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28 雨がやんだ
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「遊ぶことにしてくれない? って……本当は違うことするの? お家の人にうそをつくってこと?」
「うん……美咲と、公園で遊んでることにしたいの。美咲の家からちょっと離れたところ。私がいつも自転車で行く公園。……ダメ?」
そっと尋ねると、美咲は肩をすくめた。
「ダメも何も、今は雨だよ。『公園に行く』だなんて、変でしょ」
「あ、そっか……」
美咲と遊ぶと言えば、自転車で家を出ても不自然じゃない。お母さんをごまかせる。そうしたら、ユウマくんの家へ行けると思ったのに。
ガックリうなだれて、地面を見て──私は息をのんだ。
水たまりの、波紋がない。
耳をすませると、絶え間なくカサを打っていた、パラパラという音も消えている。
そういえば、何か変だと思っていたら、私の肩や髪はほとんど濡れていない。さっき、大きくカサがずれてしまったのに。
「あ! 雨、やんだね」
美咲が声を上げた。やれやれと笑いながら、青いカサをたたんでいる。
私もカサをたたむと、一面の灰色雲の中に、ぽつんと青い空を見つけた。
これなら、「公園で遊んでくる」とお母さんにうそをついても、おかしくない。
「それで……本当はどこに行くの? 芽衣」
美咲へ目を戻すと、顔がいたずらっ子のように輝いている。
「今なら、公園で私と遊ぶことにできるけど」
「いいの? 美咲」
「ちょっと宿題やってから、鉄棒の練習でもしてるよ」
ありがとう! と言いかけた私の前に、美咲の人差し指が突き出される。
「ただし! どこに行くか教えてくれたらね」
「……誰にも言わない?」
「言わない! 絶対!」
美咲の顔が、さらに輝く。私はちょっと不安になった。新しいお父さんの愚痴を、私なんかにベラベラ話すくらいだ。家に帰って、おばさんにしゃべってしまったらどうしよう。
そう思ったけれど、美咲の輝きの中から、「友だちの役に立ててうれしい」という気持ちが伝わってきた。
その気持ちが、今の私には、とてもよくわかった。
美咲なら大丈夫だ。本当のことを言って、力を貸してもらおう。
「あのね、美咲。私、さっき言った友だちのところに行きたいの。謝りたいことがあるの」
それに、これからジソウの人が来ることを教えてあげないと。
「あれ? でも、その子と会えないって言ってなかった?」
「会えないっていうか……会いに行くのを、お母さんが許してくれそうにないんだ」
その友だちに会いに行くと正直に告げたら、家から出してもらえないだろう。だから、うそをつくしかない。
そう言うと、美咲の眉が、ぴょんとはねた。
「そこまでされるの⁉︎ うへー……その友だち、何者?」
「別に……ふつうの子だよ」
美咲は納得いかないような顔をしたけれど、それが私の、ユウマくんへの正直な感想だった。ユウマくんは頑張り屋で、寂しがり屋の、ふつうの男の子だ。
「それでね。もしお母さんが、私のケータイから美咲に電話してきたら、『一緒に遊んでる』って言ってくれないかな? 行って帰るまでに、たぶん2時間もかからないから……」
手を合わせて頭を下げると、美咲はためらいがちに尋ねてきた。
「あぶないこと、しないよね?」
「大丈夫。その子に謝ったら、すぐに帰る」
「……じゃ、いいよ。おばさんから電話があったら、『芽衣と一緒だ』って言っとく」
「ありがとう!」
叫んで、すぐに私は駆け出した。走りながら美咲に手を振って、田んぼの横を通り、住宅街を抜けて、自分の家へ飛びこむ。
「ただいまっ!」
乱暴に靴を脱ぎ捨てて、2階へ駆け上がる。自分の部屋に入ったところで、お母さんの声が追いかけてきた。
「芽衣! 何をバタバタしてるの?」
「ごめんなさい!」
怒鳴り返しながら、ランドセルを床へ投げ落とす。
(そうだ。一応、メモを書き直しておこう。黒いアパートに、東と海と林……)
ランドセルの筆箱から鉛筆を出して、紙を探す。そういえば、便箋を買ったまま、使わずにしまってあったっけ。
学習机の引き出しの奥から、小鳥のイラストが印刷された便箋を取り出す。
まっさらなビニール袋の中には、一緒に封筒も収まっている。それが目に入った時、ふと考えた。
(もう、ユウマくんと電話はできないけど、手紙なら……)
だけど、私の連絡先なんてユウマくんに必要だろうか。私には、何の力もないのに。
急に怖くなって、指が硬直した。逃げるように窓の外へ目をやる。空はまだ、灰色の雲に覆われている。
けれど、その切れ間から、太陽の光が漏れてきた。白い光の筋を見つめていると、ユウマくんの声がよみがえってきた。
── 今は、前よりも楽しい。
──友だちがいるから。
あの時の、雲間に青空を見つけたかのような明るい声が、「力があってもなくても、ぼくたちは友だちじゃないか」と、背中を押してくれたような気がした。
じわり、と指の硬直がとけた。私は、ビニールの袋を開封した。便箋を2枚取り出して、1枚には、黒いアパート、東海林……と書きつけていく。
もう1枚には、自分の郵便番号と住所、それから「坂本芽衣」と書いた。
それぞれを折りたたんで、ズボンのポケットに突っこむ。自転車のカギを手に取って、1階へ降りると、階段の下でお母さんが腕組みをして、こっちを睨みつけていた。
「うん……美咲と、公園で遊んでることにしたいの。美咲の家からちょっと離れたところ。私がいつも自転車で行く公園。……ダメ?」
そっと尋ねると、美咲は肩をすくめた。
「ダメも何も、今は雨だよ。『公園に行く』だなんて、変でしょ」
「あ、そっか……」
美咲と遊ぶと言えば、自転車で家を出ても不自然じゃない。お母さんをごまかせる。そうしたら、ユウマくんの家へ行けると思ったのに。
ガックリうなだれて、地面を見て──私は息をのんだ。
水たまりの、波紋がない。
耳をすませると、絶え間なくカサを打っていた、パラパラという音も消えている。
そういえば、何か変だと思っていたら、私の肩や髪はほとんど濡れていない。さっき、大きくカサがずれてしまったのに。
「あ! 雨、やんだね」
美咲が声を上げた。やれやれと笑いながら、青いカサをたたんでいる。
私もカサをたたむと、一面の灰色雲の中に、ぽつんと青い空を見つけた。
これなら、「公園で遊んでくる」とお母さんにうそをついても、おかしくない。
「それで……本当はどこに行くの? 芽衣」
美咲へ目を戻すと、顔がいたずらっ子のように輝いている。
「今なら、公園で私と遊ぶことにできるけど」
「いいの? 美咲」
「ちょっと宿題やってから、鉄棒の練習でもしてるよ」
ありがとう! と言いかけた私の前に、美咲の人差し指が突き出される。
「ただし! どこに行くか教えてくれたらね」
「……誰にも言わない?」
「言わない! 絶対!」
美咲の顔が、さらに輝く。私はちょっと不安になった。新しいお父さんの愚痴を、私なんかにベラベラ話すくらいだ。家に帰って、おばさんにしゃべってしまったらどうしよう。
そう思ったけれど、美咲の輝きの中から、「友だちの役に立ててうれしい」という気持ちが伝わってきた。
その気持ちが、今の私には、とてもよくわかった。
美咲なら大丈夫だ。本当のことを言って、力を貸してもらおう。
「あのね、美咲。私、さっき言った友だちのところに行きたいの。謝りたいことがあるの」
それに、これからジソウの人が来ることを教えてあげないと。
「あれ? でも、その子と会えないって言ってなかった?」
「会えないっていうか……会いに行くのを、お母さんが許してくれそうにないんだ」
その友だちに会いに行くと正直に告げたら、家から出してもらえないだろう。だから、うそをつくしかない。
そう言うと、美咲の眉が、ぴょんとはねた。
「そこまでされるの⁉︎ うへー……その友だち、何者?」
「別に……ふつうの子だよ」
美咲は納得いかないような顔をしたけれど、それが私の、ユウマくんへの正直な感想だった。ユウマくんは頑張り屋で、寂しがり屋の、ふつうの男の子だ。
「それでね。もしお母さんが、私のケータイから美咲に電話してきたら、『一緒に遊んでる』って言ってくれないかな? 行って帰るまでに、たぶん2時間もかからないから……」
手を合わせて頭を下げると、美咲はためらいがちに尋ねてきた。
「あぶないこと、しないよね?」
「大丈夫。その子に謝ったら、すぐに帰る」
「……じゃ、いいよ。おばさんから電話があったら、『芽衣と一緒だ』って言っとく」
「ありがとう!」
叫んで、すぐに私は駆け出した。走りながら美咲に手を振って、田んぼの横を通り、住宅街を抜けて、自分の家へ飛びこむ。
「ただいまっ!」
乱暴に靴を脱ぎ捨てて、2階へ駆け上がる。自分の部屋に入ったところで、お母さんの声が追いかけてきた。
「芽衣! 何をバタバタしてるの?」
「ごめんなさい!」
怒鳴り返しながら、ランドセルを床へ投げ落とす。
(そうだ。一応、メモを書き直しておこう。黒いアパートに、東と海と林……)
ランドセルの筆箱から鉛筆を出して、紙を探す。そういえば、便箋を買ったまま、使わずにしまってあったっけ。
学習机の引き出しの奥から、小鳥のイラストが印刷された便箋を取り出す。
まっさらなビニール袋の中には、一緒に封筒も収まっている。それが目に入った時、ふと考えた。
(もう、ユウマくんと電話はできないけど、手紙なら……)
だけど、私の連絡先なんてユウマくんに必要だろうか。私には、何の力もないのに。
急に怖くなって、指が硬直した。逃げるように窓の外へ目をやる。空はまだ、灰色の雲に覆われている。
けれど、その切れ間から、太陽の光が漏れてきた。白い光の筋を見つめていると、ユウマくんの声がよみがえってきた。
── 今は、前よりも楽しい。
──友だちがいるから。
あの時の、雲間に青空を見つけたかのような明るい声が、「力があってもなくても、ぼくたちは友だちじゃないか」と、背中を押してくれたような気がした。
じわり、と指の硬直がとけた。私は、ビニールの袋を開封した。便箋を2枚取り出して、1枚には、黒いアパート、東海林……と書きつけていく。
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それぞれを折りたたんで、ズボンのポケットに突っこむ。自転車のカギを手に取って、1階へ降りると、階段の下でお母さんが腕組みをして、こっちを睨みつけていた。
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