〈銀龍の愛し子〉は盲目王子を王座へ導く

山河 枝

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銀龍への答え

120 絶え間ない痛み

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「王妃殿下もご覧ください」

樹が、手にした紙束の中から一枚を取り出す。

「まず、最後の行をご確認ください」

「最後? 差出人ということ……?」

 水奈は、再び肌がひりついてきたのをぎゅっと目を閉じてごまかし、紙を受け取った。

「差出人は……ウルヴァの国王⁉︎」

 声を上げた水奈に続き、雪晴の護衛兵たちがどよめく。
 身を乗り出す彼らにも聞こえるよう、水奈は文を読み上げた。

「『白雲殿が国王雪晴をしいし、雪弥殿の宰相として実権を握った暁には、馬二十頭分の材木を、毎年ウルヴァに進呈すること。この契約に同意するならば、ウルヴァ兵五千を貸し出す』。これは……」

 白雲は反乱軍を利用するばかりか、対立国と密通し、雪晴を倒そうとしていた。
 予想外の内容に、水奈は言葉を失った。震える手から、雪晴が文を抜き取る。

「これを読んでまで白雲に味方する貴族は、皆無だろう。やっとあいつを追い詰められる。すぐに城へ帰り、近隣の領主に出兵をうながそう」

「そうですね、むしろ今しかありません。白雲は、まだ別の場所を捜索していますから」

 樹は雪晴から文を受け取り、竹筒にしまい込んだ。

「今なら、包囲に隙がある。早急に山を下りましょう。よろしいですか、王妃殿下」

「はい、大丈夫──っ!」

 うなずこうとした水奈は、顔をゆがめ、うずくまった。
 また痛みの波だ。一瞬、裂かれるような衝撃が脚を走った。

「水奈!」

 水奈のそばに、雪晴がひざまずく。
 
「どうしたんだ、やっぱり変だぞ。傷が痛むのか?」

「いえ……大丈夫です」

「本当ですか? 王妃殿下。どこか、お具合がお悪いのでは?」

 そう尋ねてきたのは衛生兵だ。水奈を挟んで、雪晴の反対側にしゃがみ込んでいる。

「大丈夫……大丈夫よ」

「ですが、脚を押さえておいでです」

「脚? どこか打ちつけたんじゃ……」

 雪晴が、気遣わしげに水奈の背中をさする。

 水奈は「いいえ」と小さく答え、呼吸を落ち着けてから雪晴を見た。
 ここまで怪しまれては、もう隠し切れない。

「実は……肌に、痛む箇所があります。ですが、治療は必要ありません。怪我や病の痛みではないのです」

「どういう意味だ……?」

「事態が落ち着いてから、説明します。長い話になりますので。今は山を下りるのが先です。急ぐのでしょう?」

 水奈は、激しい痛みが引いたこともあり、しっかりと立ち上がった。

「包囲に隙があるのは、どの方角ですか?」

「お、王妃殿下、あの……」

 人々は戸惑っていたが、水奈がスタスタと歩いてみせると、慌てたように動き出した。

 柊の指示で山を下り、麓の村で馬を借りて、まずは雪晴と水奈、樹が白銀城へ向かう。
 城へ着くや否や、雪晴は大臣たちに命じ、全領主宛てのふみを書かせた。

 そして二日後の夜。雪晴と領主たちは、白雲領を急襲し、夜明け前に白雲を捕えた。

 その報告を、水奈は寝室で、布団に横たわって聞いた。

「白雲の当主は、最後の最後まで泣き喚きながら許しを乞うていたそうですよ」

 遊びに来た──という建前で、水奈の世話を手伝いに来たタカは、眉をひそめて話した。

「それで……白雲殿は?」

 水奈は少しだけ頭を上げ、弱々しく尋ねた。

「早く撤収しなくてはなりませんから、ひとまず白銀城へ護送されたようです。とはいえ、ウルヴァと密通した上、王妃を斬った……与える罰は、斬首以外にありません。そろそろ処刑が済んだ頃でしょう」

「そうですか……では、銀龍国の総力が動いたことは、ウルヴァに気付かれていないのでしょうか……」

「おそらくは。気付かれていたとしても、すぐ引き上げましたし、国境の警備が厳重になるくらいで済むでしょうね」

 タカのゆったりとした口調に、水奈は「本当にもう心配ないのだ」と納得し、ふうっと息を吐いた。
 その様子を見つめるタカは、気遣わしそうに声をかける。

「王妃殿下。ご体調はまだ、戻りませんか」

「ええ……旅の疲れが取れなくて。帰ってすぐ、溜まった仕事を片付けていましたし……タカ様が来てくださって、助かりました」

 そう言って笑おうとした途端、腕が鋭く痛んだ。うめき声はこらえたが、顔がゆがみ、ビクリと肩が揺れる。
 そのせいで、タカに勘付かれてしまった。

「どうしました? どこか、苦しいところが?」

「大丈夫……と言っても、信じてくれませんよね」

 水奈は腕をさすりつつ、顔を覗き込んでくるタカを見つめ返した。

「タカ様。雪晴様にも、近いうちに話そうと思うのですが……実は先日、すべての鱗が落ちたのです」

「鱗が⁉︎ まあ……まるで、大滝を登った魚みたい」

 呟いたタカは、ハッと口を押さえた。そして、おそるおそる手を下ろし、低い声でささやいた。

「水奈。もしかして、あなたはもうすぐ……」

「お考えの通りです。鱗が落ち切ったた時から、銀龍様の声が頻繁に聞こえるのです。『神殿へ来い、そうすれば痛みから救ってやれる』と」 

「痛み?」

「……いつも、肌がひりつくんです。たまにですが、激しい痛みが走る時もあります」

 水奈の言葉を聞いて、タカは息をのんだ。そして、何やらブツブツと言いながら自身の膝へ視線を落とした。

「『早急に〈愛し子〉を天の国へ送ること』……まさかあれは、そういうことなの?」

「タカ様?」

 水奈が呼ぶと、タカは我に返ったように目を瞬かせた。

「タカ様……よろしければ、お考えを聞かせてくださいませんか」

 乞われたタカは、逃げるように窓を見たが、少ししてまた視線を水奈に戻した。

「わかりました……あくまで、私の考えですけれど。以前、神殿の地下で見つけた書物の一部について、話しましたよね。『〈銀龍の愛し子〉を迎えに来られた時は、早急に〈愛し子〉を天の国へ送ること』──そう記されていたと」

「はい……あの時、早急に送らなければ何かあるのか、という話をしましたね」

「ええ。その答えが、わかったかもしれません」
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