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惹かれ合う二人
7 暴かれる秘密
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焦る水奈に、タカはやわらかく微笑んできた。
「そんなに深くかぶって。視野が狭まって危ないわ。ただでさえ、台所は暗いのに。刃物もあるし」
「ですが……」
水奈は我知らず、頬かむりした手ぬぐいを両頬に押しつけていた。
「申し訳ありません、頰かむりだけは……殿下やタカ様に失礼だと、承知しているのですが……」
「そんなこと、いいのよ。でも、そこまで嫌がるということは……」
タカは少しためらい、また口を開いた。
「顔に何かあるの? あざとか、傷跡とか」
「は、はい」
水奈はホッとしてうなずいた。
「あざを隠したい」と言えば、頬かむりを許されるだろうと思った。
しかし、安堵はすぐに打ち砕かれた。
「水奈、私は傷跡もあざも気にしません。殿下のお目にも触れないのだから、顔を出してみない?」
「いえ、その……」
水奈は、言葉を探すように目を泳がせた。
頑なに拒否し続ければ、きっと怪しまれる。その結果、タカに手ぬぐいを奪われたら。
常に清くあるべき神官に、汚らわしい鱗を見られたら──。
(私はクビになって、火乃様に殺される。そうしたら、雪晴殿下のところへ新しい侍女が来る。殿下は、またひどい目にあわされてしまう)
彼を助けたいのに、それが叶わなくなる。
どうしよう。どうしたら。懸命に考えをめぐらせた末、水奈は賭けに出た。
「……タカ様。私のあざは、本当に醜いのです。そんなものを、神官様にお見せするわけにはいきません」
「醜い? どんなあざなの?」
「それが……鱗のような形をしているのです」
こう言えばタカは怯むだろう。しかし、水奈をクビにまではしないはずだ。
タカは水奈に、「ありがたい」「殿下に長くお仕えして」と言ってくれたのだから。
とにかく、鱗さえ隠せば希望はある。水奈はそう考えたが。
「何ですって? ちょっと見せてちょうだい」
タカは怯むどころか、大きく足を踏み出してきた。
しわだらけの手が、頰かむりした手ぬぐいへと伸びてくる。
「な、なりません! ご気分をお悪くされます!」
「外すわよ」
タカは耳を貸さない。骨張った手が、水奈の手ぬぐいをつかむ。
水奈は急いで押さえようとしたが、遅かった。手ぬぐいは、呆気なく水奈の頭から外れた。
「あなた、それは……!」
タカが、かすれた悲鳴を上げる。
水奈は反射的に手で左頬を隠したが、もう何の意味もない。絶望的な気持ちで目を閉じ、身構える。
平手打ちが飛んでくるか。それとも「出て行け」と突き飛ばされるか。
しかし、何も起こらない。罵声さえ飛んでこない。
水奈は怖々とまぶたを開いた。タカは水奈の手ぬぐいを握ったまま、目を見開き、身じろぎもせずに立っている。
「……タカ様?」
そっと呼びかけると、タカは大きく息を吸い込んだ。空いている方の手を、すうっと水奈へ伸ばしてくる。
水奈は、手で左頬を覆ったまま、ビクリと震えた。しかしタカは、水奈の手をやんわりと払い、ためらいなく鱗に触れた。
「本物の鱗……」
鱗をなでるタカの声に、嫌悪はない。
しかし、水奈はまだ身構えていた。タカが何を考えているのか、まるでわからない。
水奈の頬をなでていたタカは、ゆっくりと手を離した。それから水奈の首元へ、ふわりと手ぬぐいを巻く。
「……急にごめんなさい。頰かむりをするより、こっちの方が体が温まるわ」
言い訳をするように話すタカは、「ところで」と声をひそめて尋ねてきた。
「水奈。あなた、白銀城から歩いて来たのよね? 雪の中、ずっと」
「はい、そうですが……」
「変じゃない?」
「何が、でしょうか?」
「手ぬぐいがまったく濡れていないわ」
ドキリとして後ずさる水奈へ、タカはまた一歩近付いてきた。水奈の耳元へ口を寄せ、さらに小さな声でささやいた。
「ひょっとして、あなたが乾かした? あなたは、水を操れるんでしょう?」
「……!」
水奈の心を衝撃が打つ。数秒、完全に息が止まった。
(どうして……どうしてタカ様はお気付きになったの)
聞きたかったが、そんなことをすれば問いに肯定したことになる。どう返せばいいのか。
その迷いが水奈の顔に現れたらしい。タカは「自分の予想は正しい」と考えたようだ。
「ああ……まさか、本当に存在するなんて。これでやっと、雪晴殿下も……」
タカは呟きながら、感慨深い面持ちで一歩下がった。そのまま膝を折り、台所の床に手をついて──水奈が予想もしなかった行動に出た。
「タカ様……⁉︎」
タカは床にひたいを押しつけ、水奈へ畏敬を示すようにひれ伏していた。
水奈は、急いでタカのそばに膝をつき、顔を上げさせようとした。
しかしタカは、岩のように頑として動かない。
「タカ様、おやめください!」
「シッ! 雪晴殿下に聞こえます」
水奈は、とっさに手で口を押さえた。
それから顔をタカに近づけ、小声で尋ねた。
「なぜ、私などにこのようなことを……?」
平伏は、敬意を表すべき相手にするもの──そう言ったのはタカ自身ではないか。
うろたえる水奈とは逆に、タカはひたいを床につけたまま、秘密を告白するように言った。
「それは、あなたが〈銀龍の愛し子〉だからです」
「そんなに深くかぶって。視野が狭まって危ないわ。ただでさえ、台所は暗いのに。刃物もあるし」
「ですが……」
水奈は我知らず、頬かむりした手ぬぐいを両頬に押しつけていた。
「申し訳ありません、頰かむりだけは……殿下やタカ様に失礼だと、承知しているのですが……」
「そんなこと、いいのよ。でも、そこまで嫌がるということは……」
タカは少しためらい、また口を開いた。
「顔に何かあるの? あざとか、傷跡とか」
「は、はい」
水奈はホッとしてうなずいた。
「あざを隠したい」と言えば、頬かむりを許されるだろうと思った。
しかし、安堵はすぐに打ち砕かれた。
「水奈、私は傷跡もあざも気にしません。殿下のお目にも触れないのだから、顔を出してみない?」
「いえ、その……」
水奈は、言葉を探すように目を泳がせた。
頑なに拒否し続ければ、きっと怪しまれる。その結果、タカに手ぬぐいを奪われたら。
常に清くあるべき神官に、汚らわしい鱗を見られたら──。
(私はクビになって、火乃様に殺される。そうしたら、雪晴殿下のところへ新しい侍女が来る。殿下は、またひどい目にあわされてしまう)
彼を助けたいのに、それが叶わなくなる。
どうしよう。どうしたら。懸命に考えをめぐらせた末、水奈は賭けに出た。
「……タカ様。私のあざは、本当に醜いのです。そんなものを、神官様にお見せするわけにはいきません」
「醜い? どんなあざなの?」
「それが……鱗のような形をしているのです」
こう言えばタカは怯むだろう。しかし、水奈をクビにまではしないはずだ。
タカは水奈に、「ありがたい」「殿下に長くお仕えして」と言ってくれたのだから。
とにかく、鱗さえ隠せば希望はある。水奈はそう考えたが。
「何ですって? ちょっと見せてちょうだい」
タカは怯むどころか、大きく足を踏み出してきた。
しわだらけの手が、頰かむりした手ぬぐいへと伸びてくる。
「な、なりません! ご気分をお悪くされます!」
「外すわよ」
タカは耳を貸さない。骨張った手が、水奈の手ぬぐいをつかむ。
水奈は急いで押さえようとしたが、遅かった。手ぬぐいは、呆気なく水奈の頭から外れた。
「あなた、それは……!」
タカが、かすれた悲鳴を上げる。
水奈は反射的に手で左頬を隠したが、もう何の意味もない。絶望的な気持ちで目を閉じ、身構える。
平手打ちが飛んでくるか。それとも「出て行け」と突き飛ばされるか。
しかし、何も起こらない。罵声さえ飛んでこない。
水奈は怖々とまぶたを開いた。タカは水奈の手ぬぐいを握ったまま、目を見開き、身じろぎもせずに立っている。
「……タカ様?」
そっと呼びかけると、タカは大きく息を吸い込んだ。空いている方の手を、すうっと水奈へ伸ばしてくる。
水奈は、手で左頬を覆ったまま、ビクリと震えた。しかしタカは、水奈の手をやんわりと払い、ためらいなく鱗に触れた。
「本物の鱗……」
鱗をなでるタカの声に、嫌悪はない。
しかし、水奈はまだ身構えていた。タカが何を考えているのか、まるでわからない。
水奈の頬をなでていたタカは、ゆっくりと手を離した。それから水奈の首元へ、ふわりと手ぬぐいを巻く。
「……急にごめんなさい。頰かむりをするより、こっちの方が体が温まるわ」
言い訳をするように話すタカは、「ところで」と声をひそめて尋ねてきた。
「水奈。あなた、白銀城から歩いて来たのよね? 雪の中、ずっと」
「はい、そうですが……」
「変じゃない?」
「何が、でしょうか?」
「手ぬぐいがまったく濡れていないわ」
ドキリとして後ずさる水奈へ、タカはまた一歩近付いてきた。水奈の耳元へ口を寄せ、さらに小さな声でささやいた。
「ひょっとして、あなたが乾かした? あなたは、水を操れるんでしょう?」
「……!」
水奈の心を衝撃が打つ。数秒、完全に息が止まった。
(どうして……どうしてタカ様はお気付きになったの)
聞きたかったが、そんなことをすれば問いに肯定したことになる。どう返せばいいのか。
その迷いが水奈の顔に現れたらしい。タカは「自分の予想は正しい」と考えたようだ。
「ああ……まさか、本当に存在するなんて。これでやっと、雪晴殿下も……」
タカは呟きながら、感慨深い面持ちで一歩下がった。そのまま膝を折り、台所の床に手をついて──水奈が予想もしなかった行動に出た。
「タカ様……⁉︎」
タカは床にひたいを押しつけ、水奈へ畏敬を示すようにひれ伏していた。
水奈は、急いでタカのそばに膝をつき、顔を上げさせようとした。
しかしタカは、岩のように頑として動かない。
「タカ様、おやめください!」
「シッ! 雪晴殿下に聞こえます」
水奈は、とっさに手で口を押さえた。
それから顔をタカに近づけ、小声で尋ねた。
「なぜ、私などにこのようなことを……?」
平伏は、敬意を表すべき相手にするもの──そう言ったのはタカ自身ではないか。
うろたえる水奈とは逆に、タカはひたいを床につけたまま、秘密を告白するように言った。
「それは、あなたが〈銀龍の愛し子〉だからです」
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