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惹かれ合う二人
21 雪晴の悲しい過去①
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「神殿とのつながりを強めるため、陛下が母を迎えたんだが……三年後、大変なことがわかった」
「大変なこと?」
「母の凛花は不義の子だった。先代神官長とは、血の繋がりがなかったんだ」
「……! それは、その、私が聞いてもよろしいのですか?」
驚きと困惑から、水奈はつい尋ねてしまった。
雪晴はうなずき、「別に構わないよ」と困ったように笑った。
「貴族や神官は、みんな知ってるらしいからね」
不義の事実は、先代神官長の妻が、死の間際に明かしたそうだ。
最期を悟って心が弱ったのか、病床に侍っていた従者に話したという。
報告を受けた先代神官長は、従者に口止めをした。
しかし、秘密は漏れるもの。話は少しずつ広まり、とうとう国王の耳に入ってしまった。
「陛下は、顔が赤黒く染まるほどお怒りになられたらしい。だが、母を斬ることも実家へ帰すこともできなかった」
「もしかして……」
「そう。その時、母は身ごもっていたんだ」
凛花も不義を働いたのでは、と疑う者はいなかった。
国王の命を受けた護衛や侍女が、常に凛花に付き従っていたからだ。
そして、「凛花を腹の子ごと斬ってしまえ」という声も上がらなかった。
かつて、凛花は高位神官の地位にいた。
もし、国王が元神官を処刑すれば──それをきっかけに、王家に反感を持つ神官たちが、国王を糾弾して主権を奪おうとするかもしれない。
「それに、王族を殺せば銀龍の罰がくだるとされているからね」
まだ産まれていないとはいえ、貴族はもちろん国王さえも、凛花の子を葬ることを恐れた。
「でも、産まれた王子は……私は目を開くことができなかった。〈銀龍の瞳〉も持たないだろうと判断され、母と私はこの屋敷へ移された」
屋敷を訪れる者といえば、凛花の侍女と雪晴の侍女。
そして、護衛の兵と下男が一人ずつ。
王子とその母の使用人とは思えない、異例の少人数である。
そうしろと命じたのは国王だ。
神殿に近いこの沼地で、母子にみじめな生活をさせたのは、凛花の秘密を隠そうとした先代神官長へ、怒りを表そうとしたのだろう。
雪晴の話を聞いているうちに、水奈の疑問が解けていく。
(だから陛下は、雪晴殿下に冷たく当たるんだわ……)
国王が憎んでいるのは、先代神官長とその妻だけではない。凛花や雪晴に対しても、憎しみを抱いているのだ。
(凛花様こそ、『父親は別にいる』と知らされて、深く傷つかれたでしょうに)
ますます国王が身勝手に思えてくる。水奈は思わず拳を握った。
雪晴はといえば、水奈の様子には気付かないらしく、淡々とまた話し始めた。
「私は物心ついた時からここにいて、不便とは思わなかったが……深窓の姫だった母にはこたえたんだろう。それに気付いたのは、私が六つくらいの時かな。侍女や護衛に比べて、母はどこかおかしかった」
凛花は、ふとした拍子に黙り込み、はらはらと涙を流したという。
「私は、人が泣いているのはわかるから……優しい母に目の前で泣かれるのは、辛かったな」
そこまで話した雪晴は、長く息を吐き、休むように口を閉じた。
水奈は一呼吸置いて、雪晴に尋ねた。
「あの、それで……凛花様は? 殿下のお母上様は、今はどちらに?」
「死んだよ」
あまりに簡潔に言われて、水奈は目を見開いたまま、何も返せなかった。
雪晴は悲しげに笑って、言葉を継いだ。
「大変なこと?」
「母の凛花は不義の子だった。先代神官長とは、血の繋がりがなかったんだ」
「……! それは、その、私が聞いてもよろしいのですか?」
驚きと困惑から、水奈はつい尋ねてしまった。
雪晴はうなずき、「別に構わないよ」と困ったように笑った。
「貴族や神官は、みんな知ってるらしいからね」
不義の事実は、先代神官長の妻が、死の間際に明かしたそうだ。
最期を悟って心が弱ったのか、病床に侍っていた従者に話したという。
報告を受けた先代神官長は、従者に口止めをした。
しかし、秘密は漏れるもの。話は少しずつ広まり、とうとう国王の耳に入ってしまった。
「陛下は、顔が赤黒く染まるほどお怒りになられたらしい。だが、母を斬ることも実家へ帰すこともできなかった」
「もしかして……」
「そう。その時、母は身ごもっていたんだ」
凛花も不義を働いたのでは、と疑う者はいなかった。
国王の命を受けた護衛や侍女が、常に凛花に付き従っていたからだ。
そして、「凛花を腹の子ごと斬ってしまえ」という声も上がらなかった。
かつて、凛花は高位神官の地位にいた。
もし、国王が元神官を処刑すれば──それをきっかけに、王家に反感を持つ神官たちが、国王を糾弾して主権を奪おうとするかもしれない。
「それに、王族を殺せば銀龍の罰がくだるとされているからね」
まだ産まれていないとはいえ、貴族はもちろん国王さえも、凛花の子を葬ることを恐れた。
「でも、産まれた王子は……私は目を開くことができなかった。〈銀龍の瞳〉も持たないだろうと判断され、母と私はこの屋敷へ移された」
屋敷を訪れる者といえば、凛花の侍女と雪晴の侍女。
そして、護衛の兵と下男が一人ずつ。
王子とその母の使用人とは思えない、異例の少人数である。
そうしろと命じたのは国王だ。
神殿に近いこの沼地で、母子にみじめな生活をさせたのは、凛花の秘密を隠そうとした先代神官長へ、怒りを表そうとしたのだろう。
雪晴の話を聞いているうちに、水奈の疑問が解けていく。
(だから陛下は、雪晴殿下に冷たく当たるんだわ……)
国王が憎んでいるのは、先代神官長とその妻だけではない。凛花や雪晴に対しても、憎しみを抱いているのだ。
(凛花様こそ、『父親は別にいる』と知らされて、深く傷つかれたでしょうに)
ますます国王が身勝手に思えてくる。水奈は思わず拳を握った。
雪晴はといえば、水奈の様子には気付かないらしく、淡々とまた話し始めた。
「私は物心ついた時からここにいて、不便とは思わなかったが……深窓の姫だった母にはこたえたんだろう。それに気付いたのは、私が六つくらいの時かな。侍女や護衛に比べて、母はどこかおかしかった」
凛花は、ふとした拍子に黙り込み、はらはらと涙を流したという。
「私は、人が泣いているのはわかるから……優しい母に目の前で泣かれるのは、辛かったな」
そこまで話した雪晴は、長く息を吐き、休むように口を閉じた。
水奈は一呼吸置いて、雪晴に尋ねた。
「あの、それで……凛花様は? 殿下のお母上様は、今はどちらに?」
「死んだよ」
あまりに簡潔に言われて、水奈は目を見開いたまま、何も返せなかった。
雪晴は悲しげに笑って、言葉を継いだ。
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