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「あなた、タクマくんっていう子の友だち?」
「いえ、その子のお兄ちゃんと友だちです」
どうしてそんなことを聞くんだろう。首をかしげていると、メガネのおばさんはためらいがちに言った。
「じゃあ、お兄ちゃんに伝えてもらえないかな? タクマくん、ちゃんと体を洗ってあげたほうがいいって。そばを通った時、たまににおいが気になるの」
もう1人のおばさんも、小さくうなずいた。
「私たちが近づくと、離れて行っちゃうのよ。お兄ちゃんが、タクマくんを引っ張って。だから、においのこと、わかってるとは思うんだけど……」
「人から離れるってことは、学校で何か言われてるのかもね。かわいそう……」
あれこれと言い合うおばさんたちの声は、気まずさからか、蚊の羽音のように弱々しかった。だというのに、私の胸をどうしようもなくえぐった。
えぐられた痛みが消える間もなく、「学校に行きたくない」と泣いていたユウマくんの声が、頭の中によみがえってきた。
学校に行ったら、ちょっとしたことで──「真面目すぎる」というだけでも笑われてしまう。「においが気になる」だなんて、やさしそうなおばさんたちがわざわざ言うくらいだ。クラスの子から、どんなに悲しい言葉を投げつけられたんだろう。
胸の痛みが、ズキンと強くなった。こらえようとして歯を食いしばり、自転車のハンドルを握りしめる。
「どうかした?」
「大丈夫?」
心配そうに声をかけてくれるおばさんたちへ、黙ったまま会釈をする。それから、急いでその場を離れた。
そうしないと、「ユウマくんたちにも、そうやって声をかけてあげればよかったのに」と言ってしまいそうだった。そんなことをしても、おばさんたちにイヤな思いをさせるだけなのに。
教えてもらった道をたどっていくと、タコのすべり台がある公園は、すぐだった。公園を過ぎて、線路に沿って自転車を走らせるうち、駅のアナウンスが聞こえてきた。
「ナカムギ駅ー、ナカムギ駅ー」
アナウンスがだんだん大きくなる。楽しげな発着音も。そして、ついに──。
(あれだ!)
ボロボロの倉庫と、お化け屋敷みたいな空き家に挟まれるようにして、黒いアパートが建っている。
着いた。やっと着いた。安心しすぎてひっくり返りそうになったけれど、ほっぺたをピシャピシャ叩いて踏ん張った。
(ちょっとだけ、おじゃまします)
足音を忍ばせて、アパートの壁へ貼りつけるように自転車を停める。それからひと部屋ずつ、表札を確かめていく。
外廊下を踏むたび、ギシ、ミシ、とイヤな音が鳴る。今にも底が抜けそうな、サビだらけの階段をのぼって──汚くて手すりは触れなかった──2階の、いちばん奥にある表札を見上げた時、私はその場でバンザイをして飛びはねたいのを必死にガマンした。
──東海林。
書いてある。黄ばんで読みにくいけれど、たしかに、ユウマくんの苗字が書いてある! 念のためにメモと見比べてみても、やっぱり同じだ。
興奮と緊張で震える指で、チャイムのボタンを押す。中から足音がして、少しだけドアが開く。
「……はい」
ドアの隙間から、消え入りそうな声がした。
「ユウマくん?」
名前を呼ぶと、ドアをへだてた向こうで、警戒心がふくらんだのを感じた。
「ユウマくん、私だよ。坂本芽衣。ほら、電話の」
怯える子犬へ話しかけるようにして名乗ると、ふくらんだ警戒心をかき消すほどの、大きな驚きが伝わってきた。
「メイさん?」
「うん。遅くなってごめんね」
そう言って、私はじっと待った。ドアが開くのが、当然だと思っていた。
けれど、ドアは開くどころか、むしろ隙間が狭まっていく。
「いえ、その子のお兄ちゃんと友だちです」
どうしてそんなことを聞くんだろう。首をかしげていると、メガネのおばさんはためらいがちに言った。
「じゃあ、お兄ちゃんに伝えてもらえないかな? タクマくん、ちゃんと体を洗ってあげたほうがいいって。そばを通った時、たまににおいが気になるの」
もう1人のおばさんも、小さくうなずいた。
「私たちが近づくと、離れて行っちゃうのよ。お兄ちゃんが、タクマくんを引っ張って。だから、においのこと、わかってるとは思うんだけど……」
「人から離れるってことは、学校で何か言われてるのかもね。かわいそう……」
あれこれと言い合うおばさんたちの声は、気まずさからか、蚊の羽音のように弱々しかった。だというのに、私の胸をどうしようもなくえぐった。
えぐられた痛みが消える間もなく、「学校に行きたくない」と泣いていたユウマくんの声が、頭の中によみがえってきた。
学校に行ったら、ちょっとしたことで──「真面目すぎる」というだけでも笑われてしまう。「においが気になる」だなんて、やさしそうなおばさんたちがわざわざ言うくらいだ。クラスの子から、どんなに悲しい言葉を投げつけられたんだろう。
胸の痛みが、ズキンと強くなった。こらえようとして歯を食いしばり、自転車のハンドルを握りしめる。
「どうかした?」
「大丈夫?」
心配そうに声をかけてくれるおばさんたちへ、黙ったまま会釈をする。それから、急いでその場を離れた。
そうしないと、「ユウマくんたちにも、そうやって声をかけてあげればよかったのに」と言ってしまいそうだった。そんなことをしても、おばさんたちにイヤな思いをさせるだけなのに。
教えてもらった道をたどっていくと、タコのすべり台がある公園は、すぐだった。公園を過ぎて、線路に沿って自転車を走らせるうち、駅のアナウンスが聞こえてきた。
「ナカムギ駅ー、ナカムギ駅ー」
アナウンスがだんだん大きくなる。楽しげな発着音も。そして、ついに──。
(あれだ!)
ボロボロの倉庫と、お化け屋敷みたいな空き家に挟まれるようにして、黒いアパートが建っている。
着いた。やっと着いた。安心しすぎてひっくり返りそうになったけれど、ほっぺたをピシャピシャ叩いて踏ん張った。
(ちょっとだけ、おじゃまします)
足音を忍ばせて、アパートの壁へ貼りつけるように自転車を停める。それからひと部屋ずつ、表札を確かめていく。
外廊下を踏むたび、ギシ、ミシ、とイヤな音が鳴る。今にも底が抜けそうな、サビだらけの階段をのぼって──汚くて手すりは触れなかった──2階の、いちばん奥にある表札を見上げた時、私はその場でバンザイをして飛びはねたいのを必死にガマンした。
──東海林。
書いてある。黄ばんで読みにくいけれど、たしかに、ユウマくんの苗字が書いてある! 念のためにメモと見比べてみても、やっぱり同じだ。
興奮と緊張で震える指で、チャイムのボタンを押す。中から足音がして、少しだけドアが開く。
「……はい」
ドアの隙間から、消え入りそうな声がした。
「ユウマくん?」
名前を呼ぶと、ドアをへだてた向こうで、警戒心がふくらんだのを感じた。
「ユウマくん、私だよ。坂本芽衣。ほら、電話の」
怯える子犬へ話しかけるようにして名乗ると、ふくらんだ警戒心をかき消すほどの、大きな驚きが伝わってきた。
「メイさん?」
「うん。遅くなってごめんね」
そう言って、私はじっと待った。ドアが開くのが、当然だと思っていた。
けれど、ドアは開くどころか、むしろ隙間が狭まっていく。
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