〈銀龍の愛し子〉は盲目王子を王座へ導く

山河 枝

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琴祭の奇跡

59 一難去って、また……

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「危うく惨事が起きるところでしたが……何事もなく済みましたな。とにかく演奏は終わりました。皆様、まずは奏者に感謝の黙祷を──」

「『何事もなく済んだ』だと⁉︎」

 国王が、バン! とあぐらの膝を叩く。

「湖宇が死にかけたのだぞ! しかも、魚女にけがされてしまった!」

「陛下、しかしですな。水奈殿が湖宇殿下をお助けしなければ、危ないところだったのですぞ」

「そんなはずがあるものか! むしろ、魚女がいたから銀龍様がお怒りになったのでは──そうだ、そうに違いない!」

 国王が、怒りに震える手で水奈を指さす。

「あやつを神殿へ入れたから、銀龍様がお怒りになったのだ! 湖宇を引き立てるために利用するつもりが、こんなことになるとは……クソッ! 兵ども、あの娘を斬れ!」

「……!」

 赤くなっていた水奈は、瞬時に青ざめた。そばにいる雪晴が、水奈の肩を強く抱く。

 王城の兵たちが、困惑のためにどよめく。観覧席から、いくつもの悲鳴が上がる。
 騒然とする中、空仙が声を張り上げた。

「陛下、お待ちください! 琴祭の奏者は、銀龍様に音を捧げた者。一日とはいえ、銀龍様に仕えたも同然です。斬れば天罰がくだりますぞ!」

「し、しかし、あの娘には鱗が! 銀龍様も魚女をお厭いのはずだ!」

 怒鳴り返す国王に、タカがフンと鼻を鳴らす。

「では、試されますか? 先々代国王陛下のように。あの方も、銀龍様に仕える神官たちをお斬りになりましたね。再び神殿へお入りになった途端、亡くなられましたが」

「それは……!」

 国王はグッと顔をしかめ、拳を握りしめた。
 
 広間の空気が張り詰める。誰もが固唾をのむ中、国王は獅子がうなるように言った。

「わかった……今回は魚女を咎めん。だが、次に問題が起きれば容赦はせんぞ。醜い首を落とし、骨も残らず燃やし尽くしてやる!」

 国王は荒々しく息を吐き、王妃の手を引いて立ち上がった。

 憤慨する国王とオロオロする王妃、護衛の兵たちが広間を出た。
 そのあとに続き、観覧席の貴族が従者とともに去っていく。貴族の奏者も、どうすべきかと迷いながらも退出していく。

 「結局、誰が奇跡を起こしたのか」と、ささやき合いながら。

 誘導や片付けのために、一部の神官たちも腰を上げる。外へ出る者がいなくなると、巨大な両開きの扉が閉められた。

「今の音は……出入り口が閉まったのか?」

 雪晴は水奈を守るように抱きしめ、怪訝そうに言った。

「まだ、大勢残っているのに……」

 雪晴の呟きを確認するように、水奈は広間全体を見回した。奏者も合わせて五十名ほどが、その場に留まっている。

(どういうこと? 琴祭は終わりじゃないの?)

 水奈は戸惑いつつ、雪晴にささやいた。

「殿下。ここに残られている方々は、神官様です。たぶん、高位以上の……」

「何だって?」

 雪晴はサッと周りを見、それから厳しい声で叫んだ。

「物申したいのなら、私が聞こう! 水奈は着替えさせてやってくれ、風邪をひいてしまう!」

「着替えを急ぐ必要はありませんでしょう」

 空仙が穏やかに答える。

「水奈殿、力を使えばよい」

「えっ……」

「空仙殿!」

 目を見開く水奈の隣で、雪晴が責めるように怒鳴る。なぜ大勢の前で異能を暴露するのか、と言いたげに。
 しかし空仙は、雪晴をなだめるように微笑んだ。

「ご安心ください。ここにいる者たちは皆、水奈殿のお力について存じています。もちろん、〈銀龍の愛し子〉のことも」

 水奈と雪晴は、同時に息をのんだ。水奈は再び神官たちを見た。彼らの表情を、一つひとつ。
 
 全員が、深い畏敬を顔中にたたえ、水奈を見つめている。
 予想だにしなかった事態に、水奈は呆然とした。

 すると、空仙がまた声をかけてくる。

「あなたは、銀龍様が愛したであろう水音殿の娘じゃ。『鱗があっても水奈殿を守る』と言う者は少なくない。そうした者にだけ、秘密を明かした」

 つまりここにいる神官は、絶対的な水奈の味方。それを伝えるため、広間から出ずに留まっていた。
 空仙はそう続け、うながすように水奈へ手を差し出した。

「じゃから、安心して着物を乾かしなされ」

「は、はい……」

 水奈はぎこちなくうなずき、おそるおそる服を乾かしていった。

 蒸気がうっすらと立ち上る。前髪やおくれ毛が、ふわりふわりと浮き上がる。
 水を含んで重くなった着物が、一息ごとに軽くなる。

 雪晴の服も濡れているのに気付き、あわせて乾かしていると。

「おお、神官長のおっしゃる通りだ……!」

「本当に、自由自在に水を操れるとは……」

 神官たちの感嘆を聞いて、水奈はどきりとした。

 琴祭で起きた奇跡的な現象は、すべて水奈の力によるもの──もしも神官たちがそう考えたなら、湖宇を殺そうとしたと勘違いされてしまう。

「神官長様!」

 水奈は急いで訴えた。

「水の牡丹を咲かせたのは、実は私なんです……ですが、ほかには何もしていません! 琴を弾きながら水を舞わせたり、無数の球を作ることはできません。それに、ひ、人を殺そうだなんて──」

「落ち着きなさい、わかっておる」

 空仙が優しく微笑む。

「湖宇殿下を殺めようとしたのなら、わざわざ水柱に飛び込むはずがない。……水奈殿、感謝する」

「感謝?」

 何に対しての礼なのか。水奈が首をかしげると、空仙はため息をついた。

「先程、水柱に銀龍様のお顔が現れたじゃろう? 銀龍様が、湖宇殿下にお怒りになられたのは明らかじゃ。恐ろしくて、儂らには手が出せんかった」

 空仙が重たげにうなだれる。ほかの神官たちも、うつむいたり目を泳がせたり。

「神殿の長たる儂が、情けないことじゃ……神聖なこの日に、銀龍様のおわす広間を死でけがすところじゃった」

 だから、礼を申す。空仙はそう言うと、水奈に頭を下げた。

「そんな、私はただ、無我夢中で……」

「いやいや、奇跡まで起こしてくれたのじゃ。いくら礼を言っても言い足りぬよ」

「それは……雪晴殿下のおかげです」
 
 水奈は、雪晴を見つめて微笑んだ。

「私は、殿下がご覧になった神託に従っただけです。琴祭で全曲を弾いたことも、水の牡丹を咲かせたことも」

「水奈殿、そのことじゃが……」

 空仙が言い淀む。水奈は、どうしたのだろうと少し考えて、「あっ」と声を上げた。

「私が全曲を弾けたのは、神官長様がご協力くださったからでした。失礼をいたしました、申し訳ありません!」

「いや、それはよいのじゃ。儂のしたことなど、子どもの使いのようなものじゃからな。そうではなく……」

「私をお疑いなのでしょう? 本当に神託を視たのか、と」

 そう言ったのは雪晴だ。彼は、苦笑を口元に浮かべている。
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