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惹かれ合う二人
16 アザミの嘲笑
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✳︎
「そういえばさあ、水奈。雪晴王子ってどんな感じ?」
夜が明け、空が白み始めた時だった。
水奈の隣で洗濯していたカリンが、眉をひそめて話しかけてきた。
「どんな感じって?」
水奈は洗濯の手を止め、首をかしげた。
「どんなふうに水奈をいじめてんのかってこと。言ってみなよ、やり返してやるから」
決めつけるような言い方に、水奈は口を尖らせた。
「雪晴殿下は、いじめなんてなさらない──」
「ホントか? 貴族なんて、品がいいのは上っ面だけじゃん」
「それは、人それぞれで──」
「んなわけないって。どうせ第三王子も、他人の悪口で一杯やるのが趣味なんだろ」
「そんなことない──」
「水奈は優しいな~。かばわなくていいんだぞ、王子なんか。ほら、この間も上級貴族が女官を蹴ってただろ。水奈もそうやって雪晴の野郎に──」
「そんなことないってば!」
積もり積もったもどかしさが、水奈の声を荒らげさせた。
カリンや洗濯女たちが、ぎょっとしたように水奈を見る。
水奈は、慌ててカリンに手を合わせた。
「ご、ごめんなさい。詳しく話さなかったから、殿下のお人柄なんてわからないわよね」
「いや、カリンが悪い。水奈のせいじゃないさ」
「カリンがずっとしゃべってるから、こっちが話す暇がないんだよ」
洗濯女たちが、ニヤニヤしながら視線を交わす。
カリンは、ぶうっと頬をふくらませた。
「なんだよ、あたしだって話ぐらい聞けるんだからな! 水奈、第三王子ってどんなやつ⁉︎」
「えっと……」
怒ったカリンは、一生懸命吠える子犬に似ている。
水奈は、笑いをこらえて話し始めた。
「穏やかで、お優しくて、慎ましい方よ。叱られたことなんか一度もない。お食事を出す時も洗濯を済ませた時も、『ありがとう、助かるよ』って言ってくださるの」
白銀城へ戻る時も、雪晴は屋敷の裏口まで見送りに来てくれる。
水奈が侍女となった初日には、「帰り道はわかる?」「沼に落ちないよう気を付けて」と、ずいぶん心配してくれた。
タカが呆れて、ついに笑い出すほどだった。
水奈が話すごとに、カリンは目を丸くしていく。
「へえ、思ってたよりはいい奴じゃん! そこだけ聞くと、おとぎ話の王子サマっぽいね」
「何を馬鹿なこと言ってんの!」
棘のある声が、井戸を挟んだ向かいから飛んできた。アザミだ。
「おとぎ話の王子はお金持ちだし、将来王様になるじゃない。みじめったらしい雪晴とは全然違うでしょ!」
みじめったらしい──大好きな彼を悪く言われて、水奈はムッとした。
しかし、アザミと口論すればこじれそうだ。雪晴のもとへ行くのが遅れてしまう。
水奈は抗議をのみ込んで、代わりに考え事に集中した。
(今日は洗濯物が少ないから、早く出発できそう。ちょっと寄り道して、ノビルを摘んでいこうかな)
ネギに似たノビルは、日当たりのいい場所なら、一年を通して見られる草だ。先日、カエデの森でたくさん生えているのを見つけた。
(薬味として雑炊に散らそうかしら。それとも、乾物を戻す間にサッと茹でて、おひたしにしようかな)
頭の中で段取りを組んでいると、水奈の腕をカリンがつついた。
「それで? 王子サマってのは、どんな御殿に住んでんの?」
「お住まいは……あまり大きくないわ。森の奥の方にあって、そばには沼しかなくて」
「えっ、そうなんだ。でも綺麗な着物を着込んで、たくさんご馳走を食べてんだろ?」
「お召し物は上等だけど……あれは、上級貴族が着たあとのものだと思う」
「えーっ! それじゃ、けっこう着回されたやつを着てるってこと? 王子なのに?」
「うん……陛下から直接下賜されたものは、ないんじゃないかな」
王子や貴族は、着物を新調することもあるが、国王から恩賞としてもらい受けることも多い。
もらい受けた着物が処分される時には、何度か洗濯されているため、いくぶんか染料が抜けているのだ。
雪晴の衣類は、そういう色をしている。しかも、あちこちに小さな穴があって、料理や掃除の合間に繕わなくてはならなかった。
「じゃあさ、食事は? 猪肉をどっさり、甘辛く煮たりするのかい?」
じゅるりとヨダレをすするカリンへ、水奈は首を振った。
「肉はないわ……お屋敷に届く食材は、ほとんど乾物なの。しかも、端切れとか古くなったものばっかり」
食材は、三日に一度支給される。王城の下男が、屋敷の裏口に置いていくのだ。
あいさつもせずに帰ってしまうので、水奈が顔を合わせたことはないが。
「だから、作れるのは雑炊と、あとはちょっとした煮物だけ。それを殿下は、小鉢に一杯、私に分けてくださるの」
「ふうん。王子サマの食事にしては、なんかわびしいね」
カリンの眉尻が、しゅんと下がる。それと同時に、
「あっはははは!」
と、けたたましい笑い声が上がった。
「ど、どうしたんだよ、アザミ」
そう言ったカリンと同じように、水奈は眉を寄せた。
アザミは洗濯を続けながら、フンと鼻を鳴らした。
「そういえばさあ、水奈。雪晴王子ってどんな感じ?」
夜が明け、空が白み始めた時だった。
水奈の隣で洗濯していたカリンが、眉をひそめて話しかけてきた。
「どんな感じって?」
水奈は洗濯の手を止め、首をかしげた。
「どんなふうに水奈をいじめてんのかってこと。言ってみなよ、やり返してやるから」
決めつけるような言い方に、水奈は口を尖らせた。
「雪晴殿下は、いじめなんてなさらない──」
「ホントか? 貴族なんて、品がいいのは上っ面だけじゃん」
「それは、人それぞれで──」
「んなわけないって。どうせ第三王子も、他人の悪口で一杯やるのが趣味なんだろ」
「そんなことない──」
「水奈は優しいな~。かばわなくていいんだぞ、王子なんか。ほら、この間も上級貴族が女官を蹴ってただろ。水奈もそうやって雪晴の野郎に──」
「そんなことないってば!」
積もり積もったもどかしさが、水奈の声を荒らげさせた。
カリンや洗濯女たちが、ぎょっとしたように水奈を見る。
水奈は、慌ててカリンに手を合わせた。
「ご、ごめんなさい。詳しく話さなかったから、殿下のお人柄なんてわからないわよね」
「いや、カリンが悪い。水奈のせいじゃないさ」
「カリンがずっとしゃべってるから、こっちが話す暇がないんだよ」
洗濯女たちが、ニヤニヤしながら視線を交わす。
カリンは、ぶうっと頬をふくらませた。
「なんだよ、あたしだって話ぐらい聞けるんだからな! 水奈、第三王子ってどんなやつ⁉︎」
「えっと……」
怒ったカリンは、一生懸命吠える子犬に似ている。
水奈は、笑いをこらえて話し始めた。
「穏やかで、お優しくて、慎ましい方よ。叱られたことなんか一度もない。お食事を出す時も洗濯を済ませた時も、『ありがとう、助かるよ』って言ってくださるの」
白銀城へ戻る時も、雪晴は屋敷の裏口まで見送りに来てくれる。
水奈が侍女となった初日には、「帰り道はわかる?」「沼に落ちないよう気を付けて」と、ずいぶん心配してくれた。
タカが呆れて、ついに笑い出すほどだった。
水奈が話すごとに、カリンは目を丸くしていく。
「へえ、思ってたよりはいい奴じゃん! そこだけ聞くと、おとぎ話の王子サマっぽいね」
「何を馬鹿なこと言ってんの!」
棘のある声が、井戸を挟んだ向かいから飛んできた。アザミだ。
「おとぎ話の王子はお金持ちだし、将来王様になるじゃない。みじめったらしい雪晴とは全然違うでしょ!」
みじめったらしい──大好きな彼を悪く言われて、水奈はムッとした。
しかし、アザミと口論すればこじれそうだ。雪晴のもとへ行くのが遅れてしまう。
水奈は抗議をのみ込んで、代わりに考え事に集中した。
(今日は洗濯物が少ないから、早く出発できそう。ちょっと寄り道して、ノビルを摘んでいこうかな)
ネギに似たノビルは、日当たりのいい場所なら、一年を通して見られる草だ。先日、カエデの森でたくさん生えているのを見つけた。
(薬味として雑炊に散らそうかしら。それとも、乾物を戻す間にサッと茹でて、おひたしにしようかな)
頭の中で段取りを組んでいると、水奈の腕をカリンがつついた。
「それで? 王子サマってのは、どんな御殿に住んでんの?」
「お住まいは……あまり大きくないわ。森の奥の方にあって、そばには沼しかなくて」
「えっ、そうなんだ。でも綺麗な着物を着込んで、たくさんご馳走を食べてんだろ?」
「お召し物は上等だけど……あれは、上級貴族が着たあとのものだと思う」
「えーっ! それじゃ、けっこう着回されたやつを着てるってこと? 王子なのに?」
「うん……陛下から直接下賜されたものは、ないんじゃないかな」
王子や貴族は、着物を新調することもあるが、国王から恩賞としてもらい受けることも多い。
もらい受けた着物が処分される時には、何度か洗濯されているため、いくぶんか染料が抜けているのだ。
雪晴の衣類は、そういう色をしている。しかも、あちこちに小さな穴があって、料理や掃除の合間に繕わなくてはならなかった。
「じゃあさ、食事は? 猪肉をどっさり、甘辛く煮たりするのかい?」
じゅるりとヨダレをすするカリンへ、水奈は首を振った。
「肉はないわ……お屋敷に届く食材は、ほとんど乾物なの。しかも、端切れとか古くなったものばっかり」
食材は、三日に一度支給される。王城の下男が、屋敷の裏口に置いていくのだ。
あいさつもせずに帰ってしまうので、水奈が顔を合わせたことはないが。
「だから、作れるのは雑炊と、あとはちょっとした煮物だけ。それを殿下は、小鉢に一杯、私に分けてくださるの」
「ふうん。王子サマの食事にしては、なんかわびしいね」
カリンの眉尻が、しゅんと下がる。それと同時に、
「あっはははは!」
と、けたたましい笑い声が上がった。
「ど、どうしたんだよ、アザミ」
そう言ったカリンと同じように、水奈は眉を寄せた。
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