〈銀龍の愛し子〉は盲目王子を王座へ導く

山河 枝

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琴祭の奇跡

62 認められる雪晴

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 そう言って、タカは着物のたもとに手を突っ込んだ。中から出て来たのは──。

「た、竹の……水筒⁉︎」

 天道が目を剥き、タカの手元を凝視する。握られているのは、みずみずしい青竹の水筒だ。
 天道は、震える手で水筒を指した。

「タカ……お前、まさかそれは……」

「ええ、今日の晩餐会で出る輝酒の容器です。安心しなさい、あなたの分で──」

「ま、待てっ! 年に数度の楽しみを奪うな!」

「何を言ってるんですか。あなたの分ではありませんよ。厨房で予備の水筒をもらったんです」

「ぐ……っ」

 天道は、ぐしゃぐしゃになるほど顔をしかめ、下を向いてしまった。
 タカはしたり顔で水筒の栓を抜き、空仙に手渡した。

「さあ、神官長。龍神様に輝酒をお捧げください」

「あ、ああ……いや、待て。儂は小壺に入れてこいと言ったはずじゃ。お前も、どこに入れたか当てろ、と殿下に言ったじゃろう?」

「これは失礼。ご指示に従わなかったことは謝ります。ですが、嘘はついていませんよ」

「しかし……」

「私は殿下に、『輝酒のありかを当ててください』と言ったんです」

 空仙が丸い目を見開き、唖然とする。タカは腕を組み、ふてくされたように続けた。

「だって、つまらないじゃありませんか。雪晴殿下は簡単に当ててしまいますもの。それならせめて、頑固ジジイを騙して驚かせようと思ったんです」

 そこまで言ったタカは、天道をギロリと睨んだ。

「雪晴殿下を嘘つき呼ばわりしたのに、実は正解でした、なんてさぞ恥ずかしいでしょうねえ。幼稚な嫌がらせをした報いです。隠した肩掛けは、ちゃんと戻しておくんですよ」

「な、何のことだか……」

 天道は気まずそうにうつむき、ソワソワと居ずまいを正した。
 二人のやり取りを見ていた空仙が、ため息をつく。

「まったく、お前たちは……まあ、説教はあとにしよう。ところで、タカ。これは本当に輝酒じゃろうな?」

「ここまで来て騙すつもりはありませんよ。さあどうぞ、神官長。銀龍様が輝酒をお待ちです」

 空仙は不安げに眉を下げつつも、立ち上がった。水筒を手に、広間最奥の池の端へと進む。

「銀龍様……騒がしい祭となり、申し訳ございません。あなた様のお恵みによって、米と水が手に入り、輝酒を作ることができました。今年も何卒、慈雨をお与えください」

 空仙が、水筒の中身を池へあける。
 澄んだ液体が、きらめく銀の粒と一緒に流れ落ちた。

「おお、これは……!」

「本当に輝酒だわ!」

 まだ疑わしげだった数名が、驚嘆の悲鳴を上げる。それに続き、広間のあちこちで歓声がワァッと湧いた。
 タカが拍手をすると、何人も、何十人もの神官たちがそれに続く。

 拍手喝采の嵐に包まれて、雪晴は呆然と呟いた。

「これは……何だ? 何が起きてる? 水奈、私は輝酒を見つけたのか?」

「は、はい。タカ様が、竹の水筒を隠しておられて……そこに輝酒が入っていたようです。それで、皆様が拍手をなさって……」

 轟音に気圧されて、水奈はしどろもどろに答えた。

「ああ、だから『タケ』なんだね。なるほど、竹は『ミドリ』色なのか」

「あ、あの、殿下。それはともかく! 何かおっしゃらないと、収まりそうにありません」

 水奈は、雪晴の肩をトントンと叩いた。雪晴は笑って、水奈の頭をポンポンと叩き返してきた。

「わかったよ。じゃあ、たまには王子らしくするとしようか」

 雪晴は立ち上がり、顔をぐるりと周囲へ向け、口を開いた。

「これで、私が神託を視たと認めるか! 異論があれば申してみよ!」

 拍手と歓声が、少しずつ静まっていく。
 微笑む者。渋い顔をする者。面持ちは人それぞれだが、異議を唱える者はいない──と、思われたが。

「こ、これは、茶番だ! お前、先に雪晴殿下へ正解を伝えていたのだろう⁉︎」

 天道が、喚きながらタカを指さす。自信がないのか、情けなく眉尻を下げているが。

「はあ? 私はついさっきまで、殿下に輝酒を探していただくこと自体知らなかったんですよ。いつ殿下に答えを教えるんです?」

「ま、また嘘を……!」

「いや、真じゃ。先程、儂が思いついたことじゃからのう」

 苦笑いの空仙が、口を挟む。それに続いて「そうですよ」とタカがうなずいた。

「疑うなら料理番に聞いたらどうです? 『忙しいのに、竹の水筒をくれ、と突然言われて勘弁してほしかった』と話してくれるでしょう。ほら、行きなさい。今すぐに!」

「い、いや……その、私は……ああ、クソッ!」

 天道は、バン! と膝を叩くと、床へ手をつき、やけを起こしたように頭を下げた。

「私が悪かった! 殿下は、たしかに神託をご覧になった!」

 再び、ワアッと拍手が湧く。興奮の渦の中、水奈と雪晴は、広間を出るよう空仙にうながされた。

「客室へ移るそうです。寒いですから、着替えずに向かってください」

 そう言ったのは、近付いてきたタカだ。水奈の打掛の裾を持って歩き、広間から出たところでからげてくれた。

 空仙が先に立ち、水奈と雪晴は手を繋いであとに続く。客室に入り、三人が座ったところで、空仙が切り出した。

「まずは、お疲れ様でございました。本日はありがとうございました」

「礼を言うのはこちらです、空仙殿。それで……場所を移したということは、内密のお話でも?」

 雪晴が尋ねると、空仙は笑みを消してうなずいた。

「はい。以前、『殿下のお力を神官たちが信じたら、詳しく話す』と申したことがありましたが……覚えておいでですかな?」

「! たしか、『神殿内の二つの派閥が一つになる』とおっしゃいましたね」

 雪晴に続いて、水奈も思い返す。

「そういえば、あの時……神官長様は、『雪晴殿下に対する怨恨派と同情派、その二つだと思ってくれ』とおっしゃいましたよね。本当は違うのですか?」

「うむ、話せば長くなるが……実は、儂ら神官の祖先は銀龍国の王子でな」

「えっ!」

 思いもしなかった事実に、水奈は叫んだ。対して、雪晴は表情を変えずに「そういえば」と呟いた。

「昔、私の護衛をしていた者に聞きました。千年以上前、『王座はいらない。代わりに、銀龍様を祀る役割を担いたい』と言った王子がいて、彼が神官たちの始祖だと」

「知っておられましたか……では、話が早い。怨恨派の中には、祖先が王族だと強調する者が多くおります。そして、『頼りない王家に取って代わり、神殿が国を治めるべきだ』と主張しよるのですよ」

「!」

 水奈と雪晴が息をのむ。つまり、いずれ神殿が反旗を翻す、ということだろうか。 
 二人の懸念を察したのか、空仙はなだめるように手を上げ、「落ち着いてくだされ」と続けた。

「対して同情派の中には、『王家との共存を目指すべきだ』と考える者が多いのです。革命を起こせば、国が乱れますからな」

「神官長様やタカ様も、そうお考えに?」

「そうじゃ。神殿が銀龍様に恵みを乞い、王はその恵みを国のために使う。儂は、そのような関係を理想としておる。ただ……」

 一旦口をつぐんだ空仙は、顔を曇らせた。

「王座を得たものは、時として権力に固執する。すると、神殿の権限を奪おうとするのじゃ。民心が神殿へ傾かぬように」

「現国王陛下もその部類に入りますね。おそらく、湖宇兄上も」

 雪晴が皮肉の笑みを浮かべる。空仙は苦笑を返し、また続けた。

「そのような国王は、〈銀龍の瞳〉が弱い、という傾向があります。自分は力なき王──それをわかっているからこそ、神殿が力を持つのを恐れるのでしょうな」

「では、湖宇殿下が王位につけば、さらに神殿の権限を奪うと……?」

「そうじゃろうな。そして、あの方は陛下のお気に入りじゃ。このままでは、湖宇殿下が王になってしまう。では第一王子殿下は、といっても邪魔者は容赦なく切り捨てるお方じゃ。『王家を打倒せよ』という声は、日々高まっておる。じゃが──」
 
 空仙が、真剣な目で雪晴を見すえる。

「雪晴殿下が王座につけば、神殿の権限を奪われる心配はないでしょう。怨恨派……いや、簒奪さんだつ派と言うべきか。彼らも矛を収めるはず。殿下、儂の考えは間違っておりますかな?」 
 
 空仙が、探るように雪晴を見る。雪晴は微笑み、首を横に振った。

「いいえ。もし私が王になれたら、むしろ全面的に神事をお任せしたいです。私は、物知らずの名ばかり王子。為政で手一杯になるでしょうから」

「そうおっしゃっていただけて、安心いたしました」

 空仙が、ホッとしたように笑う。
 これで話は終わりだろうか。水奈がそう思った時、雪晴が真剣な声で「ただし」と言った。
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