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王太子選定の儀・一騎打ち

105 勝負あり

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「まるで、蒼玉殿下を操ってるみたいじゃないか……!」 
 
 雪晴は、蒼玉より先に動き、攻撃を回避している。
 それは第三者から見れば、蒼玉が的外れな位置を斬っている──いや、斬らされているように見えるのだ。

「すごい……」

 棒立ちになったタカが、感嘆の声を漏らす。
 その隣では、天道が口を半開きにして立ち尽くしている。

 魂の抜けた国王以外、観衆の誰もが雪晴の動きに見とれていた。
 蒼玉の顔に焦りが浮かんでいく。しかし、それは雪晴も同じだった。

(水奈はまだ来ないのか?)

 蒼玉の攻撃をかわしながら、時間を稼ぐ。予定通りだ。わかっていたことだった。

 しかし、審判は時間を教えてくれない。試合終了まであとどれくらいなのか。
 体力の限界をうっすらと感じる。なのに、蒼玉は攻撃の手を一切緩めない。
 雪晴の中で、不安と焦りが募っていく。

 昨日、滝森が口にした言葉が、雪晴をさらに追い詰める。

『私がこれだけ協力したのですから、試合に負けるなどあり得ませんよね?』

 無様な姿をさらせば、滝森を失望させる。そうすれば、きっと票を得られなくなる。
 雪晴は、危機を知らせる光がどこに灯るか、ひたすら意識を集中させた。

 観衆が、紙一重の攻防を固唾をのんで見守る。警備の兵たちは、外から不審者が来ないかと目を光らせている。

 だから、観衆の一人が袂から武器を取り出しても、誰も気付かなかった。

 *

 その頃、ようやく水奈と栗竹は白銀城にたどり着いた。飛び降りるように馬を降り、待っていた栗竹の仲間に馬を預け、試合会場へと走る。

「そういえば、監視の者に気付かれなくてよかったですね」

「え?」

 水奈は、足を動かしながら栗竹を見上げた。

「水奈殿は、常に監視されていたのでしょう? 我々が逃げれば、その者が追ってくるかと思ったのですが。誰も来ませんでしたね」

「あ……」

 たしかにそうだ。桂なら、水奈を追ってくる。もしくは、一刻も早く蒼玉に報告しようと、馬を走らせるはず。
 しかし、ここへ来るまでの間、彼女を見かけることはなかった。

(私が逃げたことに、気付いておられないの……? でも、あれだけ派手に壁を壊したんだから、桂様が見逃すはずない)

 妙に胸が騒いで、水奈はさらに足を早めた。

 試合会場が見えてきて、蒼玉と雪晴の顔がわかる位置にまで来た時。

「止まれ!」

 警備の兵士が、水奈たちの前に立ちふさがった。

「通してくれ! この娘は雪晴殿下の侍女殿だ!」

 栗竹は叫んだが、警備兵は動かない。

「証明できるものは?」

「証明? そんなもの、あるわけないだろう!」

 栗竹が、焦りといら立ちに声を上げる。その隣で、水奈は観衆の一人を凝視していた。

(あれは、桂様……?)

 水奈は、毎日桂に怯えていた。小窓から彼女の姿が見えると、すぐに気付いた。

 だからだろうか、桂をすぐに見つけられたのは。
 細い管を雪晴に向け、狙いをつける姿が見えたのは。

「やめてっ!」

 水奈は叫んだが、数人の観衆が振り返っただけで、桂は視線を動かすことすらしなかった。

 昔、書物で吹き矢の絵を見た。桂が持っているのは、あれにそっくりだ。
 とにかく桂を止めなくては。水奈は瞬時に頭をめぐらせて、地下水を使おうと考えた。
 壁を壊した時と同じだ。地下に意識を向け、大量の水を探る。
 それを引き上げ、桂にぶつけよう。そう思った。

 しかし、間に合わない。
 地下水を集めるより前に、桂が管の端に口を当て、フッ! と強く息を吹いた。管の反対側から、光るものが飛び出す。
 次の瞬間、雪晴が「ぐっ」とうめいてよろめき、片膝をついた。

 彼の足首には、小さな矢が突き刺さっている。

 観衆がどよめく。悲鳴が上がる。よく見ようと柵へかじりつく者や、反対に逃げようとする者もいる。
 蒼玉も目を見開いていたが、すぐさま雪晴のもとへ駆け、石を蹴り飛ばす時のように、片足を後ろへ振った。
 
(駄目!)

 水を汲み上げる余裕はない。
 水奈は直感に任せて、大量の地下水を、試合会場の真下へ一気に集めつつ氷へと変えた。

 凍らせれば水は膨らむ。内側から壁を崩すほどに。
 少量の水なら変化は小さい。しかし、大量の水ならどうなるか。

 下から衝撃が突き上げる。地面がひび割れ、わずかに盛り上がる。

「うわっ!」

「きゃあっ!」

 会場のあちこちから悲鳴が上がる。

 膝をついていた雪晴だけはふらつかずに済んだが、観衆は柵につかまったり、へたり込んだり。

 片足を上げていた蒼玉も例外ではない。ぐらりと彼の体勢が崩れる。しかしなんとか両足をつき、その場に踏みとどまった。
 
 が、まだ安定はしていない。その隙を雪晴は逃さなかった。
 歯を食いしばり、矢が刺さったままの足で地を蹴って飛び出し、剣の柄で蒼玉の腹をなぐりつけた。

「ぐっ……!」

 蒼玉の顔が苦悶にゆがむ。体が大きく後ろへ傾き、背中から地面に倒れ込んだ。
 
 仰向けになった蒼玉は、肩で息をしている。指一本動かさず、起き上がる気配もない。

 水奈は「なぜ」と訝しんだが、その理由はすぐに判明した。

「勝負あり! 勝者、雪晴王子!」

 審判が腕を天へ伸ばし、高らかに告げる。
 蒼玉が動かないのは、自身の敗北を悟っていたからだった。

 観衆の中から、ワッと拍手が湧き起こる。

(勝った……?)

 雪晴は再び膝をついているが、審判は「雪晴の勝ちだ」と言った。
 試合は終わった。雪晴は、蒼玉に勝ったのだ──水奈は、ヘナヘナとその場に座り込んだ。

 その横を誰かがすり抜けていく。振り返ると、凛とした女性の後ろ姿が見えた。桂だ。

 桂が会場を出ると同時に、審判の怒鳴り声が飛んでくる。

「警備は何をしている⁉︎ 雪晴殿下を打った者を探せ!」

「はいっ!」

 警備の兵たちが慌てて返事をする。しかし、水奈を通さないようにと仁王立ちを解いてくれない。
 栗竹が、抗議しようと拳を振り上げた時。

「水奈!」

 観衆の中から、しわがれた女性の声がした。
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