39 / 47
39 友だちがいるだけで
しおりを挟む
「芽衣!」
ショートカットの女子──美咲が鉄棒からパッと手を離して、私のほうへ駆けてくる。
私は肩で息をしながら、美咲に歩み寄った。
「美咲……ゴメン。遅く、なっちゃった」
「ぜーんぜん、まだ6時前だよ。芽衣のおばさんから電話あったけど、『一緒に鉄棒してる』って言ったら『6時半までには帰らせて』だって」
「そっか、よかった……」
のんびり家へ帰っても充分お釣りがくる。ひざに手をついて、大きく息を吐き出した。
すると美咲が、体を傾けて私の顔を覗きこんできた。
「それで、友だちには謝れた?」
言われて、ユウマくんの泣き声が頭をよぎった。
「うん……」
ひざから手を離して、けれどうなだれたまま私は答えた。自分のスニーカーを見つめていると、バシン! と勢いよく肩を叩かれる。
びっくりして、よろめきながら前を向くと、目をすがめた美咲が私を見つめていた。
「どうしたのさ、なんかパッとしないじゃん」
「うん、ちょっと……」
「ちょっと、何? その友だちにイヤなことでも言われた?」
美咲はなぜか腕まくりをして、私に詰め寄ってくる。私はブルブルと首を振った。
「違う、違う! 中途半端な感じでお別れしてきたから、どうしてるかなって、気になって」
「でも、謝れたんでしょ? ……あ、許してもらえなかったの?」
「ううん。むしろ、向こうのほうが謝ってた」
また首を振ると、美咲は目をすがめたまま眉を寄せた。顔の上半分がしわだらけだ。
「じゃあなんで落ちこんでるの? ていうか、何したわけ? 芽衣も、その友だちも」
「友だちは、謝る必要はなかったんだけど……私は、友だちを助けたかったのに、ぜんぶ空回りに終わっちゃったから」
言葉にすると、みじめな気持ちが湧いてきた。
必死になって自転車をこいだのに、すぐにはアパートにたどり着けなかった。安いご飯をスーパーで探してみたけれど、何の役にも立たなかった。ユウマくんと同じように空腹でいようとして、だけど結局食べてしまった。
思い出すうちに、私のやったことが、何もかも無駄だったように思えてくる。それどころか、ユウマくんの家族をバラバラにするきっかけをつくってしまった。何もしなかったほうがマシだったかもしれない。
重苦しいため息をつくと、美咲は「バカだねえ!」と言った。顔を上げると、晴れやかな笑みが輝いていた。
「芽衣は、その子を助けたいって思ったんでしょ?」
「うん……」
「つまり、その子は困ってたわけだ?」
「……うん」
「じゃあ、芽衣が会いに来てくれて、うれしかったと思うよ。困ってる時とか落ちこんでる時とか、友だちがいるだけで、なんとなくホッとするじゃん」
「そう、かな?」
「そうそう!」
力強くうなずかれると、どんよりとした気分が、あっという間に薄れていく。
本当だ、美咲の言う通りだ。友だちといると、心が晴れる。
「そうだね……私が美咲みたいにしっかりしてたら、もっと元気づけてあげられたかもしれないけど」
肩をすくめると、美咲はまた「バカ」と言った。
「もう忘れたの? 芽衣と一緒にいると、ホッとするんだってば! 何回も言わせないでよ!」
やたら大きく腕を振り回す美咲は、少し顔が赤らんでいる。私もだんだん恥ずかしくなってきて、「ごめん」と「ありがとう」をくり返した。
それから、少しだけ一緒に鉄棒の練習をして、私たちは公園をあとにした。
家へ帰ると、6時17分。お母さんは、私が約束通りに帰ってくると思っていなかったらしく、目を丸くしていた。その目つきはすぐにやわらいで、お母さんは安心したように笑ったけれど、それもつかの間、
「何もかもいつも通りの1日だったわね……パート、休むんじゃなかったわ」
と、ため息をついた。
次の日も、その次も、いつもと同じ毎日が続いた。テレビから流れてくるニュース以外は。
ショートカットの女子──美咲が鉄棒からパッと手を離して、私のほうへ駆けてくる。
私は肩で息をしながら、美咲に歩み寄った。
「美咲……ゴメン。遅く、なっちゃった」
「ぜーんぜん、まだ6時前だよ。芽衣のおばさんから電話あったけど、『一緒に鉄棒してる』って言ったら『6時半までには帰らせて』だって」
「そっか、よかった……」
のんびり家へ帰っても充分お釣りがくる。ひざに手をついて、大きく息を吐き出した。
すると美咲が、体を傾けて私の顔を覗きこんできた。
「それで、友だちには謝れた?」
言われて、ユウマくんの泣き声が頭をよぎった。
「うん……」
ひざから手を離して、けれどうなだれたまま私は答えた。自分のスニーカーを見つめていると、バシン! と勢いよく肩を叩かれる。
びっくりして、よろめきながら前を向くと、目をすがめた美咲が私を見つめていた。
「どうしたのさ、なんかパッとしないじゃん」
「うん、ちょっと……」
「ちょっと、何? その友だちにイヤなことでも言われた?」
美咲はなぜか腕まくりをして、私に詰め寄ってくる。私はブルブルと首を振った。
「違う、違う! 中途半端な感じでお別れしてきたから、どうしてるかなって、気になって」
「でも、謝れたんでしょ? ……あ、許してもらえなかったの?」
「ううん。むしろ、向こうのほうが謝ってた」
また首を振ると、美咲は目をすがめたまま眉を寄せた。顔の上半分がしわだらけだ。
「じゃあなんで落ちこんでるの? ていうか、何したわけ? 芽衣も、その友だちも」
「友だちは、謝る必要はなかったんだけど……私は、友だちを助けたかったのに、ぜんぶ空回りに終わっちゃったから」
言葉にすると、みじめな気持ちが湧いてきた。
必死になって自転車をこいだのに、すぐにはアパートにたどり着けなかった。安いご飯をスーパーで探してみたけれど、何の役にも立たなかった。ユウマくんと同じように空腹でいようとして、だけど結局食べてしまった。
思い出すうちに、私のやったことが、何もかも無駄だったように思えてくる。それどころか、ユウマくんの家族をバラバラにするきっかけをつくってしまった。何もしなかったほうがマシだったかもしれない。
重苦しいため息をつくと、美咲は「バカだねえ!」と言った。顔を上げると、晴れやかな笑みが輝いていた。
「芽衣は、その子を助けたいって思ったんでしょ?」
「うん……」
「つまり、その子は困ってたわけだ?」
「……うん」
「じゃあ、芽衣が会いに来てくれて、うれしかったと思うよ。困ってる時とか落ちこんでる時とか、友だちがいるだけで、なんとなくホッとするじゃん」
「そう、かな?」
「そうそう!」
力強くうなずかれると、どんよりとした気分が、あっという間に薄れていく。
本当だ、美咲の言う通りだ。友だちといると、心が晴れる。
「そうだね……私が美咲みたいにしっかりしてたら、もっと元気づけてあげられたかもしれないけど」
肩をすくめると、美咲はまた「バカ」と言った。
「もう忘れたの? 芽衣と一緒にいると、ホッとするんだってば! 何回も言わせないでよ!」
やたら大きく腕を振り回す美咲は、少し顔が赤らんでいる。私もだんだん恥ずかしくなってきて、「ごめん」と「ありがとう」をくり返した。
それから、少しだけ一緒に鉄棒の練習をして、私たちは公園をあとにした。
家へ帰ると、6時17分。お母さんは、私が約束通りに帰ってくると思っていなかったらしく、目を丸くしていた。その目つきはすぐにやわらいで、お母さんは安心したように笑ったけれど、それもつかの間、
「何もかもいつも通りの1日だったわね……パート、休むんじゃなかったわ」
と、ため息をついた。
次の日も、その次も、いつもと同じ毎日が続いた。テレビから流れてくるニュース以外は。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
湖の民
影燈
児童書・童話
沼無国(ぬまぬこ)の統治下にある、儺楼湖(なろこ)の里。
そこに暮らす令は寺子屋に通う12歳の男の子。
優しい先生や友だちに囲まれ、楽しい日々を送っていた。
だがそんなある日。
里に、伝染病が発生、里は封鎖されてしまい、母も病にかかってしまう。
母を助けるため、幻の薬草を探しにいく令だったが――
おねしょゆうれい
ケンタシノリ
児童書・童話
べんじょの中にいるゆうれいは、ぼうやをこわがらせておねしょをさせるのが大すきです。今日も、夜中にやってきたのは……。
※この作品で使用する漢字は、小学2年生までに習う漢字を使用しています。
イケメン男子とドキドキ同居!? ~ぽっちゃりさんの学園リデビュー計画~
友野紅子
児童書・童話
ぽっちゃりヒロインがイケメン男子と同居しながらダイエットして綺麗になって、学園リデビューと恋、さらには将来の夢までゲットする成長の物語。
全編通し、基本的にドタバタのラブコメディ。時々、シリアス。
泣き虫な君を、主人公に任命します!
成木沢ヨウ
児童書・童話
『演技でピンチを乗り越えろ!!』
小学六年生の川井仁太は、声優になるという夢がある。しかし父からは、父のような優秀な医者になれと言われていて、夢を打ち明けられないでいた。
そんな中いじめっ子の野田が、隣のクラスの須藤をいじめているところを見てしまう。すると謎の男女二人組が現れて、須藤を助けた。その二人組は学内小劇団ボルドの『宮風ソウヤ』『星みこと』と名乗り、同じ学校の同級生だった。
ひょんなことからボルドに誘われる仁太。最初は断った仁太だが、学芸会で声優を目指す役を演じれば、役を通じて父に宣言することができると言われ、夢を宣言する勇気をつけるためにも、ボルドに参加する決意をする。
演技を駆使して、さまざまな困難を乗り越える仁太たち。
葛藤しながらも、懸命に夢を追う少年たちの物語。
ホスト科のお世話係になりました
西羽咲 花月
児童書・童話
中2の愛美は突如先生からお世話係を任命される
金魚かな? それともうさぎ?
だけど連れてこられた先にいたのは4人の男子生徒たちだった……!?
ホスト科のお世話係になりました!
おっとりドンの童歌
花田 一劫
児童書・童話
いつもおっとりしているドン(道明寺僚) が、通学途中で暴走車に引かれてしまった。
意識を失い気が付くと、この世では見たことのない奇妙な部屋の中。
「どこ。どこ。ここはどこ?」と自問していたら、こっちに雀が近づいて来た。
なんと、その雀は歌をうたい狂ったように踊って(跳ねて)いた。
「チュン。チュン。はあ~。らっせーら。らっせいら。らせらせ、らせーら。」と。
その雀が言うことには、ドンが死んだことを(津軽弁や古いギャグを交えて)伝えに来た者だという。
道明寺が下の世界を覗くと、テレビのドラマで観た昔話の風景のようだった。
その中には、自分と瓜二つのドン助や同級生の瓜二つのハナちゃん、ヤーミ、イート、ヨウカイ、カトッぺがいた。
みんながいる村では、ヌエという妖怪がいた。
ヌエとは、顔は鬼、身体は熊、虎の手や足をもち、何とシッポの先に大蛇の頭がついてあり、人を食べる恐ろしい妖怪のことだった。
ある時、ハナちゃんがヌエに攫われて、ドン助とヤーミがヌエを退治に行くことになるが、天界からドラマを観るように楽しんで鑑賞していた道明寺だったが、道明寺の体は消え、意識はドン助の体と同化していった。
ドン助とヤーミは、ハナちゃんを救出できたのか?恐ろしいヌエは退治できたのか?
山姥(やまんば)
野松 彦秋
児童書・童話
小学校5年生の仲良し3人組の、テッカ(佐上哲也)、カッチ(野田克彦)、ナオケン(犬塚直哉)。
実は3人とも、同じクラスの女委員長の松本いずみに片思いをしている。
小学校の宿泊研修を楽しみにしていた4人。ある日、宿泊研修の目的地が3枚の御札の昔話が生まれた山である事が分かる。
しかも、10年前自分達の学校の先輩がその山で失踪していた事実がわかる。
行方不明者3名のうち、一人だけ帰って来た先輩がいるという事を知り、興味本位でその人に会いに行く事を思いつく3人。
3人の意中の女の子、委員長松本いずみもその計画に興味を持ち、4人はその先輩に会いに行く事にする。
それが、恐怖の夏休みの始まりであった。
山姥が実在し、4人に危険が迫る。
4人は、信頼する大人達に助けを求めるが、その結果大事な人を失う事に、状況はどんどん悪くなる。
山姥の執拗な追跡に、彼らは生き残る事が出来るのか!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる