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惹かれ合う二人

19 神託が視えた?

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「殿下、どうなさったのですか⁉︎」

 水奈は背伸びをして、雪晴の目元に顔を寄せた。
 皮膚に赤みは見当たらない。血が出ている様子もない。

「大丈夫ですか? どこが痛みますか?」

「目の、奥が」

 雪晴はうめき、震える手で閉じたまぶたをさすっている。

「塵が入ったのでしょうか?」

「わからない。でも、すぐそこに

「何か? そのせいで痛むのですか?」

「いや……もう大丈夫だ。痛みは引いたよ。でも、まだそこに何かある……」

 言いながら、雪晴はしゃがみ込んだ。地面を探り、さっき放り出した杖を拾い上げる。
 その杖で、地面に線を描き始めた。

「すぐ先に、こんなものがあって……」

 ガリガリと土を引っかく杖が、ぴたりと止まる。
 雪晴がつけた跡を見て、水奈は心底驚いた。

「『ミナ』……? わ、私?」

 水奈は声を漏らしたが、すぐにかぶりを振った。
 自分の名前とは限らない。言葉の一部かもしれないし、別の何かを指すのかもしれない。

 しかし、文字であることはたしかに思えた。

 その隣にも、カタカナらしきものが書きつけてあるが、線同士が離れすぎていて字の体を成していない。

 水奈は、何が書いてあるのか少しでも読み取ろうと、地面を睨んだ。
 そうしていると、雪晴が心配そうに声をかけてきた。

「水奈、どうかしたのか? 私が描いたものに、何か意味があるのか?」

 水奈はハッと顔を上げ、コクコクとうなずいた。

「は、はい。殿下がお書きになったものは、『ミナ』という文字に見えます」

 そう告げると、雪晴も息をのんだ。

「文字というのは、ふみや書物に記されているものだよね? しかも『ミナ』って……君の名前じゃないか。これが?」

 雪晴は空中へ手を伸ばし、何かに触れるようなしぐさを見せた。

 タカは、雪晴がいつも無数の神託を視ていると言った。
 おそらくはその一つが、雪晴の目の前に浮かび上がっているのだろう。

(どうして急に……ううん、そんなことはいいわ。ほかの文字もはっきりすれば、殿下をお助けするためにやるべきことがわかるかもしれない!)

 神託は、この国や王族を救うものなのだから。
 水奈は体を屈め、杖を握る雪晴の手に触れた。

「殿下。目の前にあるものを、もう一度書いていただいてよろしいですか?」

「もう一度書くって、地面に? これを?」

 雪晴は、宙に浮かぶ何かを見つめるように、顔を前方へ向けた。

「はい。ほかにも文字があるようですが、はっきりいたしませんので……『ミナ』が、私の名前なのかもわかりませんし。こちらの地面が空いていますので、お願いします」

「ああ……あ、いや」

 雪晴はハッとして、杖を支えに立ち上がった。水奈もつられて背筋を伸ばす。

「君の手当てが先だ。頬を打たれたんだろう? カリンという子が言っていたよ。『水奈は傷もそのままでここへ来るだろうから、手当ての時間をやってくれ』と」

 そう言って彼は、水奈の方へ手を伸ばしてきた。
 骨張った手は、すぐに水奈の頭を見つけ、するりと左頬をすべった。

「これは……ツルツルしているが、何かついているのか?」

 雪晴の問いに、水奈は悲鳴を上げそうになった。
 
 彼が触れたところには鱗がある。
 自分がどんなに醜い姿をしているか、雪晴に気付かれてしまう!

「大丈夫です! カリンの言うことは気にしないでください。あの子、何でも大げさに話すから」
 
 水奈は小さく後ずさり、雪晴の手を取った。

 一刻も早く、雪晴の気をそらさなくては。
 アザミに突き飛ばされて地面に打ちつけた背中と、なぐられた頬がまだ少し痛むが、水奈は朗らかに言った。

「早く行きましょう! ご朝食が遅くなってしまいましたね。申し訳ありません」

「いや、それは構わないが……本当に大丈夫なのか?」

「はい、怪我というほどの傷はありません。殿下のお体の方が心配です」

 私は大丈夫です。殿下の方が心配です。
 くり返しながら、水奈は雪晴の手を引いて屋敷へ入った。

 鱗を隠すためだけではない。本当に雪晴の体が気がかりだった。

 雪晴の手は、氷のように冷え切っている。
 カリンから話を聞いた彼は、水奈の身を案じて部屋で待っていられず、外へ出てきたのだろう。

 水奈は雪晴にすまなく思った。心配をかけたことや、凍えそうな寒さの中で待たせたことが、申し訳なかった。

 それなのに、雪晴が自分を待っていてくれて嬉しい、と感じてしまったことも。
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