友だちは君の声だけ

山河 枝

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12 かかってこない電話

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 朝、目が覚めた私は、ベッドからモソモソと降りて、ケータイを確認した。7時9分。ユウマくんからの着信はない。

(……それもそうか。ユウマくんも起きたばっかりだろうし)

 まだ少し寝ぼけた頭で、Tシャツとズボンに着替える。
 1階に降りて、朝ごはんを食べる。
 郵便受けから新聞を取ってくる。
 新聞のクロスワードを解く。

 それぞれの合間に自分の部屋へ戻って、桜色のケータイを確認したけれど、うんともすんとも言わない。
 着信履歴さえ、残っていない。
 
(ユウマくん、すぐ電話してくると思ったのに)

 ケータイを学習机のすみに置いて、宿題をしていると、1階からお母さんの声が飛んできた。

「芽衣、降りといで! お昼ごはんよー」
「えっ! もう⁉︎」
「もうって……今、1時半よー?」
「あ、そ、そうだね!」

 もうお昼過ぎなのか。ケータイを気にしていたら、いつの間にか時間が経っていたらしい。

(ユウマくん……今日は、お腹空かせてるよね。あ、明日もか)

 ユウマくんが1日に買うお弁当は、2つ。朝と夜の分。昼は給食があるから。
 だけど、土日は学校がない。つまり、給食もない。

(ガマンしてるんだろうな……ていうか、夏休みとか、ものすごくお腹減るよね。辛そう……)

 私は今から、お母さんの作ったお昼ごはんを食べるのに。

 息を吐き出して、また吸いこむ。ごま油や香辛料の匂いが、ほのかに香った。たぶんラーメンだ。
 ラーメンといえば、この間、お姉ちゃんの真似をしてバターをひとかけら入れてみたら、めちゃくちゃおいしかった。

(おいしかったけど……今日は、やめようかな)

 宿題のプリントの上に、鉛筆をぽいと転がして、部屋を出た。

 リビングに降りると、席についたお姉ちゃんが、テーブルにベタっと突っ伏していた。右手にはお箸を握っている。

「ごめんね、舞衣。ラーメン、すぐによそうから」
「お母さん、遅いよー。お腹空いたあ……」

 文句を言うなら、手伝えばいいのに。だらけた背中に、なんとなく腹が立った。

 テーブルに近づくと、食器棚からラーメンどんぶりを取り出していたお母さんが、こっちを見て「あ」と言った。

「芽衣もごめんね。お昼ごはん、遅くなって。コンビニの近くでミーちゃんのお母さんと会って、つい話しこんじゃった」
「……ううん」

 私はリビングのテーブルを素通りして、台所へ向かった。

「あれ? 芽衣?」

 不思議そうにこっちを見ているお姉ちゃんを無視して、食器棚から、お母さんとお父さん、自分のお箸を出していく。

「あら! ありがと」
「うわっ、珍しい! 何も言われてないのに」

 お母さんとお姉ちゃんが、同時に叫ぶ。昔なら「ふふん」って笑ったかもしれないけれど、今は少しもうれしいと思えなかった。

(ユウマくんは、掃除とか洗濯もしてるんだよね。毎日、毎日)

 私は、こんなことしかできない。情けない気持ちでテーブルにお箸を並べていると、お父さんもリビングに降りてきた。

「お、芽衣がお箸出してくれたのか。ありがとうな」

 目の端をしわだらけにして、にこにこしている。お姉ちゃんのしわは、眉間に寄っているけれど。
 お姉ちゃんは頬をふくらませて「ぶう」と言った。

「どうせ私は自己中ですよー、自分のお箸しか出してませんよ!」
「まあまあ、舞衣はさっきまで勉強をがんばってたんだろ? それだって充分、立派なことだぞ」
「だよね!」

 テーブルにあごを乗せていたお姉ちゃんは、ガバッと起き上がった。半分死んでいた目が、もう生き生きとしている。

「そうなんだよ、がんばってるんだよ! がんばってがんばって、この間の英単語テストは92点だったの!」
「えっ! すごいじゃないか!」
「うそっ、舞衣が⁉︎」

 お父さんと一緒に、お母さんも目を丸くする。

「芽衣も算数がんばらないと。もう4年生なんだから、しっかりね。……はい、お待ちどうさま」

 全員のラーメンがテーブルに並ぶ。みんなで「いただきます」と手を合わせる。

 すき通った茶色のスープに沈む、ちぢれた麺をお箸でつまむ。ついてきたモヤシと一緒に口へ入れると、しょうゆと魚のだし、ごま油やコショウ……いろんな味が舌の上に広がった。

 壁の時計を見ると、もう1時40分だ。
 みんな、お腹が空いていたんだろう。このあと予定はないはずなのに、せかせかと麺をすすっている。特にお姉ちゃんがすごい。掃除機で吸いこむような勢いで食べている。

 ノロノロと食べているのは、私1人。

(ユウマくん、どうしてるんだろ。今、電話をかけてくれてるのかなあ)

 気になってお箸が進まないでいると、お母さんが、

「芽衣、またボーッとして。ラーメン伸びるわよ」

 と、ため息をついた。

 なみなみとラーメンの満ちるどんぶりから、顔を上げる。みんなは、もう半分くらい食べ終わっていた。
 私は、慌ててチャーシューを口に詰めこんだ。

 空になったどんぶりをシンクへ運び終えると、ひと呼吸も置かずに自分の部屋へ戻った。
 桜色のケータイを確認する。電話は、かかってきていない。

 私は待った。待って待って、待ち続けていたら、とうとう夜になってしまった。
 遅い時間にかかってきても出られるように、ケータイを手にベッドへ入る。がんばって起きていようと思ったのに、気がついた時には、カーテンの隙間から朝の光が差しこんでいた。

 私は、目をこすりながらケータイの着信履歴を見た。
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