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惹かれ合う二人
12 照れ合う二人
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そこは、がらんとした六畳間だった。家具と呼べるものは、隅に寄せられた布団と、背の低いたんすだけ。
寂しげだが、ほのかに明るくもあった。
外の雪雲が去ったらしく、太陽の光が障子を通り、やわらかく室内を照らしている。
そんな部屋の中央に、雪晴はいた。彼の様子を見た水奈は、首をかしげた。
雪晴は静かに正座している。そばにあるのは室内用の杖だけ。楽器や扇などはない。
タカは、雪晴にこう言ったのに。
『お部屋でご修練にお励みください』
水奈は、なんとなく楽器の演奏や舞の練習かと思っていたのだが、そうではなかったらしい。
(じゃあ、殿下のご修練って……?)
不思議に思いつつも、水奈は質問をのみ込んだ。
早く雪晴に食事をしてほしかった。
「どうぞ、お召し上がりください」
水奈は、雪晴のそばで膝をつき、彼の前に盆を置いた。盆の上から陶器の匙を取り上げたところで、あることを思いつき、雪晴に尋ねる。
「殿下、お手伝いをいたしましょうか?」
「手伝い?」
「よろしければ、お口へお運びいたします」
「口に運ぶ? 運ぶって……あ、ああ! そういうことか」
雪晴は、ハッとして膝を打った。かと思うと頬を染め、そわそわと慌て始める。
「いや、あの……大丈夫。大丈夫だ、問題ない。一人で食べられるよ」
「そうですか? では、匙をどうぞ」
水奈は雪晴の右手を取り、匙を持たせた。
彼の手は青白く、痩せてひんやりしている。触れていると、水奈の体まで冷え冷えとしていくようだ。
何か考える前に、水奈の口が動いた。
「お寒くありませんか? もう一枚、羽織を出しましょうか」
干し飯をかじる子どもの幻が、目の前の雪晴と重なって、水奈は無意識に彼の手をなでさすっていた。
「……っ」
雪晴の肩が、ビクリと揺れる。白い頬に浮かぶ赤が、ますます濃くなる。
「……ありがとう。でも大丈夫だよ。水奈の手が温かいから、もう充分だ」
そう言った雪晴は、水奈の手をそっとなで返してきた。
そこで、水奈は我に返った。
私の手はかさついています。綺麗ではありません。
そう言おうとした。
しかし、先に触れたのは自分だったと思い出して、恥ずかしくて何も言えなくなった。
気まずさに雪晴の手を離したが、どんどん顔に熱が集まってくる。
熱をごまかすように視線を泳がせると、妙に楽しげなタカと目が合って、さらに気まずい。
「あの、えっと、次はお茶碗を──」
水奈は動揺したまま、雑炊が入った茶碗を取り上げようとした。すると雪晴は、
「ああ、それは自分で取れるよ」
と、一切の迷いなく左手を茶碗へと伸ばした。
(えっ?)
雪晴は盲目なのに、なぜ。
その疑問は、水奈が答えを出す前に消えた。
茶碗に触れた雪晴が、驚いたように手を引っ込めたからだ。
「殿下、どうなさいましたか⁉︎」
水奈の顔に集まっていた血の気が、瞬時に引いた。急いで雪晴の左手に触れ、異常を探す。
「どこか痛みますか?」
「いや。熱気を感じたものだから、つい……」
「! もしかして、火傷をなさったのでは……すぐに水を持って参ります!」
台所に戻ろう。小さな桶があった。
あれに瓶の水を入れて、雪晴の手をつけよう。そうしたら痛みは残らないはず。
すばやく考えながら、はじけるように立ち上がる。身をひるがえし、駆け出そうとした時。
「水奈、落ち着いて。殿下はただ、温かい食事に驚いてしまわれただけですよ……ふふっ」
タカは口元に手をやり、クスクスと笑っている。
水奈が改めて雪晴を見ると、彼は困ったように眉を寄せて、自身の左手へ顔を向けていた。
「殿下……本当に大丈夫なのですか?」
水奈は再び雪晴のそばにしゃがみ、彼の左手を見つめた。
「あ、ああ、すまない。びっくりさせてしまったね」
言いながら雪晴は、また雑炊の碗へと手を伸ばす。今度も探すようなしぐさは見せず、すぐ茶碗に触れた。
(やっぱり、どこにお茶碗があるのかおわかりみたい。まさか、殿下は見えていらっしゃるの? でも、まぶたは伏せられたままだし……)
水奈は思案しつつも、雪晴を見守った。
雪晴は雑炊をすくうと、ためらいがちに口に含み──そのまま、固まってしまった。
寂しげだが、ほのかに明るくもあった。
外の雪雲が去ったらしく、太陽の光が障子を通り、やわらかく室内を照らしている。
そんな部屋の中央に、雪晴はいた。彼の様子を見た水奈は、首をかしげた。
雪晴は静かに正座している。そばにあるのは室内用の杖だけ。楽器や扇などはない。
タカは、雪晴にこう言ったのに。
『お部屋でご修練にお励みください』
水奈は、なんとなく楽器の演奏や舞の練習かと思っていたのだが、そうではなかったらしい。
(じゃあ、殿下のご修練って……?)
不思議に思いつつも、水奈は質問をのみ込んだ。
早く雪晴に食事をしてほしかった。
「どうぞ、お召し上がりください」
水奈は、雪晴のそばで膝をつき、彼の前に盆を置いた。盆の上から陶器の匙を取り上げたところで、あることを思いつき、雪晴に尋ねる。
「殿下、お手伝いをいたしましょうか?」
「手伝い?」
「よろしければ、お口へお運びいたします」
「口に運ぶ? 運ぶって……あ、ああ! そういうことか」
雪晴は、ハッとして膝を打った。かと思うと頬を染め、そわそわと慌て始める。
「いや、あの……大丈夫。大丈夫だ、問題ない。一人で食べられるよ」
「そうですか? では、匙をどうぞ」
水奈は雪晴の右手を取り、匙を持たせた。
彼の手は青白く、痩せてひんやりしている。触れていると、水奈の体まで冷え冷えとしていくようだ。
何か考える前に、水奈の口が動いた。
「お寒くありませんか? もう一枚、羽織を出しましょうか」
干し飯をかじる子どもの幻が、目の前の雪晴と重なって、水奈は無意識に彼の手をなでさすっていた。
「……っ」
雪晴の肩が、ビクリと揺れる。白い頬に浮かぶ赤が、ますます濃くなる。
「……ありがとう。でも大丈夫だよ。水奈の手が温かいから、もう充分だ」
そう言った雪晴は、水奈の手をそっとなで返してきた。
そこで、水奈は我に返った。
私の手はかさついています。綺麗ではありません。
そう言おうとした。
しかし、先に触れたのは自分だったと思い出して、恥ずかしくて何も言えなくなった。
気まずさに雪晴の手を離したが、どんどん顔に熱が集まってくる。
熱をごまかすように視線を泳がせると、妙に楽しげなタカと目が合って、さらに気まずい。
「あの、えっと、次はお茶碗を──」
水奈は動揺したまま、雑炊が入った茶碗を取り上げようとした。すると雪晴は、
「ああ、それは自分で取れるよ」
と、一切の迷いなく左手を茶碗へと伸ばした。
(えっ?)
雪晴は盲目なのに、なぜ。
その疑問は、水奈が答えを出す前に消えた。
茶碗に触れた雪晴が、驚いたように手を引っ込めたからだ。
「殿下、どうなさいましたか⁉︎」
水奈の顔に集まっていた血の気が、瞬時に引いた。急いで雪晴の左手に触れ、異常を探す。
「どこか痛みますか?」
「いや。熱気を感じたものだから、つい……」
「! もしかして、火傷をなさったのでは……すぐに水を持って参ります!」
台所に戻ろう。小さな桶があった。
あれに瓶の水を入れて、雪晴の手をつけよう。そうしたら痛みは残らないはず。
すばやく考えながら、はじけるように立ち上がる。身をひるがえし、駆け出そうとした時。
「水奈、落ち着いて。殿下はただ、温かい食事に驚いてしまわれただけですよ……ふふっ」
タカは口元に手をやり、クスクスと笑っている。
水奈が改めて雪晴を見ると、彼は困ったように眉を寄せて、自身の左手へ顔を向けていた。
「殿下……本当に大丈夫なのですか?」
水奈は再び雪晴のそばにしゃがみ、彼の左手を見つめた。
「あ、ああ、すまない。びっくりさせてしまったね」
言いながら雪晴は、また雑炊の碗へと手を伸ばす。今度も探すようなしぐさは見せず、すぐ茶碗に触れた。
(やっぱり、どこにお茶碗があるのかおわかりみたい。まさか、殿下は見えていらっしゃるの? でも、まぶたは伏せられたままだし……)
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