

「いつも、時期に合わせた色を見繕ってくれてありがとう。最近は軽めの生地を選んでくれてるわよね。おかげで体への負担が少ないわ。あなたたちの判断には助けてもらってばかりね」

「! も、もったいないお言葉です」

「恐れ入ります、王妃殿下」

 女官たちが、頬を紅潮させて頭を下げる。
 彼女らはハズクにうながされて、部屋を出ていった。得意げにカリンを見下ろしながら。

「何だよ、あの顔。雪弥坊ちゃんすら肩車できないくせに」

 カリンはぶすっと呟くと、並んだ五つの膳から適当に一つ選んだ。それぞれの料理を嗅いでは、少しずつ食べていく。
 それを見た雪弥が、眉間に深くしわを刻む。

「カリン、もうたべてる。ずるい」

「坊ちゃん、毎回怒らないでおくれよ……決まり事なんだから」

「ねえカリン、まだ?」

「まだまだ。もうちょっと待ってな、姫さん」

 毒見の意味がわかっていないのだろう。お腹を空かせた子どもたちは、カリンの「よし」を待ちかねて、何度も「まだ?」と尋ねている。

 その様子を、雪晴と水奈は注意深く見守る。すでに二度、別室で毒見されているものの、異常が出る可能性がないわけではない。

 しばらく腹具合を確かめていたカリンは、ふいに大きくうなずいた。

「よし、大丈夫だろ。食っていいよ、お待たせ!」

「いただきます!」
 
 水波と雪弥が、同時に膳へ飛びつく。

 カリンは、布団のそばへ膳を一つ、雪晴の前にまた一つ移すと、子どもたちの間に座った。
 雪弥の箸を取り、小さな口へ肉を運ぶ。水波のあごに汁が垂れると、すかさず手ぬぐいで拭いてやる。
 そうしながら、カリンは水奈と雪晴を見た。

「王様たちも腹減っただろ? 子どもの世話はあたしに任せて、今のうちに食べな!」

「ああ、ありがとう」

「カリン、あとで代わるわね」

「いいって、気にすんなよ。ゆっくり食べとけ」

 ヒラヒラと手を振るカリンに、水奈は苦笑して箸を持った。
 ここにハズクがいたら、「その言葉遣いは何ですか」と、夜まで説教し続けるに違いない。

「そういえば……」

 水奈は白飯をのみ込んで、ふと呟いた。

「寝付きがちになる前は、家族そろって食事をすることがあまりなかったような……」

「そうだね。私と水奈と、交代で視察へ行っていたし」

「子どもたちは、ハズクやカリンに見てもらっていましたからね」

「ふうん、城で寝てることが多くなったせいかな。体が弱ってよかったな、水奈!」

 屈託なく声を上げたカリンへ、雪晴が「その言い方はちょっと」とため息をつく。
 しかし水奈は、明るい笑みを浮かべた。

「そうね、弱くなってよかった。いいことがたくさんあったわ」

「そうか? じゃ、あたしもいいこと一つ増やしてやる! ほら、約束しただろ?」

 胸を張るカリンに、水奈は首をかしげた。

「約束?」

「猪鍋だよ!」

 そう言われて、水奈は「あっ」と思い出した。

「そうだった……『鱗が全部落ちたら食べに行こう』って話してたわね」

「そうそう! 給金がバーンと上がったからさ、おごってやる!」

 得意げに言い切ったカリンへ、雪晴が呆れたように苦笑する。

「王妃に『おごってやる』と言えるのは君くらいだろうなあ」

「ん、何か言った? 王様も食いたいって?」

「私は大丈夫……」

 と、言いかけた雪晴は「いや」とかぶりを振り、微笑んだ。

「そうだね、食べてみたいな。ただ、私たちが店へ押しかけると騒ぎになるし、水奈を外に出すのも心配だ。店主に城へ来てもらおうか。カリン、どう思う?」

「マジで⁉︎ 絶対喜ぶよ、猪鍋屋のオヤジ。この間、『隣の店の漬物が城に献上された』って悔しがってたからな」

 目をキラキラさせたカリンは、さらに笑みを深めて続ける。

「城へ呼ぶなら王様のおごりだよね。よろしく!」

「ちょっとカリン……」

 水奈がたしなめようとするのを、雪晴が笑って止める。

「いや、いいよ。たぶん半日は、店の人たちに城へ来てもらうことになるだろうから」

「ほら! 明らかにあたしの給金じゃ間に合わないだろ」

「それはまあ、そうだけど……」

 少しくらいは遠慮しなさい、と水奈は視線で訴えた。
 しかし、カリンは雪弥に白飯を食べさせていて、水奈の視線に気付かない。

「代わりに調理を手伝うからさ。水奈の好みも、オヤジに伝えとくし。ほかにも食いたいもんがあれば言えよ? 追加で買ってやる。あ、それはあたしの金でね」

「ずいぶんと水奈に尽くすじゃないか」

 雪晴がからかうように笑うと、カリンはほんのり顔を赤くした。

「だってぇ……冬場に湯で洗濯できるのは、水奈のおかげだし。泥まみれ足袋、代わりに洗ってくれたりして。あたしの話も無視しないから……だから、いつかお礼したいって思ってたんだよ」

「そうなの?」

 水奈は、きょとんと聞き返した。こんなふうに驚くのは、今日で何度目だろう。

「そうだよ! 水奈はいつまでも子どもあつかいするけどさ、一応あたしも色々考えてるんだからな」

「……そうよね、もう十五歳だもの。ありがとう、カリン」

 水奈が微笑むと、カリンはさらに頬を染め、雪弥のために茶碗の飯粒をモソモソとかき集めた。

 食事が終わり、膳が片付くと、カリンは子どもたちと別室へ移った。雪晴は少ししてから廊下へ出て、

「面会の時間までまだ少しある。ハズクが呼びにくるまで休んでいなさい」

 と、水奈に言った。
 水奈は、閉められた襖をしばらく見つめたあと、再び布団に入った。

 目を閉じ、痛む箇所にそっと触れる。自分を弱らせてしまう、厄介なものに。

(思うように動けないのに、悪いことばかりじゃないなんて、不思議ね)

 もちろん、「元下女の王妃がお荷物になった」と、心ない言葉が耳に入ることはある。
 周辺の国々は、「なぜ王妃は城から出なくなったのか」と、銀龍国の弱みを探ってくるという。

 それでも、足元が安定しているような心地だ。以前よりも、ずっと。
 頑張らなくては、という気負いが薄れたからだろうか。

 痛みを得たから。力が欠けたから。

 欠ければ、そこに穴が開く。その穴から、今まで知らなかった無数の思いが見えてきた。

 水奈は、厄介だった自身の弱さが、少しだけ愛おしくなった。
 そのことを、雪晴からの謝罪と一緒に父へ伝えようと、天の国に向かって祈り始めた。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇

 こんなところまでお読みいただき、ありがとうございました。お疲れさまでした。
 これで本当の完結です。

 おまけを書きながら色々と変更していたら、当初の予定よりおふざけが4割ほど減り、文字数が3倍に増えるという事態に……楽しかったです!

 ちなみに水波(4歳)の「けっこう前」は2週間ぐらい前です。
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みんなの感想(3件)

みかん
2024.04.18 みかん
ネタバレ含む
山河 枝
2024.04.19 山河 枝

何人ものキャラの心情を考えてくださって、ありがとうございます!

父に会うためには天の国へ行くしかなく、そうしたら人の世に降りられる時間が限られいるので、家族と会えるのは数十年ごととかです😭

無責任…そうですね💦
水奈父は元々真面目なんですが、そういう人ほどブレーキが壊れたら暴走するのかなと。
水音もまだ10代で箱入り娘でしたから、熱心に口説かれて落ちちゃったんでしょうね…

そして、300年も怒りっぱなしの銀龍ズはたしかに頑固ですね笑
母屋を追い出されて生活レベルが激落ちしても水奈を捨てなかった、水音もなかなかですが。

そんな両者の子である水奈も漏れなく頑固です。
最終話でも、頑固に意見をつらぬく予定です。

あと1〜2話、お付き合いくだされば幸いです。

解除
みかん
2024.04.08 みかん
ネタバレ含む
山河 枝
2024.04.09 山河 枝

お読みいただきありがとうございます。
ご感想もありがとうございます(* ´ ▽ `* )人

激しくネタバレになってしまいますが汗
水奈が雪晴たちと別れることはありませんので、その点はご安心を…!

ただし、家族と生きるために彼女はある代償を払います。
水奈が代償をどのように捉え、受け入れるのか。
残り10話前後で完結予定ですので、見守っていただければ幸いです。

解除
来
2024.03.07

作品拝見させていただいております


王妃様

ナイスですぞ!


失礼致しましたm(_ _)m

山河 枝
2024.03.08 山河 枝

お読みいただきありがとうございます!
「失礼いたしました」だなんてとんでもありません、ご感想ありがとうございます!

ある意味、王妃が最強かもしれません(^^;

解除

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