〈銀龍の愛し子〉は盲目王子を王座へ導く

山河 枝

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雪晴の覚醒

72 雪晴の開眼

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★前話の補足…九ノ刻=午前9時頃、十ノ刻=午前10時頃です。話をまたいでしまい申し訳ありません。


「何だ? 私は何と書いた?」

 雪晴が口早に尋ねると、タカは戸惑いつつ答えた。

「『クモツノモン』と、お書きになりました……供物ノ門のことかしら。たしかに、西の城壁にありますが……」

「その門の先に、処刑場が?」

「いえ、逆です。処刑場は東側。供物ノ門に何があるのでしょうか」

「そこで処刑するんじゃないのか? 何か理由があって、処刑場を使えないとか」

 雪晴は焦ったように言ったが、タカはかぶりを振った。

「処刑場が使えなかったとしても、供物の門で処刑するはずがありません。昔、あそこで生贄を銀龍様に捧げたことがあるそうです。西方の長雨を止めるために。ですが、逆に嵐が起きてしまったらしいんですよ。それ以降、供物の門では殺生は御法度に──」

「待て。それなら、むしろ陛下は供物の門で水奈を処刑するんじゃないか」

「え……?」

 タカは怪訝そうに眉をひそめ、数秒後、「あっ」と言った。

「今は雨が少ない……だから水奈をあそこで処刑して、嵐を呼ぼうと?」

「陛下がそうお考えになってもおかしくないよ。それに、水奈を処刑場と逆方向へ連れていって、、神官たちを油断させるおつもりかもしれない。タカだって、『供物の門で処刑するはずがない』と思い込んだだろう?」

「なるほど……陛下にとっては一石二鳥というわけですか」

 タカは、腹立たしげに拳を握った。

「では、供物の門へ参りましょう。殿下はここで……お待ちになるわけ、ありませんよね」

 ため息をつくタカの前で、雪晴は杖を手に立ち上がる。

「当たり前だ。止める者がいたら、鼻の穴をもう一つ増やしてやる」

 雪晴が杖を軽く振ると、タカは「おお、怖い」と肩をすくめた。
 その時、神官の若者が部屋に飛び込んできた。

「失礼いたします! 水奈殿が牢を出されました。ただ今、護送されているそうです!」

「行き先はどこだ?」

「それはまだ……情報がまったく漏れてきませんので。ただ、西へ向かっているようです」

「西へ? 神託の通りですね」

 タカが、雪晴を振り返った。

「急ぎましょう。森を突っ切れば十ノ刻に間に合います」

「あ、あの、タカ様。銀龍様が神託を? 雪晴殿下に?」

 若者が目を見開く。雪晴は「ああ」とうなずいた。

「十ノ刻に、水奈が処刑されるそうだ」

「えぇっ⁉︎ ですが、向かった先は西ですよ。処刑場は東で……」

「それが、私たちを油断させるための罠かもしれないの。とにかく、私と雪晴殿下は城の西へ──供物の門へ向かうわ」

 言いながらタカは、雪晴の手を引き、部屋の出口へとスタスタ歩いた。
 対して若者は、話についていけないようで、「いや」「あの」と呟きながら、雪晴とタカの顔を見比べている。
 タカは廊下に出て、オロオロする若者を振り返った。

「心配なら、あなたは処刑場へ向かって。万が一そちらで処刑があっても、妨害できるでしょう?」

「わ、わかりました。ほかの神官も連れて、処刑場へ向かいます! 何人かは供物の門へ向かわせます」

「ありがとう、よろしく頼む」

 若者に告げた雪晴は、タカとともに部屋をあとにした。
 屋敷を出て、カエデの森を進む。進みながら、タカは雪晴に尋ねた。

「妨害するとは言ったものの……正直、策はないんですよ。力技で阻止するしかありません」

「その前に、一旦私に任せてくれないか。考えがある」

 そう言った雪晴を、タカは不思議そうに見た。しわに囲われた目が、即座に大きく開かれる。

「殿下、お目が……!」

 雪晴は目を開け、前を見ながら歩いていた。

「お、お見えなのですか? いつの間に……」

「ついさっきだよ。神託がいくつも浮かんでは消えたから、視界が開けたんだ。完全ではないけどね」

 最後の一言を証明するように、雪晴は小石につまづき、たたらを踏んだ。

「大丈夫ですか!……本当に、見えてらっしゃいます?」

「あ、ああ」

「本当ですか……? では、私が今何本の指を立てているか、お答えください」

「指?」

 雪晴はタカをチラッと見た。そして、呆れ返ったように眉をひそめた。

「なるほど。天道殿が、お前を嘘つき呼ばわりしたくなるわけだ」

「あら、どういう意味です?」

「……ふざけるのも大概にしてくれ。『何本の指を立てているか』と聞いておきながら、手を挙げてさえいないじゃないか」

 タカは、下ろしていた手を口に当て、「まあ!」と言った。

「信じられない……本当に、本当にお見えなのですね?」

「一応はね。しばらくすれば、また神託で覆われてしまうだろうけど。でも、今日くらいは視力が保つと思うよ。これで堂々と、『私を殺そうとした者の姿を見た』と陛下に言える」

「! では、そう主張して水奈の無実を証明するのですか?」

「ああ。でも、そう簡単には──うっ」

 雪晴が立ち止まり、眉をひそめた。

「殿下! お足元に……は、気をつけておられますね。また神託が?」

 タカは、雪晴に手のひらを出した。雪晴はタカの手に指をつき、文字を書いた。

「……『イシ』? いえ、『トビイシ』ですね」

「トビイシ? 石が飛ぶのか? 危ないな。当たったらケガをするじゃないか」

 雪晴が大真面目に言うと、タカは「ぐっ」というくぐもった声を漏らした。

「殿下、ちょっと……いえ、何も申しませんよ。沼地に飛び石はありませんからね。ご存知ないのは当たり前です」

「……? 何が言いたいんだ?」

「まあまあ、飛び石の話をしましょう。人が歩くための足場として、飛び飛びに置かれた石のことですよ」

「へえ……もしかして供物の門に、飛び石が?」

「ええ。門の下は石畳になっていますが、そこへ続く道に飛び石が置かれています」

「なるほど。その飛び石が、解決の糸口になりそうだな」

「解決? 飛び石で、どうやって?」

「わからない。でも、今まで神託は、試練の超え方を教えてくれた。水奈を救うために、飛び石を利用できるのかもしれない」
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