20 / 127
惹かれ合う二人
19 神託が視えた?
しおりを挟む
「殿下、どうなさったのですか⁉︎」
水奈は背伸びをして、雪晴の目元に顔を寄せた。
皮膚に赤みは見当たらない。血が出ている様子もない。
「大丈夫ですか? どこが痛みますか?」
「目の、奥が」
雪晴はうめき、震える手で閉じたまぶたをさすっている。
「塵が入ったのでしょうか?」
「わからない。でも、すぐそこに何かがあるんだ」
「何か? そのせいで痛むのですか?」
「いや……もう大丈夫だ。痛みは引いたよ。でも、まだそこに何かある……」
言いながら、雪晴はしゃがみ込んだ。地面を探り、さっき放り出した杖を拾い上げる。
その杖で、地面に線を描き始めた。
「すぐ先に、こんなものがあって……」
ガリガリと土を引っかく杖が、ぴたりと止まる。
雪晴がつけた跡を見て、水奈は心底驚いた。
「『ミナ』……? わ、私?」
水奈は声を漏らしたが、すぐにかぶりを振った。
自分の名前とは限らない。言葉の一部かもしれないし、別の何かを指すのかもしれない。
しかし、文字であることはたしかに思えた。
その隣にも、カタカナらしきものが書きつけてあるが、線同士が離れすぎていて字の体を成していない。
水奈は、何が書いてあるのか少しでも読み取ろうと、地面を睨んだ。
そうしていると、雪晴が心配そうに声をかけてきた。
「水奈、どうかしたのか? 私が描いたものに、何か意味があるのか?」
水奈はハッと顔を上げ、コクコクとうなずいた。
「は、はい。殿下がお書きになったものは、『ミナ』という文字に見えます」
そう告げると、雪晴も息をのんだ。
「文字というのは、文や書物に記されているものだよね? しかも『ミナ』って……君の名前じゃないか。これが?」
雪晴は空中へ手を伸ばし、何かに触れるようなしぐさを見せた。
タカは、雪晴がいつも無数の神託を視ていると言った。
おそらくはその一つが、雪晴の目の前に浮かび上がっているのだろう。
(どうして急に……ううん、そんなことはいいわ。ほかの文字もはっきりすれば、殿下をお助けするためにやるべきことがわかるかもしれない!)
神託は、この国や王族を救うものなのだから。
水奈は体を屈め、杖を握る雪晴の手に触れた。
「殿下。目の前にあるものを、もう一度書いていただいてよろしいですか?」
「もう一度書くって、地面に? これを?」
雪晴は、宙に浮かぶ何かを見つめるように、顔を前方へ向けた。
「はい。ほかにも文字があるようですが、はっきりいたしませんので……『ミナ』が、私の名前なのかもわかりませんし。こちらの地面が空いていますので、お願いします」
「ああ……あ、いや」
雪晴はハッとして、杖を支えに立ち上がった。水奈もつられて背筋を伸ばす。
「君の手当てが先だ。頬を打たれたんだろう? カリンという子が言っていたよ。『水奈は傷もそのままでここへ来るだろうから、手当ての時間をやってくれ』と」
そう言って彼は、水奈の方へ手を伸ばしてきた。
骨張った手は、すぐに水奈の頭を見つけ、するりと左頬をすべった。
「これは……ツルツルしているが、何かついているのか?」
雪晴の問いに、水奈は悲鳴を上げそうになった。
彼が触れたところには鱗がある。
自分がどんなに醜い姿をしているか、雪晴に気付かれてしまう!
「大丈夫です! カリンの言うことは気にしないでください。あの子、何でも大げさに話すから」
水奈は小さく後ずさり、雪晴の手を取った。
一刻も早く、雪晴の気をそらさなくては。
アザミに突き飛ばされて地面に打ちつけた背中と、なぐられた頬がまだ少し痛むが、水奈は朗らかに言った。
「早く行きましょう! ご朝食が遅くなってしまいましたね。申し訳ありません」
「いや、それは構わないが……本当に大丈夫なのか?」
「はい、怪我というほどの傷はありません。殿下のお体の方が心配です」
私は大丈夫です。殿下の方が心配です。
くり返しながら、水奈は雪晴の手を引いて屋敷へ入った。
鱗を隠すためだけではない。本当に雪晴の体が気がかりだった。
雪晴の手は、氷のように冷え切っている。
カリンから話を聞いた彼は、水奈の身を案じて部屋で待っていられず、外へ出てきたのだろう。
水奈は雪晴にすまなく思った。心配をかけたことや、凍えそうな寒さの中で待たせたことが、申し訳なかった。
それなのに、雪晴が自分を待っていてくれて嬉しい、と感じてしまったことも。
水奈は背伸びをして、雪晴の目元に顔を寄せた。
皮膚に赤みは見当たらない。血が出ている様子もない。
「大丈夫ですか? どこが痛みますか?」
「目の、奥が」
雪晴はうめき、震える手で閉じたまぶたをさすっている。
「塵が入ったのでしょうか?」
「わからない。でも、すぐそこに何かがあるんだ」
「何か? そのせいで痛むのですか?」
「いや……もう大丈夫だ。痛みは引いたよ。でも、まだそこに何かある……」
言いながら、雪晴はしゃがみ込んだ。地面を探り、さっき放り出した杖を拾い上げる。
その杖で、地面に線を描き始めた。
「すぐ先に、こんなものがあって……」
ガリガリと土を引っかく杖が、ぴたりと止まる。
雪晴がつけた跡を見て、水奈は心底驚いた。
「『ミナ』……? わ、私?」
水奈は声を漏らしたが、すぐにかぶりを振った。
自分の名前とは限らない。言葉の一部かもしれないし、別の何かを指すのかもしれない。
しかし、文字であることはたしかに思えた。
その隣にも、カタカナらしきものが書きつけてあるが、線同士が離れすぎていて字の体を成していない。
水奈は、何が書いてあるのか少しでも読み取ろうと、地面を睨んだ。
そうしていると、雪晴が心配そうに声をかけてきた。
「水奈、どうかしたのか? 私が描いたものに、何か意味があるのか?」
水奈はハッと顔を上げ、コクコクとうなずいた。
「は、はい。殿下がお書きになったものは、『ミナ』という文字に見えます」
そう告げると、雪晴も息をのんだ。
「文字というのは、文や書物に記されているものだよね? しかも『ミナ』って……君の名前じゃないか。これが?」
雪晴は空中へ手を伸ばし、何かに触れるようなしぐさを見せた。
タカは、雪晴がいつも無数の神託を視ていると言った。
おそらくはその一つが、雪晴の目の前に浮かび上がっているのだろう。
(どうして急に……ううん、そんなことはいいわ。ほかの文字もはっきりすれば、殿下をお助けするためにやるべきことがわかるかもしれない!)
神託は、この国や王族を救うものなのだから。
水奈は体を屈め、杖を握る雪晴の手に触れた。
「殿下。目の前にあるものを、もう一度書いていただいてよろしいですか?」
「もう一度書くって、地面に? これを?」
雪晴は、宙に浮かぶ何かを見つめるように、顔を前方へ向けた。
「はい。ほかにも文字があるようですが、はっきりいたしませんので……『ミナ』が、私の名前なのかもわかりませんし。こちらの地面が空いていますので、お願いします」
「ああ……あ、いや」
雪晴はハッとして、杖を支えに立ち上がった。水奈もつられて背筋を伸ばす。
「君の手当てが先だ。頬を打たれたんだろう? カリンという子が言っていたよ。『水奈は傷もそのままでここへ来るだろうから、手当ての時間をやってくれ』と」
そう言って彼は、水奈の方へ手を伸ばしてきた。
骨張った手は、すぐに水奈の頭を見つけ、するりと左頬をすべった。
「これは……ツルツルしているが、何かついているのか?」
雪晴の問いに、水奈は悲鳴を上げそうになった。
彼が触れたところには鱗がある。
自分がどんなに醜い姿をしているか、雪晴に気付かれてしまう!
「大丈夫です! カリンの言うことは気にしないでください。あの子、何でも大げさに話すから」
水奈は小さく後ずさり、雪晴の手を取った。
一刻も早く、雪晴の気をそらさなくては。
アザミに突き飛ばされて地面に打ちつけた背中と、なぐられた頬がまだ少し痛むが、水奈は朗らかに言った。
「早く行きましょう! ご朝食が遅くなってしまいましたね。申し訳ありません」
「いや、それは構わないが……本当に大丈夫なのか?」
「はい、怪我というほどの傷はありません。殿下のお体の方が心配です」
私は大丈夫です。殿下の方が心配です。
くり返しながら、水奈は雪晴の手を引いて屋敷へ入った。
鱗を隠すためだけではない。本当に雪晴の体が気がかりだった。
雪晴の手は、氷のように冷え切っている。
カリンから話を聞いた彼は、水奈の身を案じて部屋で待っていられず、外へ出てきたのだろう。
水奈は雪晴にすまなく思った。心配をかけたことや、凍えそうな寒さの中で待たせたことが、申し訳なかった。
それなのに、雪晴が自分を待っていてくれて嬉しい、と感じてしまったことも。
0
お気に入りに追加
45
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
好きでした、さようなら
豆狸
恋愛
「……すまない」
初夜の床で、彼は言いました。
「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」
悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。
なろう様でも公開中です。
婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが
マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって?
まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ?
※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。
※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる