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惹かれ合う二人
5 どうか雪晴のそばに
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タカは気まずそうに目を泳がせたが、すぐにすました顔で答えた。
「私にも考えがあるんですよ。それよりお部屋へお戻りください。本日のご修練はまだでしょう?」
(ご修練?)
何のことだろう。雪晴は、楽器や舞をたしなむのだろうか。
水奈が考えていると、雪晴がタカに言い返した。
「そうやって私を追い払って、この娘も脅しつけるつもりか?」
「脅しではなく指導です。それに、心配なさる必要はありませんよ。今までの侍女は、私が何を言ってもどこ吹く風だったでしょう?」
「彼女をほかの侍女と一緒にするな。まず身分が違うだろう」
「ええ、そうですね。今までの侍女に比べて、より悪いかもしれませんね」
タカがそう言った途端、雪晴の優しげな顔に、かすかな恐怖が浮かんだ。
水奈は首をかしげた。雪晴が、水奈に怯えている気がしたからだ。
うつむいた雪晴へ、タカは厳しい声で畳みかける。
「ですから、指導をすると申しています。それに、水奈は侍女になったばかり。この屋敷の勝手がわからないでしょう。なのに、いきなり仕事を任せるのですか? 何かあれば、罰を受けるのは水奈ですよ?」
雪晴の返事はない。唇を引き結び、迷うように押し黙っている。
「殿下はお部屋へ。水奈には私が付き添います。よろしいですね?」
「……わかった」
雪晴はため息をついた。それから、
「困ったことがあれば、すぐ呼びなさい」
と、すまなさそうに水奈へ告げ、廊下の奥へ立ち去った。
(行ってしまわれるの……?)
水奈は心細かったが、「部屋へ戻る」と言った王子を、洗濯女が呼び止められるはずもない。
離れていく雪晴の背中を、すがるように見つめるしかなかった。
そこへ、タカが声をかけてくる。
「水奈、ついてきなさい。台所へ案内するわ。ここへ来たら、まずは殿下のお食事を作るのよ」
「はい、タカ様……」
水奈を映すタカの目には、なぜか警戒がにじんでいる。
水奈は肩を縮こめて、タカのあとを追った。
タカは胸を張って歩きながら、水奈へ話しかけてきた。
「多少の粗相には目をつぶるけど、殿下にご迷惑をおかけするのはやめてちょうだいね」
「はい……気をつけます」
「本当にわかっているの? 早く侍女をやめたいからといって、わざと仕事の手を抜いたら──」
「いいえ、タカ様!」
タカの言葉に驚いた水奈は、思わず口を挟んでしまった。
「私は、侍女をやめたくありません」
「え?」
タカは足を止め、水奈を振り返った。眉を寄せ、少し首を傾けて、水奈を凝視している。
「タカ様。私が侍女をクビになれば、洗濯女長になぐり殺されます」
目を丸くするタカへ、水奈は一歩踏み出した。
「ですから、むしろ雪晴殿下にお口添えいただけませんか。『水奈をやめさせないように』と」
先程、タカは雪晴を従わせた。地位は雪晴が上だが、口で勝つのはタカの方だろう。
そう考えた水奈は、タカに手を合わせた。
「タカ様のお話なら、殿下は聞き入れてくださるでしょう。どうかお願いします。何でもしますから。掃除も、洗濯も、料理も。殿下が心地よくお過ごしになれるよう、頑張りますから」
雪晴の耳に届かないよう、水奈は小声で訴えた。
しかし、タカの返事はない。彼女はただ目を見開いている。
不躾なことを言って怒らせてしまったのか。水奈は怖くなった。
許しを乞うため、膝を折り、床に手をつこうとした。
「ちょ、ちょっと! おやめなさい、そんなこと」
タカは口早に言い、水奈へ手を差し伸べた。
「土下座なんかしないで。そういうことは、敬意を表すべき相手にするものよ」
「ですが、卑しい洗濯女が、神官様に図々しいお願いを……」
「あなたは卑しくないわ。図々しくもない」
タカは首を振った。彼女は水奈を立ち上がらせると、切羽詰まったように言った。
「だって、私からお願いしたいことだもの。雪晴殿下に長くお仕えしてって」
「え?」
タカの言葉をすぐに理解できず、水奈は目を瞬かせた。
洗濯女ふぜいが雪晴の侍女になったから、タカは「不敬だ」と怒ったのだろう──そう思っていたのに。
しかし、水奈を見つめ返すタカの表情に、もう警戒の色はない。
「怖がらせてごめんなさい。実は、あなたを試していたの。あなたが信用できるかどうか」
水奈は戸惑いながら尋ねた。
「あの、それはつまり……侍女としての資質を試されていた、ということでしょうか?」
「資質というか心構えね。文句なしに合格──いえ、ありがたくて手を合わせたいくらい」
言いながらタカは、本当に手を合わせた。
「これまでの侍女は、信じられないほどひどかったから……」
「ひどい? 良家のご息女様がですか?」
王子の侍女に選ばれるのは、富豪や貴族の娘。まっとうな教育を受けているはずだ。
水奈が首をかしげると、タカは声に怒りをにじませて答えた。
「身分なんか関係ないわ。みんな、雪晴殿下を虐待していたんだもの」
「私にも考えがあるんですよ。それよりお部屋へお戻りください。本日のご修練はまだでしょう?」
(ご修練?)
何のことだろう。雪晴は、楽器や舞をたしなむのだろうか。
水奈が考えていると、雪晴がタカに言い返した。
「そうやって私を追い払って、この娘も脅しつけるつもりか?」
「脅しではなく指導です。それに、心配なさる必要はありませんよ。今までの侍女は、私が何を言ってもどこ吹く風だったでしょう?」
「彼女をほかの侍女と一緒にするな。まず身分が違うだろう」
「ええ、そうですね。今までの侍女に比べて、より悪いかもしれませんね」
タカがそう言った途端、雪晴の優しげな顔に、かすかな恐怖が浮かんだ。
水奈は首をかしげた。雪晴が、水奈に怯えている気がしたからだ。
うつむいた雪晴へ、タカは厳しい声で畳みかける。
「ですから、指導をすると申しています。それに、水奈は侍女になったばかり。この屋敷の勝手がわからないでしょう。なのに、いきなり仕事を任せるのですか? 何かあれば、罰を受けるのは水奈ですよ?」
雪晴の返事はない。唇を引き結び、迷うように押し黙っている。
「殿下はお部屋へ。水奈には私が付き添います。よろしいですね?」
「……わかった」
雪晴はため息をついた。それから、
「困ったことがあれば、すぐ呼びなさい」
と、すまなさそうに水奈へ告げ、廊下の奥へ立ち去った。
(行ってしまわれるの……?)
水奈は心細かったが、「部屋へ戻る」と言った王子を、洗濯女が呼び止められるはずもない。
離れていく雪晴の背中を、すがるように見つめるしかなかった。
そこへ、タカが声をかけてくる。
「水奈、ついてきなさい。台所へ案内するわ。ここへ来たら、まずは殿下のお食事を作るのよ」
「はい、タカ様……」
水奈を映すタカの目には、なぜか警戒がにじんでいる。
水奈は肩を縮こめて、タカのあとを追った。
タカは胸を張って歩きながら、水奈へ話しかけてきた。
「多少の粗相には目をつぶるけど、殿下にご迷惑をおかけするのはやめてちょうだいね」
「はい……気をつけます」
「本当にわかっているの? 早く侍女をやめたいからといって、わざと仕事の手を抜いたら──」
「いいえ、タカ様!」
タカの言葉に驚いた水奈は、思わず口を挟んでしまった。
「私は、侍女をやめたくありません」
「え?」
タカは足を止め、水奈を振り返った。眉を寄せ、少し首を傾けて、水奈を凝視している。
「タカ様。私が侍女をクビになれば、洗濯女長になぐり殺されます」
目を丸くするタカへ、水奈は一歩踏み出した。
「ですから、むしろ雪晴殿下にお口添えいただけませんか。『水奈をやめさせないように』と」
先程、タカは雪晴を従わせた。地位は雪晴が上だが、口で勝つのはタカの方だろう。
そう考えた水奈は、タカに手を合わせた。
「タカ様のお話なら、殿下は聞き入れてくださるでしょう。どうかお願いします。何でもしますから。掃除も、洗濯も、料理も。殿下が心地よくお過ごしになれるよう、頑張りますから」
雪晴の耳に届かないよう、水奈は小声で訴えた。
しかし、タカの返事はない。彼女はただ目を見開いている。
不躾なことを言って怒らせてしまったのか。水奈は怖くなった。
許しを乞うため、膝を折り、床に手をつこうとした。
「ちょ、ちょっと! おやめなさい、そんなこと」
タカは口早に言い、水奈へ手を差し伸べた。
「土下座なんかしないで。そういうことは、敬意を表すべき相手にするものよ」
「ですが、卑しい洗濯女が、神官様に図々しいお願いを……」
「あなたは卑しくないわ。図々しくもない」
タカは首を振った。彼女は水奈を立ち上がらせると、切羽詰まったように言った。
「だって、私からお願いしたいことだもの。雪晴殿下に長くお仕えしてって」
「え?」
タカの言葉をすぐに理解できず、水奈は目を瞬かせた。
洗濯女ふぜいが雪晴の侍女になったから、タカは「不敬だ」と怒ったのだろう──そう思っていたのに。
しかし、水奈を見つめ返すタカの表情に、もう警戒の色はない。
「怖がらせてごめんなさい。実は、あなたを試していたの。あなたが信用できるかどうか」
水奈は戸惑いながら尋ねた。
「あの、それはつまり……侍女としての資質を試されていた、ということでしょうか?」
「資質というか心構えね。文句なしに合格──いえ、ありがたくて手を合わせたいくらい」
言いながらタカは、本当に手を合わせた。
「これまでの侍女は、信じられないほどひどかったから……」
「ひどい? 良家のご息女様がですか?」
王子の侍女に選ばれるのは、富豪や貴族の娘。まっとうな教育を受けているはずだ。
水奈が首をかしげると、タカは声に怒りをにじませて答えた。
「身分なんか関係ないわ。みんな、雪晴殿下を虐待していたんだもの」
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