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琴祭の奇跡
60 疑われる雪晴
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「……左様です。水奈殿が全曲を弾くことも、牡丹の件も、お二人の思いつきだと仮定しても通じる話ですからな」
空仙はもごもごと答え、気まずそうに周囲へ視線を走らせた。
水奈は、その視線を追った。
広場にいる神官たちが、雪晴を見つめている。その目には、大小はあれど疑念が浮かんでいる。
中でも大きな疑念を宿した一人、最前列に座る老女が呟いた。
「じれったいわね。水奈殿を神殿へ招き、保護すれば済むことなのに」
「それは……水奈殿を神官にする、ということですか?」
老女の隣にいる女性が、驚いた様子で聞き返す。
「ええ。水奈殿は、陛下と湖宇殿下に睨まれたのよ。後ろ盾のない雪晴殿下のもとに置くなんて、危ないわ」
「ま、まあ、神官になれば、王城の者は手出しできないかもしれませんが……先々代国王の一件がありますし」
「でしょう? その上で、水奈殿を神殿から出さなければいい。これ以上安全な策はないわ」
二人の声はひかえめだが、静けさの中ではよく聞こえる。
雪晴が、悔しそうに唇を噛む。水奈は、抵抗を示すように拳を握りしめた。
(そんな……そんなの、絶対に嫌! 雪晴殿下と会えなくなるなんて。誰か反対してくれないの?)
しかし、気遣わしげに眉を寄せるのはタカだけ。空仙さえも、雪晴を信じ切れないらしい。
このままでは、雪晴の神託がなかったことになる。そればかりか、水奈と雪晴が引き離されるかもしれない。
水奈は、神官たちの疑念を吹き飛ばすように叫んだ。
「信じてください! 雪晴殿下は、本当に神託をご覧になったのです」
焦りのあまり、悲鳴のような声になってしまう。それでも水奈は続けた。
「どうすれば奇跡が起きるのか、私に教えてくださったのです。銀龍様がこの場に来てくださったのは、殿下のお力があってこそ! 殿下は、強き〈銀龍の瞳〉をお持ちです!」
「しかし……」
後ろから、低い呟きが聞こえた。
水奈が振り返ると、奏者の一人が雪晴を睨んでいた。
痩せて頬骨の浮いた、初老の男。演奏が始まる前、雪晴を無視した人物だ。
やはり彼は怨恨派だったらしい。しかも、特に強い恨みを抱いているようだ。
この場の誰よりも憎々しげに、顔をゆがめている。
「この目で見なければ信じられん。二十年間、殿下は力を発現なさらなかった。なのに、いきなり神託を視ただと? 水奈殿、雪晴殿下を立てたいのだろうが、やり過ぎればあなたまで反感を買うぞ」
「天道様! お待ちください」
奏者の青年が、初老の男──天道に声をかける。
「あなた様は、先代神官長の元従者……お気持ちはわかります。ですが、水奈殿は奇跡を起こされた方です。脅すような言い方はおやめください」
「では、お前は殿下を信用するのか? ほかの者はどうだ⁉︎」
天道が、神官たちに鋭い視線を投げる。
何人かがうつむいた時、天道は水奈をも睨んだ。なぜ雪晴のためにそこまでするのか、と責めるように。
水奈は尻込みしそうになったが、それでは駄目だと、思い切って身を乗り出した。
「天道様。雪晴殿下が神託をご覧になったのは、私の力がきっかけなのです。〈銀龍の愛し子〉の私が祈れば、殿下の目の前に、神託が浮かび上がります。天道様は、それすらお疑いなのですか? 私には力がないと、おっしゃるのですか?」
「……そうだ」
「! ですが、私は先程着物を乾かして……」
「そういう意味ではない。〈銀龍の愛し子〉の力は、水を操るだけだろう、と言っておるのだ。王族に力を与えるなど、信じられん」
「そ、それは、タカ様がそうおっしゃっいましたし……」
「あの嘘つきババアの話など、ますます信用できんわ!」
「誰が嘘つきババアですって、この頑固ジジイ!」
観覧席から怒鳴り声が飛んできた。空仙の斜め後ろあたりからだ。
水奈が目をやると、タカが眉を吊り上げ、仁王立ちしていた。その迫力は、水柱に浮かんだ銀龍の顔と遜色ない。
天道は怯みつつも、タカに言い返す。
「ほ、本当のことだろうが、この嘘つきめ! 少なくとも年に二、三度、雪晴殿下のもとへ通っていたのだろう⁉︎ 『体調がすぐれない』と言って寝室にこもるから心配してやったのに、窓から逃げ出していたとは……!」
ハラハラしている水奈のそばで、「二、三度しかばれていないのか」と、雪晴が感心したように呟く。
「二、三度くらい何なの! あんたはいちいち細かいのよ。家でも私にそうやって──」
「やめよ! 銀龍様の御前じゃぞ」
空仙が、凛と声を張り上げた。
タカと天道が、驚いたように口をつぐむ。その隙をつくように、空仙は雪晴へ言った。
「殿下、お聞きの通りです。あなたのお力を疑う神官は、少なくありません。何を隠そう、この私もです。ですが、もしあなたが〈銀龍の瞳〉を操り、神託をご覧になれるなら──」
空仙は、一つ息をつくと、語気を強めて言った。
「神殿は、全面的に、雪晴殿下を支援いたします。次期国王となれるように、力をお貸しします」
「国王に……⁉︎」
水奈と雪晴は、思わず驚きの声を上げた。
空仙はうなずいて微笑んだが、天道は顔をしかめた。
「神官長! 『神託を意のままに視られるなら』ですぞ!」
「わかっておる。それを今から、殿下に証明していただこうと思う。さて、そうじゃな……よし。タカ、頼みがある」
「はい? 何でしょう……?」
タカは、不可解そうに首をかしげた。
「これより、最後に残った儀式をおこなう」
「輝酒の儀ですね。ですが、今ですか? 雪晴殿下のことは……」
「まあ、最後まで聞くのじゃ。いつもの器ではなく、五色の小壺を用意しなさい。その中から一つ小壺を選び、輝酒を入れ、持ってきてくれ」
「五色の小壺から、一つを選ぶ? ……ああ、なるほど! そういうわけですか」
タカは満面の笑みで、ポンと手を打った。そして、「見てらっしゃい、頑固ジジイ」と苦々しげに言い捨てて、広間を出ていった。
天道が、不愉快そうに顔をしかめる。しかしすぐに、「今から証明するだと?」と、首をひねった。
ほかの神官たちも、不思議そうに顔を見合わせている。空仙から何も聞かされていないらしい。
(タカ様もご存知なかったみたい。神官長様は、何をお考えなの?)
広間に困惑が漂う。しかし、タカが戻ってくると、即座に困惑は好奇に変わる。
好奇の視線が、一斉にタカを刺す。
さすがのタカも、少しばかり緊張した面持ちで、空仙のもとへ歩いていく。
彼女が手にしているのは、大きな盆。蓋付きの小さな壺が、五つ乗っている。
赤に青。茶色、黒、それから白。
今から何が始まるのか。水奈がそう思った時、雪晴がハッとした。
「なんだ? あれは。さっき入ってきた者のそばに……」
「殿下、どうされましたか? タカ様が何か?」
「え? あ、ああ、タカが戻ってきたのか。タカの近くに何か、水の塊があるんだが……何だろう。ただの水じゃないような」
「ああ、それは神官様たちが『輝酒』と呼んでいらっしゃる──」
ものでしょう、と水奈が答えようとした時だ。
「む……まさか、水気はお視えなのか」
意外そうな声が、後ろから聞こえた。振り返ると、天道が複雑そうな顔をしていた。
本当は感心しているが、素直に称えるのは癪だ、と言いたげに見える。
水奈は、しっかりとうなずいた。
「はい、そうです。殿下は、水をご覧になります。もちろん神託も」
「……それはどうかな。あの湖宇殿下も水はお視えだが、神託を授かったことは一度もないらしい。神託を視てこそ、銀龍様のご加護を得たと言える」
「まあっ! 生意気なジジイだこと!」
甲高い叫びは、タカのものだ。
天道はタカをギロっと睨んだが、今度は言い返さなかった。代わりに、空仙へ厳しい視線を向ける。
「神官長。本当に今、輝酒の儀をおこなうのですか? 殿下のお力は証明できないと?」
「いや。輝酒の儀とお力の証明、両方を同時におこなうのじゃ」
空仙はもごもごと答え、気まずそうに周囲へ視線を走らせた。
水奈は、その視線を追った。
広場にいる神官たちが、雪晴を見つめている。その目には、大小はあれど疑念が浮かんでいる。
中でも大きな疑念を宿した一人、最前列に座る老女が呟いた。
「じれったいわね。水奈殿を神殿へ招き、保護すれば済むことなのに」
「それは……水奈殿を神官にする、ということですか?」
老女の隣にいる女性が、驚いた様子で聞き返す。
「ええ。水奈殿は、陛下と湖宇殿下に睨まれたのよ。後ろ盾のない雪晴殿下のもとに置くなんて、危ないわ」
「ま、まあ、神官になれば、王城の者は手出しできないかもしれませんが……先々代国王の一件がありますし」
「でしょう? その上で、水奈殿を神殿から出さなければいい。これ以上安全な策はないわ」
二人の声はひかえめだが、静けさの中ではよく聞こえる。
雪晴が、悔しそうに唇を噛む。水奈は、抵抗を示すように拳を握りしめた。
(そんな……そんなの、絶対に嫌! 雪晴殿下と会えなくなるなんて。誰か反対してくれないの?)
しかし、気遣わしげに眉を寄せるのはタカだけ。空仙さえも、雪晴を信じ切れないらしい。
このままでは、雪晴の神託がなかったことになる。そればかりか、水奈と雪晴が引き離されるかもしれない。
水奈は、神官たちの疑念を吹き飛ばすように叫んだ。
「信じてください! 雪晴殿下は、本当に神託をご覧になったのです」
焦りのあまり、悲鳴のような声になってしまう。それでも水奈は続けた。
「どうすれば奇跡が起きるのか、私に教えてくださったのです。銀龍様がこの場に来てくださったのは、殿下のお力があってこそ! 殿下は、強き〈銀龍の瞳〉をお持ちです!」
「しかし……」
後ろから、低い呟きが聞こえた。
水奈が振り返ると、奏者の一人が雪晴を睨んでいた。
痩せて頬骨の浮いた、初老の男。演奏が始まる前、雪晴を無視した人物だ。
やはり彼は怨恨派だったらしい。しかも、特に強い恨みを抱いているようだ。
この場の誰よりも憎々しげに、顔をゆがめている。
「この目で見なければ信じられん。二十年間、殿下は力を発現なさらなかった。なのに、いきなり神託を視ただと? 水奈殿、雪晴殿下を立てたいのだろうが、やり過ぎればあなたまで反感を買うぞ」
「天道様! お待ちください」
奏者の青年が、初老の男──天道に声をかける。
「あなた様は、先代神官長の元従者……お気持ちはわかります。ですが、水奈殿は奇跡を起こされた方です。脅すような言い方はおやめください」
「では、お前は殿下を信用するのか? ほかの者はどうだ⁉︎」
天道が、神官たちに鋭い視線を投げる。
何人かがうつむいた時、天道は水奈をも睨んだ。なぜ雪晴のためにそこまでするのか、と責めるように。
水奈は尻込みしそうになったが、それでは駄目だと、思い切って身を乗り出した。
「天道様。雪晴殿下が神託をご覧になったのは、私の力がきっかけなのです。〈銀龍の愛し子〉の私が祈れば、殿下の目の前に、神託が浮かび上がります。天道様は、それすらお疑いなのですか? 私には力がないと、おっしゃるのですか?」
「……そうだ」
「! ですが、私は先程着物を乾かして……」
「そういう意味ではない。〈銀龍の愛し子〉の力は、水を操るだけだろう、と言っておるのだ。王族に力を与えるなど、信じられん」
「そ、それは、タカ様がそうおっしゃっいましたし……」
「あの嘘つきババアの話など、ますます信用できんわ!」
「誰が嘘つきババアですって、この頑固ジジイ!」
観覧席から怒鳴り声が飛んできた。空仙の斜め後ろあたりからだ。
水奈が目をやると、タカが眉を吊り上げ、仁王立ちしていた。その迫力は、水柱に浮かんだ銀龍の顔と遜色ない。
天道は怯みつつも、タカに言い返す。
「ほ、本当のことだろうが、この嘘つきめ! 少なくとも年に二、三度、雪晴殿下のもとへ通っていたのだろう⁉︎ 『体調がすぐれない』と言って寝室にこもるから心配してやったのに、窓から逃げ出していたとは……!」
ハラハラしている水奈のそばで、「二、三度しかばれていないのか」と、雪晴が感心したように呟く。
「二、三度くらい何なの! あんたはいちいち細かいのよ。家でも私にそうやって──」
「やめよ! 銀龍様の御前じゃぞ」
空仙が、凛と声を張り上げた。
タカと天道が、驚いたように口をつぐむ。その隙をつくように、空仙は雪晴へ言った。
「殿下、お聞きの通りです。あなたのお力を疑う神官は、少なくありません。何を隠そう、この私もです。ですが、もしあなたが〈銀龍の瞳〉を操り、神託をご覧になれるなら──」
空仙は、一つ息をつくと、語気を強めて言った。
「神殿は、全面的に、雪晴殿下を支援いたします。次期国王となれるように、力をお貸しします」
「国王に……⁉︎」
水奈と雪晴は、思わず驚きの声を上げた。
空仙はうなずいて微笑んだが、天道は顔をしかめた。
「神官長! 『神託を意のままに視られるなら』ですぞ!」
「わかっておる。それを今から、殿下に証明していただこうと思う。さて、そうじゃな……よし。タカ、頼みがある」
「はい? 何でしょう……?」
タカは、不可解そうに首をかしげた。
「これより、最後に残った儀式をおこなう」
「輝酒の儀ですね。ですが、今ですか? 雪晴殿下のことは……」
「まあ、最後まで聞くのじゃ。いつもの器ではなく、五色の小壺を用意しなさい。その中から一つ小壺を選び、輝酒を入れ、持ってきてくれ」
「五色の小壺から、一つを選ぶ? ……ああ、なるほど! そういうわけですか」
タカは満面の笑みで、ポンと手を打った。そして、「見てらっしゃい、頑固ジジイ」と苦々しげに言い捨てて、広間を出ていった。
天道が、不愉快そうに顔をしかめる。しかしすぐに、「今から証明するだと?」と、首をひねった。
ほかの神官たちも、不思議そうに顔を見合わせている。空仙から何も聞かされていないらしい。
(タカ様もご存知なかったみたい。神官長様は、何をお考えなの?)
広間に困惑が漂う。しかし、タカが戻ってくると、即座に困惑は好奇に変わる。
好奇の視線が、一斉にタカを刺す。
さすがのタカも、少しばかり緊張した面持ちで、空仙のもとへ歩いていく。
彼女が手にしているのは、大きな盆。蓋付きの小さな壺が、五つ乗っている。
赤に青。茶色、黒、それから白。
今から何が始まるのか。水奈がそう思った時、雪晴がハッとした。
「なんだ? あれは。さっき入ってきた者のそばに……」
「殿下、どうされましたか? タカ様が何か?」
「え? あ、ああ、タカが戻ってきたのか。タカの近くに何か、水の塊があるんだが……何だろう。ただの水じゃないような」
「ああ、それは神官様たちが『輝酒』と呼んでいらっしゃる──」
ものでしょう、と水奈が答えようとした時だ。
「む……まさか、水気はお視えなのか」
意外そうな声が、後ろから聞こえた。振り返ると、天道が複雑そうな顔をしていた。
本当は感心しているが、素直に称えるのは癪だ、と言いたげに見える。
水奈は、しっかりとうなずいた。
「はい、そうです。殿下は、水をご覧になります。もちろん神託も」
「……それはどうかな。あの湖宇殿下も水はお視えだが、神託を授かったことは一度もないらしい。神託を視てこそ、銀龍様のご加護を得たと言える」
「まあっ! 生意気なジジイだこと!」
甲高い叫びは、タカのものだ。
天道はタカをギロっと睨んだが、今度は言い返さなかった。代わりに、空仙へ厳しい視線を向ける。
「神官長。本当に今、輝酒の儀をおこなうのですか? 殿下のお力は証明できないと?」
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