〈銀龍の愛し子〉は盲目王子を王座へ導く

山河 枝

文字の大きさ
上 下
61 / 127
琴祭の奇跡

60 疑われる雪晴

しおりを挟む
「……左様です。水奈殿が全曲を弾くことも、牡丹の件も、お二人の思いつきだと仮定しても通じる話ですからな」

 空仙はもごもごと答え、気まずそうに周囲へ視線を走らせた。

 水奈は、その視線を追った。
 広場にいる神官たちが、雪晴を見つめている。その目には、大小はあれど疑念が浮かんでいる。

 中でも大きな疑念を宿した一人、最前列に座る老女が呟いた。

「じれったいわね。水奈殿を神殿へ招き、保護すれば済むことなのに」

「それは……水奈殿を神官にする、ということですか?」

 老女の隣にいる女性が、驚いた様子で聞き返す。

「ええ。水奈殿は、陛下と湖宇殿下に睨まれたのよ。後ろ盾のない雪晴殿下のもとに置くなんて、危ないわ」

「ま、まあ、神官になれば、王城の者は手出しできないかもしれませんが……先々代国王の一件がありますし」

「でしょう? その上で、水奈殿を神殿から出さなければいい。これ以上安全な策はないわ」

 二人の声はひかえめだが、静けさの中ではよく聞こえる。
 雪晴が、悔しそうに唇を噛む。水奈は、抵抗を示すように拳を握りしめた。

(そんな……そんなの、絶対に嫌! 雪晴殿下と会えなくなるなんて。誰か反対してくれないの?)

 しかし、気遣わしげに眉を寄せるのはタカだけ。空仙さえも、雪晴を信じ切れないらしい。

 このままでは、雪晴の神託がなかったことになる。そればかりか、水奈と雪晴が引き離されるかもしれない。

 水奈は、神官たちの疑念を吹き飛ばすように叫んだ。

「信じてください! 雪晴殿下は、本当に神託をご覧になったのです」

 焦りのあまり、悲鳴のような声になってしまう。それでも水奈は続けた。

「どうすれば奇跡が起きるのか、私に教えてくださったのです。銀龍様がこの場に来てくださったのは、殿下のお力があってこそ! 殿下は、強き〈銀龍の瞳〉をお持ちです!」

「しかし……」

 後ろから、低い呟きが聞こえた。

 水奈が振り返ると、奏者の一人が雪晴を睨んでいた。
 痩せて頬骨の浮いた、初老の男。演奏が始まる前、雪晴を無視した人物だ。

 やはり彼は怨恨派だったらしい。しかも、特に強い恨みを抱いているようだ。
 この場の誰よりも憎々しげに、顔をゆがめている。

「この目で見なければ信じられん。二十年間、殿下は力を発現なさらなかった。なのに、いきなり神託を視ただと? 水奈殿、雪晴殿下を立てたいのだろうが、やり過ぎればあなたまで反感を買うぞ」

「天道様! お待ちください」

 奏者の青年が、初老の男──天道に声をかける。

「あなた様は、先代神官長の元従者……お気持ちはわかります。ですが、水奈殿は奇跡を起こされた方です。脅すような言い方はおやめください」

「では、お前は殿下を信用するのか? ほかの者はどうだ⁉︎」

 天道が、神官たちに鋭い視線を投げる。
 何人かがうつむいた時、天道は水奈をも睨んだ。なぜ雪晴のためにそこまでするのか、と責めるように。

 水奈は尻込みしそうになったが、それでは駄目だと、思い切って身を乗り出した。

「天道様。雪晴殿下が神託をご覧になったのは、私の力がきっかけなのです。〈銀龍の愛し子〉の私が祈れば、殿下の目の前に、神託が浮かび上がります。天道様は、それすらお疑いなのですか? 私には力がないと、おっしゃるのですか?」

「……そうだ」

「! ですが、私は先程着物を乾かして……」

「そういう意味ではない。〈銀龍の愛し子〉の力は、水を操るだけだろう、と言っておるのだ。王族に力を与えるなど、信じられん」

「そ、それは、タカ様がそうおっしゃっいましたし……」

「あの嘘つきババアの話など、ますます信用できんわ!」

「誰が嘘つきババアですって、この頑固ジジイ!」

 観覧席から怒鳴り声が飛んできた。空仙の斜め後ろあたりからだ。

 水奈が目をやると、タカが眉を吊り上げ、仁王立ちしていた。その迫力は、水柱に浮かんだ銀龍の顔と遜色ない。
 天道は怯みつつも、タカに言い返す。

「ほ、本当のことだろうが、この嘘つきめ! 少なくとも年に二、三度、雪晴殿下のもとへ通っていたのだろう⁉︎ 『体調がすぐれない』と言って寝室にこもるから心配してやったのに、窓から逃げ出していたとは……!」

 ハラハラしている水奈のそばで、「二、三度しかばれていないのか」と、雪晴が感心したように呟く。

「二、三度くらい何なの! あんたはいちいち細かいのよ。家でも私にそうやって──」

「やめよ! 銀龍様の御前じゃぞ」
  
 空仙が、凛と声を張り上げた。

 タカと天道が、驚いたように口をつぐむ。その隙をつくように、空仙は雪晴へ言った。

「殿下、お聞きの通りです。あなたのお力を疑う神官は、少なくありません。何を隠そう、この私もです。ですが、もしあなたが〈銀龍の瞳〉を操り、神託をご覧になれるなら──」
 
 空仙は、一つ息をつくと、語気を強めて言った。

「神殿は、全面的に、雪晴殿下を支援いたします。次期国王となれるように、力をお貸しします」

「国王に……⁉︎」
 
 水奈と雪晴は、思わず驚きの声を上げた。
 空仙はうなずいて微笑んだが、天道は顔をしかめた。

「神官長! 『神託を意のままに視られるなら』ですぞ!」

「わかっておる。それを今から、殿下に証明していただこうと思う。さて、そうじゃな……よし。タカ、頼みがある」

「はい? 何でしょう……?」

 タカは、不可解そうに首をかしげた。

「これより、最後に残った儀式をおこなう」

輝酒きしゅの儀ですね。ですが、今ですか? 雪晴殿下のことは……」

「まあ、最後まで聞くのじゃ。いつもの器ではなく、五色の小壺を用意しなさい。その中から一つ小壺を選び、輝酒を入れ、持ってきてくれ」

「五色の小壺から、一つを選ぶ? ……ああ、なるほど! そういうわけですか」

 タカは満面の笑みで、ポンと手を打った。そして、「見てらっしゃい、頑固ジジイ」と苦々しげに言い捨てて、広間を出ていった。
 
 天道が、不愉快そうに顔をしかめる。しかしすぐに、「今から証明するだと?」と、首をひねった。
 ほかの神官たちも、不思議そうに顔を見合わせている。空仙から何も聞かされていないらしい。

(タカ様もご存知なかったみたい。神官長様は、何をお考えなの?)
 
 広間に困惑が漂う。しかし、タカが戻ってくると、即座に困惑は好奇に変わる。
 好奇の視線が、一斉にタカを刺す。

 さすがのタカも、少しばかり緊張した面持ちで、空仙のもとへ歩いていく。

 彼女が手にしているのは、大きな盆。蓋付きの小さな壺が、五つ乗っている。
 赤に青。茶色、黒、それから白。

 今から何が始まるのか。水奈がそう思った時、雪晴がハッとした。

「なんだ? あれは。さっき入ってきた者のそばに……」

「殿下、どうされましたか? タカ様が何か?」

「え? あ、ああ、タカが戻ってきたのか。タカの近くに何か、水の塊があるんだが……何だろう。ただの水じゃないような」

「ああ、それは神官様たちが『輝酒』と呼んでいらっしゃる──」

 ものでしょう、と水奈が答えようとした時だ。

「む……まさか、水気はお視えなのか」

 意外そうな声が、後ろから聞こえた。振り返ると、天道が複雑そうな顔をしていた。
 本当は感心しているが、素直に称えるのは癪だ、と言いたげに見える。

 水奈は、しっかりとうなずいた。

「はい、そうです。殿下は、水をご覧になります。もちろん神託も」

「……それはどうかな。あの湖宇殿下も水はお視えだが、神託を授かったことは一度もないらしい。神託を視てこそ、銀龍様のご加護を得たと言える」

「まあっ! 生意気なジジイだこと!」

 甲高い叫びは、タカのものだ。

 天道はタカをギロっと睨んだが、今度は言い返さなかった。代わりに、空仙へ厳しい視線を向ける。

「神官長。本当に今、輝酒の儀をおこなうのですか? 殿下のお力は証明できないと?」

「いや。輝酒の儀とお力の証明、両方を同時におこなうのじゃ」
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

公主の嫁入り

マチバリ
キャラ文芸
 宗国の公主である雪花は、後宮の最奥にある月花宮で息をひそめて生きていた。母の身分が低かったことを理由に他の妃たちから冷遇されていたからだ。  17歳になったある日、皇帝となった兄の命により龍の血を継ぐという道士の元へ降嫁する事が決まる。政略結婚の道具として役に立ちたいと願いつつも怯えていた雪花だったが、顔を合わせた道士の焔蓮は優しい人で……ぎこちなくも心を通わせ、夫婦となっていく二人の物語。  中華習作かつ色々ふんわりなファンタジー設定です。

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜

春日あざみ
キャラ文芸
宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。 しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——? 「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...