〈銀龍の愛し子〉は盲目王子を王座へ導く

山河 枝

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琴祭の奇跡

50 湖宇を説得するには

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「つまりは湖宇殿下の話ですね? 神官長」

 タカが、鼻筋にしわを寄せる。

「ああ、そうじゃ。新曲の楽譜を手に入れるためには、あの王子を説得しなくては」

 空仙がうなずくと、タカは「それだけではありませんよ」と続けた。

「水奈が全曲を演奏することを、許可させなくてはなりません。まったく……何回土下座をすればいいやら」

「そうじゃな……頼み込まねばならんな、湖宇殿下に」

「ええ、ええ。本当に面倒だこと。『奏者の任命権は首席奏者のみが持つ』なんて馬鹿げた決まり、誰が作ったのかしら」

 タカは、しわを寄せたままの鼻から、フンッと息を吐いた。

「おかげで、あの王子にペコペコしなくちゃいけないわ」
 
 それを聞いて、雪晴が困ったように笑う。

「すまないね、タカ。気持ちとしては、私も加わりたいんだが……」

「それは駄目です」

 タカは、厳しい声で言い放った。

「殿下がおられたら、湖宇殿下は絶対に要望を受け入れませんよ」

「だろうね。あの人は、私が無様な姿をさらすほど、自分の評価が上がると思っているからな」

 雪晴が苦笑すると、水奈はムッとして口を尖らせた。

「そんな人が王様になっても、家臣がついて来るはずありません」

「儂もそう思うが、湖宇殿下は甘やかされてきたからのう。人の上に立たねば気が済まないのじゃろう」

「権威ある者の上に立てたなら、一層ご機嫌になるでしょうね」

 皮肉たっぷりにタカが言う。

「ですから、最高位神官である私と神官長が、『どうかお願いします』と頭を下げれば、気をよくして楽譜をくれると思いますよ」

「そうじゃな。さらに酒か反物でも持参すれば、水奈殿を出演させてくれるだろう」

「貴族の前でやれば効果倍増ですね」

 言い合うタカと空仙に、水奈は慌てて声をかける。

「ですが、お立場は大丈夫なのですか?」
 
「立場? 儂らのかね?」

「はい。王族に対して神官長様が頭を下げるというのは、その……あまりよろしくないのでは?」

 空仙は、雪晴に対して過剰にはへりくだらない。
 そんなことをすれば、神殿は王家より格下だと示すことになる。内輪の人間しかいない場でも、抵抗があるのだろう。

 これまでのやり取りから、水奈はそう考えていた。そして、それは的外れではなかったらしい。
 
「まあ、そうじゃな。しばらくの間、儂は王城の貴族たちから軽んじられるだろう。それに、神官たちの恨みを買うやもしれん。のう、タカ」

「ええ。神官長が雪晴殿下と面会したこともばれるでしょうし。私ともども、低位神官に逆戻りですね。怨恨派に引きずり下ろされて」

 タカの言葉を聞いて、水奈はますます不安になった。

「では、おやめになられた方が……」

「それでも儂は、銀龍様のお力を見たいのじゃよ。生きている間に、もう一度」

 空仙の目に強い光が宿る。タカの顔からも、同じ意志が見て取れた。
 水奈は、ハッと息を吸い込んだ。

(ああ、そうか……この人たちが仕えているのは神様なんだ。神様は労ってくださらない。お姿を見せてくださることもない)

 そんな相手に人生を捧げるのだ。一抹の寂しさを覚えるのも無理はない。

(でも、母様が最後に琴祭に出た時、銀龍様はお力を見せてくださった。神官長様たち、嬉しかっただろうな)

 そう考えた水奈は、目の前へ置いたままの琴に当たらないよう、しかし寸前まで頭を下げた。

「それでは、何卒よろしくお願いいたします。そして、お許しください。神官長様に意見するなど、差し出がましいことでした」

「とんでもない。わしとタカを心配してくれたのじゃろう?」

「では、私もご意見申し上げてよろしいでしょうか? 空仙殿のお立場を心配していますので」

 そう言ったのは雪晴だ。水奈たちは首をひねりつつ、彼を見た。
 雪晴は、やけに楽しげな笑みを浮かべている。

「空仙殿、私に案があります。この方法が上手くいけば、あなたが兄に頭を下げる必要はありません。むしろ兄の方から、水奈に全曲を弾かせようとするでしょうね。大喜びで」

「何っ、あの湖宇殿下が?」

「はい。ただし成功の鍵は、嘘が苦手な空仙殿。あなたが持っておられます」

「……よもや、儂に嘘をつけとおっしゃるのですかな?

「その通り。あなたに、一芝居打っていただきたいのです。お引き受けくださいますよね? 琴祭で、奇跡を起こすためなのですから」
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