〈銀龍の愛し子〉は盲目王子を王座へ導く

山河 枝

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王太子選定の儀・迷宮の試練

88 別の道

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 それから雪晴は、目の力を隠すようにうなだれ、のろのろと蒼玉の方を向いた。

「では……そろそろ失礼してもよろしいでしょうか」

 下を向く雪晴を、蒼玉は眉をひそめて見つめる。

「本当に、諦めるんだな?」

「はい……」

「……そうか。では、この場は見逃してやろう。王座につけば、どうせそいつは俺のものだ」

 蒼玉はいつもの冷徹を顔に浮かべ、視線を水奈に移した。
 一瞬、雪晴の体から殺気がにじみ出る。が、彼はのみ下すようにそれを抑えた。

 蒼玉が静かに手を上げると、兵たちが剣を下げる。雪晴は会釈をして、水奈の手をつかみ、兵士と兵士の間を抜けた。
 そのまま二人で、ある道へ向かおうとしたが、蒼玉に呼び止められる。

「どこへ行く? 外へ出るには、水路沿いを行くのが確実だぞ」

「今さら、私がどこへ行こうと関係ないでしょう? 好きにさせてください」

「……フン。なら、勝手にしろ」

 雪晴は振り返らずに、ゆっくりと歩いていく。水奈も彼の横に並び、重たげな足取りで進んだ──扉へと続く道の、隣。一番左の道へ。

 左端の道は、さらに左へと湾曲し、扉から遠ざかっていくように見える。

「この道で大丈夫でしょうか……」

「たぶん……さっき、『左端へ』と視えたから」

 とにかく、今は神託を信じて進むしかない。

 蒼玉たちの姿が見えなくなると、雪晴は急に足を早めた。水奈も慌ててついていく。気を抜くと置いていかれそうになる。

「蒼玉殿下が追ってこられるのですか?」

 怪訝に思いつつ尋ねると、雪晴は「どうかな」とあいまいに答えた。

「追ってくるかもしれないけど、そうでなくても急いだ方がいいと思う」

「どうしてですか?」

「さっき、澄水珠らしきものを視てみたんだが……」

 澄水珠は、水を閉じ込めた青水晶。その水を雪晴は視たらしい。

「その周りに、人が集まっているんだ」

「人? ……あっ! まさか、湖宇殿下が?」

 声を上げた水奈は、「でも」と首をかしげた。

「蒼玉殿下は、湖宇殿下がまだ来ていないとおっしゃっていましたが……」

「それは兄上の憶測だ。あの人は、湖宇兄上と私を舐めきっているからな。湖宇兄上が先に着くはずがない、と決めつけているんだろう」

「では、湖宇殿下はすでに澄水珠を手にされた、と……?」

 水奈の胸が、不安でざわつく。繋いだ手に、無意識に力がこもる。
 雪晴は問いには答えなかった。水奈と、そして自分を勇気づけるように手を握り返し、

「とにかく行ってみよう」

 と、言うだけだった。

 その直後、左へと湾曲していた道が、急に右へガクッと曲がった。
 その先はまっすぐ続いているものの、暗くて奥がよく見えない。しかし、雪晴の顔がパッと輝く。

「こっちは……澄水珠がある方向だ!」

 その言葉がきっかけとなったように、ガシャン、ガシャンと金属の音が響き始める。

「何でしょう? あの音……」

「道の先から聞こえてくるな」

 雪晴と水奈は息を詰めて、歩を進めていく。次第に道の終わりが見えてきた。音も大きくなっていく。ようやく先の様子がわかった、という時。

「あっ!」

 水奈は思わず立ち止まった。雪晴も合わせて足を止める。

「どうしたんだ?」

 雪晴が目を細めて前方を見ようとする。視界が開けたとはいえ、視力はそれほどよくないらしい。
 水奈はためらいながらも、見えたものを雪晴に教えた。

「道が……ありません。行き止まりです」

「何だって?」

 雪晴は水奈の手を離し、前へ進んでいく。水奈は止めようとしたが、グッと拳を握り、雪晴に続いた。
 ここを「行け」と銀龍が言ったのなら、何かがあるはずだ。

 最奥の壁を前に、水奈と雪晴は立ち止まった。
 ガシャガシャという音が、ひときわ大きく聞こえる。それに続いて、聞き覚えのある声がする。

「おい、お前ら! しっかり扉を押さえておけよ!」

 水奈と雪晴は顔を見合わせた。

 声の主は湖宇だ。やはり、先に澄水珠のもとへたどり着いていたらしい。

「でも、澄水珠を手に入れたのなら、どうしてここにいらっしゃるんでしょう?」

「うん……何をしてるんだ?」

 雪晴が一歩踏み出し、壁に触れた途端。
 彼は驚いたように手を引っ込めた。

「どうなさいましたか?」

「動いた……!」

「動いた? 壁がですか?」

 水奈も壁に触れ、力を入れてみる。スーッと壁が横に滑る。

 水奈と雪晴は視線を交わし、「よし」と言うようにうなずき合った。
 そして、息を合わせて、思い切り壁を横に滑らせた。

 と、同時に、何かが盛大に折れる音と、男性の悲鳴が上がる。

「うわぁっ!」

 悲鳴も大きいが、何かが折れた音はそれ以上だ。水奈は心臓がひっくり返ったかと思うほど驚き、音の出どころへ目を走らせた。

 地面には、倒れ込んだ五人の兵士と折れた剣。その向こうには、開かれた扉がある。
 開いた扉から、五人の兵たちと蒼玉が踏み込んできた。どうやら、扉の持ち手に剣を通し、開かないようにしていたのを、蒼玉の兵が力任せに折ったらしい。

「何やってんだよ! ちゃんと押さえてろって言ったじゃないか、役立たず共!」
 
 倒れ込む兵たちに罵声を浴びせたのは、湖宇だ。台座の陰に身を隠し、ビクビクと蒼玉の方を覗いている。
 台座の上には、石の箱が固定されている。あの中に澄水珠が入っているのだろう。

 そこにすがりつく湖宇に、青筋を立てた蒼玉が詰め寄っていく。

「先に到着したことは褒めてやろう。だが、仕掛けが解けないのなら俺によこせ。それは俺のものだ」

 その言葉を聞いて、水奈と雪晴は合点がいった。
 澄水珠の入った箱は、難解な鍵がかかっているらしい。湖宇は、その鍵を外すのに苦戦しているようだ。

「い、嫌だ! 父上だって解けたんだ。僕だって……おい、お前ら! こいつをやっつけろ! 早く!」

 湖宇の護衛兵たちが、慌てて立ち上がる。その中には樹の姿もあった。

 蒼玉の兵が五人、湖宇の兵が五人。
 彼らは剣に手をかける。しかし、誰も抜くことはしない。

 ここは、息が詰まるほど狭い部屋だ。下手に剣をかざせば、仲間はおろか主君までも斬りかねない。

 ──と、そこで蒼玉が雪晴と水奈に気付いた。

「お前たちは……」

「扉はお譲りしましたが、宝を譲るとは言っておりませんよ」

 雪晴が水奈をかばいながら告げると、蒼玉は舌打ちをした。
 湖宇もようやく雪晴に気付き、「げっ!」と叫んで顔をゆがめる。
 
 が、すぐに引きつった笑みを浮かべ、ぐるりと周囲を見渡す。

「ハ、ハハハ! ちょうどいい! 全員でつぶし合ってろ! 澄水珠を手に入れるのは僕だ!」

 湖宇は目を血走らせながら、台座の飾りを動かしたり引っ張ったりしている。

「迷宮をさまよった父上が、地図を書いてくださったんだ! だから、僕は父上に報いなくちゃいけないんだ……!」

「……なるほど。あの腰抜け王、三日三晩さまよったおかげで、道を覚えたというわけか。愚弟がやけに早く着いていると思ったら……余計な真似を!」

 蒼玉はうなるように言い、歯ぎしりをする。怒りもあらわに剣の柄を握る。
 しかし、抜けば自分も無事では済まないとわかっているらしく、それ以上の動きを見せない。

 その隙に、水奈は銀龍に祈っていた。一呼吸置いて、雪晴がささやいてくる。
 
「水奈、視えたは視えたんだが……意味のわからない言葉があって」

「何と書いてありましたか?」

「『湖宇を止めろ、ナダレが起きる』と……ナダレとは何だ?」

「ナダレ? 雪崩のことでしょうか。雪が山を滑り落ちる現象で、とても危険だそうですが……」

「おい、何をコソコソ話している?」

 厳しい声がして、水奈と雪晴はハッとした。
 蒼玉が眉を寄せ、水奈たちを睨みつけている。

 水奈は、神託について話すべきかどうか迷ったが、雪晴がまたささやいてきた。

「水奈。雪崩が危険なものなら、ここにいる全員が被害を受けるかもしれない。だとしたら、戦っている場合じゃない。兄上たちに協力を仰ぐべきだと思う」

「……そうですね。殿下、神託のことを話してくださいますか?」

 水奈がうながすと、雪晴は蒼玉に向き直った。

「兄上。先程、神託を視ました。『湖宇を止めろ、雪崩が起きる』と」

「はあ? 僕がどうやって雪崩を起こすんだよ」

 上目遣いに蒼玉を見ていた湖宇は、あごを上げ、雪晴を鼻で笑った。
 しかし、蒼玉は目を見開き、顔を強張らせた。
 
 どうしたのか、と水奈が尋ねようとした瞬間、蒼玉はまなじりを吊り上げて吼えた。 

「やめろ、湖宇っ! 箱を開けるな!」

 狭い部屋に満ちる空気が、ビリビリと震える。湖宇が「ひい!」と叫んでおののく。
 湖宇の護衛兵だけでなく、蒼玉の兵たちさえ、恐怖に立ちすくんでいる。

 全員が硬直する中、蒼玉はまた怒鳴った。

「澄水珠を手にすれば、麓にいる王や神官長、兵士まで全員が死ぬぞ!」
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