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おまけ

弱さを愛おしむ(2/3)

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「銀龍の長様が、水奈を迎えに来られただろう? あの時、長様にお願いしたんだよ。水奈の父君へ、『あなたが放り出した娘は私が大切にする』と伝えてほしいって」

 その願いを、長はしっかりと叶えたらしい。
 あの日以来、雪晴が視る神託には、「いつもすまない」「感謝している」などの言葉が添えられるようになったという。

 近頃は、「私が不甲斐ないばかりに」「貴殿に比べて至らない父で」「こんな愚か者が親で申し訳ない」と、やけに卑屈なのだ──そう話した雪晴は、困ったように眉尻を下げた。

「それを視ていると、何というか、神様にこう言うのも変だけど……かわいそうになってきてね。すまないが、謝っておいてくれないかな」

 落ち着かなげに頭をかく雪晴は、なんとも気まずそうだ。その様子がなんだかおかしくて、水奈は笑いをこらえながら言った。

「では、あとで父に伝えますね。父を許してくださって、ありがとうございます」

「うん……頼むよ」

 雪晴は、モゾモゾと居住まいを正した。
 立ち去る気配はない。この部屋にまだいるつもりらしい。

 休憩が長引いて、嫌味を言われないだろうか。
 心配になった水奈は、なるべく平静を装って尋ねた。

「雪晴様。最近、よくこちらへいらっしゃいますが、本当にお仕事は大丈夫なのですか?」

「ああ。今までの三倍、文官に任せているから」

「えっ……」

 水奈の胸に不安がよぎる。

 城の者たち、特に高位以上の貴族は雪晴を蔑んできた。
 そんな相手に、今までこなしていた仕事を任せたという。「国王は怠け者だ」と批判されないだろうか。

 水奈のそうした気がかりを、雪晴は察したらしい。

「抱えていた仕事を分散させたら、『ようやくですか』と言われたよ」 
 
 と、大げさに笑った。

「ようやく?」

「うん。これまでは私と水奈だけで地方からのふみに対応していただろう? 文官に相談はしていたけど、何の指示も出さなかったから、『どうすればいいかわからない』と、手をこまねいていたらしくてね」

「つまり……皆さん、雪晴様を手伝いたいと思っておられたのですか?」

「そうみたいだ」

 雪晴は困ったように笑い、「それから」と続ける。

「何人もの女官が、『王妃を補佐したい』と申し出るようになったよ」

「女官が、何人も?」

 水奈は首をかしげた。
 女官たちは、水奈の鱗をいとい、必要最低限しか関わろうとしてこなかったのに。

 水奈に鱗がなくなったからだろうか。
 それとも、神官たちが「かつて鱗は神聖なものだった」と広めたからだろうか。

 しかし、それにしても──。

「どうして、急に態度を変えたのかしら……」

「急に、じゃないよ。彼女らも似たようなものだったらしい。文官と」

「文官と似ている、ですか?」

「うん。君があまりにもよく働くから、気おくれしたんだって。『元下女に仕事ぶりを笑われたら立ち直れない』『あの王妃のそばにいたら比較されて、兵士や使用人に馬鹿にされる』って話してた」

「みんなが、そんなことを?」

 水奈は目を丸くした。

 いつも、水奈は思っていた。
 頑張らなくては。侮られないように。雪晴を助けるために。
 王妃としてふさわしい人間にならなくては……自分は洗濯女だったのだから。気を抜けばすぐ批判されてしまう。

 その気持ちは、水奈を守る盾だった。そう考えていた。
 しかし、女官たちにとっては刃だったのだろうか。

「私、みんなを怖がらせていたんですね……」

「水奈は何も悪くない。女官の気位が高すぎるんだ。しかも王妃相手に『元下女』だなんて。君を馬鹿にしてる」

 雪晴は腹立たしげに眉を寄せたが、水奈はため息をついた。

「ですが、私も『嫌味を言われるんじゃないか』『子どもたちまで厭われるかもしれない』と、女官を敵のように見ていました……」

 そう思っていたことに、初めて気付いた。水奈は目を伏せ、長く息を吐いた。

 毎日を乗り切ることに必死で、色々なものを置き去りにしていた。
 臣下の気持ちばかりか、自分の心さえわからなくなっていた。
 
 自身の至らなさを責めていた水奈は、しかしふいに目を開け、雪晴に微笑んだ。
 
「私、やっぱり天の国へ行かなくてよかったです」

「どうして?」

「だって……周りの人の優しさや弱さを知れませんでしたから。みんな敵だと決めつけたまま、人の世を見下ろすところでした」

 その結果、与える必要のない罰を与えてしまったかもしれない。水波と雪弥から、味方を奪っていたかもしれない。

 そう話す水奈に、雪晴はうなずいた。

「そうだね……水奈が残ってくれなかったら、私も仕事に逃げていたかもな。文官の思いを知らずに、一人で抱え込んでいたかもしれない」

 見つめ合う二人の間に、可愛らしい声が割り込んでくる。

「ねえねえ、何のお話?」

 水奈たちが見ると、水波が頬をふくらませていた。
 
 水波は、いつの間にか雪弥と並んで正座していた。が、両親が話し込んでいるので、退屈になったらしい。

「えっとね……城のみんなが、母様や父様を助けてくれて嬉しいわって話してたの」

「ふうん。じゃあ、私のお手伝いも嬉しい?」

「水波に、お手伝いはまだ早いかしら」

「えー? たくさんお手伝いしてあげてるのに」

「お手伝い……してる?」

「うん、母様の代わりをしてるでしょ? 父様に『お疲れ様』って言ったり、もうすぐ視察にも行くし」

 むくれる水波を前にして、水奈と雪晴は目を丸くした。

「じゃ、じゃあ……視察について行きたいって言ったのは、私を手伝おうと思ったからか?」

「そうよ、父様」

 それ以外に何があるの、と言いたげに水波は首をかしげる。そんな娘へ、水奈は困惑しながら尋ねる。

「父様と一緒にいたいから、じゃなくて……?」

「違うわ! 本当は母様によしよししてあげたいけど、父様が一人じゃ大変でしょ? だから私が助けてあげる」

 水波は腰に手を当て、胸を張った。あごを上げたせいで、丸い頬がさらにプニプニして見える。

 水奈は、ぽかんとして雪晴を見た。すると、彼も同時に水奈を見てきた。
 水奈とそっくり同じ表情で。

 水奈は思わず吹き出した。次の瞬間、雪晴も笑い出す。

「え? え? なんで笑ってるの?」

 水波は困り顔で両親を見比べている。
 しかし水奈たちの笑いは止まらない。雪弥までつられたように笑い始めた。

「ねえ、なんで笑ってるの⁉︎」

「ふふふ……ごめん、ごめん。お手伝いしてくれるのが嬉しいの」

「ふうん?」

 水波は口を尖らせた。納得がいかないらしい。
 が、三人の爆笑につられたのか、ついに水波まで笑い出した。

「ふふ、ふふふ……」

 水奈は笑い涙をぬぐった。ひりつく肌よりも、笑いすぎて脇腹が痛い。

「水波も、私たちを助けたいって思うようになったのね」

 水奈が呟くと、水波の笑いがフッと止まり、「えーっ!」と不満の声が上がる。

「けっこう前から思ってたのに。知らなかったの?」

「ええ、知らなかった」

 眉をひそめる水波に、水奈は微笑みかけた。
 その時、襖の向こうからしわがれた女性の声がした。
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