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銀龍への答え

113 反乱

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「陛下、反乱にございます!」

 甲冑姿の男──国境守こっきょうもり白雲の使者は、謁見の間へ入るなり、息急いきせき切って告げた。

「反乱?」

 王座についた雪晴が、身を乗り出す。そのそばに立つ水奈も、目を見開いた。

 雪晴は、龍が舞う黒い袍を身につけ、水奈は白い長袴を履き、青系統の衣を重ね着ている。
 こうして正装に着替えれば、いつもは自然と胸を張れるのだが、予想外の報告を受け、二人とも動揺を隠せなかった。

 絶句する水奈たちへ、白雲の使者は大きくうなずき、ひたいの汗を袍の袖でぬぐうと、また口を開いた。

「雪晴殿下に反感を抱く輩が、ひそかに武器を集め、東地域で暴れております。素性はわかりませぬが……外国の者と手を組んでいる様子。手を組んだ相手は、おそらくウルヴァ王国の人間ではないかと」

「ウルヴァの⁉︎」

 雪晴が驚きの声を上げ、水奈を見る。
 水奈は何も返せなかったが、二人とも心にあるものは同じだった。

 ウルヴァは、銀龍国の東隣にある国だ。そこの山賊や盗賊団が、反乱軍と共に暴れているだけなら、力で抑え込めば済む。
 しかし、相手がウルヴァの正規軍だとしたら、戦争は避けられない。

 水奈たちの不安などお構いなしに、白雲の使者は話を続ける。

「つきましては、陛下に参戦いただきたく存じます。蹂躙されつつある我が領民を励まし、神託にてお導きください」

 床に手をつき、深々と頭を下げる使者を前に、水奈と雪晴はうなずくのをためらっていた。

 白雲の娘、蓉花ようかは、かつて雪晴の侍女だった。雪晴の体へ一生消えない傷を負わせた一人だ。

 それを雪晴が暴露しても、白雲の顔に謝罪の色はなかった。それどころか「恥をかかされた」と、雪晴へ恨みを抱いたようだった。

 だから、雪晴も水奈も、ある疑念を消せなかった──白雲は、何か企んでいるのではないか。雪晴を陥れる何かを。

 水奈は雪晴に顔を近付け、ささやいた。

「先月、東を視察なさった時のウルヴァの動きは?」

「特に、気になることはなかった。兵や物資を国境に集めている様子も見られなかったし」

「では、東地域を荒らしているのは少数の無法者でしょうか? でも……」

「うん……国境守ともあろう者が、それくらい鎮圧できないなんて変だ」
 
 やはり怪しい。
 とはいえ、東地域が不安定なのも事実。使者の話が真実であれば、すぐ対処しなくてはならない。

「ひとまず行ってみるしかない」

 雪晴は水奈にそう耳打ちすると、使者へ向き直って告げた。

「わかった。兵とともに白雲の領地へ向かう」

「陛下、感謝いたします!」

 使者がすかさず平伏する。

「それはともかく……相手の数はどれほどだ?」

「はい、少なくとも五百はいるかと。ウルヴァの軍が背後におれば、さらに増える可能性はございます」

「なるほど……では、迅速に七百の兵を連れていく、と白雲に伝えてくれ。大軍を動かすと、かえってウルヴァに警戒されるから」

「承知いたしました」 

 使者はそう答えると、足早に謁見の間を出ていった。
 雪晴は疲れたように息をつき、水奈を振り仰いだ。

「君は、念のため地方領主たちへの文を用意しておいてくれないか。『ウルヴァが挙兵した。速やかに東地域へ向けて出兵せよ』と」

「かしこまりました。ウルヴァの正規軍が動いていると判明したら、文を送るのですね?」

「ああ、頼む。状況がわかり次第、城へ伝令を送るよ」

 雪晴はそう言うと、王座から腰を上げた。そのまま別室へ移るのを見送り、水奈も謁見の間をあとにする。

 女官に着替えを手伝ってもらいながら、水奈はひそかにため息をついた。

(急がなくちゃいけないのは、わかってるけど……水波と雪弥をどうやってなだめよう。雪晴様と遊ぶの、楽しみにしてたのに)

 水奈も相手をしてやるつもりだが、長時間は無理だ。雪晴がいない分、日々の業務は水奈がこなさなくてはならない。

(ぐずったら、ハズクとカリンに任せるしかないわね)

 水波と雪弥、それからハズクとカリンへの罪悪感で、胸がチクリと痛む。
 重い足取りで書斎へ戻る。ためらいつつ、襖を開ける。

 そこで水奈は、思わず声を上げてしまった。

「えっ……雪晴様⁉︎」

 兵舎へ向かったはずの雪晴が、子ども用の書物を手に、書斎の床であぐらをかいていた。
 あぐらの中央には雪弥がちょこんと座り、水波は雪晴の腿に頬を乗せている。

 部屋の隅には、静かに微笑むハズクがいる。カリンはいない。どうやら掃除に戻ったらしい。
 雪晴が子どもの相手をしているからだろう。

「雪晴様、どうしてここに……戦支度は?」

「するよ。だけど、約束は守らないとね。おとぎ話一つ分くらいの時間ならあるし、それに……しばらくは顔を見ることすらできそうにないから」

 答えた雪晴は、雪弥と水波の頭をなでながら、二人に話しかけた。

「じゃあ、お話はおしまい。父様は仕事があるから、また今度ね」

「えーっ、もうちょっと!」

「もうちょっとー」

 雪晴にしがみつく二人へ、水奈は正座しつつ声をかける、

「二人とも、お父様の邪魔をしないの。次は母様が読んであげるから」

「んー……わかった!」

 水波はぴょんと立ち上がり、水奈のそばへ来ると、水奈の肩に頭を乗せた。

「わかった!」

 雪弥もそう言って、水奈の膝にちょこんと座る。

 雪晴は目を細めて子どもたちを見つめ、それから水奈に書物を渡した。
 
「じゃあ、行ってくるよ」

 彼はそう言うと、水奈の手をぎゅっと握りしめてから、部屋を出ていった。

(……大丈夫。またいつもみたいに、数日でお帰りになるわ)

 水奈は、自身に言い聞かせながら、子ども用の書物を開いた。そして、やわらかい声でおとぎ話を読み始めた。

 数日で帰ってくる、という期待が、大きく裏切られることになるとも知らずに。
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