神様になった私、神社をもらいました。 ~田舎の神社で神様スローライフ~

きばあおき

文字の大きさ
上 下
41 / 46

祓い屋

しおりを挟む
 赤岩神社の神主は佐伯という。彼は五十代半ばだろうか、父が生きていればこのくらいのオジサンだったなと思える風貌だ。

ほっそりとした体格に白髪交じりの短髪。いかにも神職らしいワイシャツにスラックス姿のこざっぱりとしたイケオジだ。

今日は葉介にも同席して貰い、白蛇山神社の拝殿をお借りして話を聞くというていになっていた。

きりがお茶を三人分淹れて皆で一口飲んだ後、世間話から会談は始まった。
「すみません。わざわざこんな田舎まで来て頂いて」

「いえ、新幹線もありますし、近いものですよ。東京のあと新潟に寄る予定でしたから。それより新潟からの帰りの方が憂鬱なくらいで」

「そうでしたか。無理してお立ち寄り頂いたのかと心配していました」

「私なら大丈夫です。元より全国を飛び回る仕事でしたし。今回電話に出られたのは本当に偶然でした。いつも神社はほったらかしだったんですよ。

それより、佐藤さん。ご両親のことは本当に残念でなりません。葬儀は私も参列しましたが、お嬢さんに話しておかないとならない事があったのです。話して良いことなのか悪いことなのか考えあぐねたままになってしまって、ずっと気にしていたのです」

佐伯は少しうつむき、言葉を選びながら喋っている様子だった。

「あの、佐伯さんとうちの父はどのような関係だったのですか?」

「シゲ……、ご両親とは古い付き合いでした。私たち三人は大学の同期なのです」

「あぁそれで。あの、両親が亡くなるちょっと前、何度かいらしてましたよね。父から近所の神主さんだと言うことしか聞いていなかったのですが、それだけのヒントで調べてご連絡したんです」

「そうでしたか。あの、お嬢さん。お父さんから仕事の話って聞いたことありますか?」

佐伯は顔を上げてまっすぐ私の目を見ている。その瞳は少し不安混じりの中年男性のもので、私は深酔いしたときの少し不安げな父を思い出してしまう。

「それが、一度も仕事の話はしてくれなかったんです。佐伯さんなら知っているかもしれないと思っていましたが、三人は同じ仕事をしていたんですか? それってどんな……」

「あのっ! これから話すことは信じがたい事かも知れません。今まで彼らがお嬢さんにも話していなかったのは絶対に巻き込みたくなかったんだと思います」

「そんなに危険な仕事だったんですか?」

佐伯は少し身を乗り出し、辺りを見回してからお茶を一口飲んだ。

「私達の仕事は、祓い屋だったのです」

「祓い屋……って、あの、霊能力者とかの」

まさかの仕事名だった。
普通の主婦と思っていた母と酒好きでだらしない父。それが祓い屋って。
アングラな響きを持つその職業は、私のイメージでは詐欺師だ。

「テレビでやっているような、幽霊が視えて、それを祓うというものではうりませんよ。
私の家が少し古くて、『物恠もののけ退いて貰う言葉を使う仕事』、を祓い屋と呼んでいます」

「モノノケですか」

「モノノケと言っても色々ありますが、私達は特に神の部類に入る強力なモノノケと交信し、機嫌を取って穏便に離れて貰う仕事をしていました。
先祖代々そのための手法を確立していて、あなたのお父さんは儀式の準備、お母さんは巫女の役目をおこなっていました」

私は息を呑んだ。佐伯の言うモノノケ、神と呼ばれるそれは一体なんなのだろうか。それと交渉して去って貰うなど、どう考えても危険だ。

「それってかなり危険なことじゃないんですか?」

「この話を信じてくれますか。普通、笑われるでしょう」

佐伯は自嘲気味に小さく呟いたが、私が信じないわけはない。モノノケと言ったら大蛇の山神が最たるものだろうし。

「信じますよ。でも私の両親にそんな事ができたんですか」

「私はモノノケの意志を感じることぐらいまではできますが、祓い屋は本来技術だけでもできるのです。モノノケの行動は論理的です。手順通りに儀式をおこなえばそのとおりに反応します。私の家に伝わるその技術を研究してきた三人だからできたのです」

神道の儀式もそのような感じだ。神社を祀るはふりの一族だって視える必要は無い。手順通りにお祀りしておけば神の祟りを受けることなく鎮められるのだ。

「そんなシステマチックにできるはずないですよ!」
葉介が声を上げた。

「モノノケって言うんですか、あれの意志は人が理解出来て制御できるとは思えないですよ」

「私の家系は代々それに成功してきました。少なくとも私が関わったものの半数はモノノケが原因でしたよ。もちろん、定型の儀式では通じないものもいましたが、あれの行動には規則性があると思っています」

佐伯は落ち着いて答え、葉介は渋々引き下がった。
私は少し話を変えてその場を取り繕う。

「その仕事って結構忙しかったりするんですか?」

「はい。実際私達の収入はすべて、依頼されたその仕事から入っていました」

「はぁぁ、まったく想像もしていませんでした。うちの両親が。祓い屋……」

「そして、これから話すことが重要なのですが、今でも悔やまれる大失敗をしてしまったのです」

佐伯は悔しさとも怒りともつかぬ表情をしていた。

その失敗についての話は、私にも理解出来る大問題をはらんでいた。


 山に国道を通すため、古くから在る祠の移転をしたい。神様に了承を得て欲しいという役場依頼の祀り事があった。

神鎮かみしずめの祝詞、移転をお伝えし、神饌しんせんの奉納と、儀式は苦労の末に成就した。

あとは受け入れの儀式をやる手はずを整えていた街の神社に、役場が祠を丁重に移動させる予定になっており、仕事は終わったはずだった。

しかし、半年ほどして受け入れ先の神主が怒って連絡をしてきた。
いつになったら祠を持ってくるのだと。

私達は驚いた。役場の責任者に移転が進んでいないのは何故だと問い合わせたところ、祠は取り壊したので移転の話はとっくに終わっていると。

私達に頼んだのは祠の取り壊しをするから一応それっぽい儀式を形だけしてくれれば良いというつもりで依頼した。思ったより金額が高かったので予算を超えてしまい大変だったと。
役場の人間は祓い屋の仕事は形だけのものだと考えていたのだ。

私達三人は青くなった。
祓い屋が最もやってはいけないこと。神を騙したのだ。

あの祠には強いモノノケ、いや神と呼ばれるだけの力を持ったものが間違いなく存在していた。

力の大きさに危険を感じつつも良い場所を用意したので移動して頂きたいと頼み込んだ。

神は拒否した。

一日の予定が三日に伸びた。
毎日新しい神饌を奉納し続け、神を讃える祝詞を唱え、私達は神の信頼を得てなんとか了承が得られたのだ。

それなのに……。

間違いなく私達は神に祟られる。神罰を受けなくてはならない。

とはいえ、祟りを回避する儀式もある。

そのためには神の名前を特定する必要があった。

佐藤夫妻は神名を特定することができる高名な卜占家ぼくせんかに会いに行き、私達に掛けられた祟りを那須神の名前を占って貰いに出かけた。
佐伯は赤岩神社に残り、神名が分かり次第、儀式がおこなえるよう準備をしていた。
夜遅くにゆかりの父は電話で神名を伝えてきた。

佐伯はただちに神名を使って、遷却崇神詞たたるかみをうつしやることばの儀式をおこなった。

『たたるかみをうつしやることば』とは、災の原因となる神を祀り、怒りを鎮めてもらい、天に遷すことを目的とした儀式だった。

佐伯がその儀式をおこなっている間、帰宅の途についた佐藤夫妻は山道で事故に遭い帰らぬ人となっていた。

祟りは始まってしまった。
関係者の一族が死に絶えるまでそれは続くはずだ。

佐伯は家の古文書から祟りから逃れるための秘伝を捜し出し、一昼夜に渡る儀式をおこなったが、その最中、同居していた妻と子が原因不明の死を遂げてしまった。

その頃ゆかりは遠方で独り暮らしをしていたため、祟りの発現が遅れているのか、祟られなかったのか、何事も起きていない。

佐伯本人は祟り避けの秘伝により、神の眼から未だに見つからず逃れ続けている――。

 私はこの話を聞いてぞっとした。
もしかしたら私の死因は祟りが関係しているのでは無いだろうか。
佐伯は知らないが、私は事故死していたのだ。

よくよく考えてみれば、神社の鳥居が倒れるなんて事があるのか。
しかもヒルメがその原因を祟りの実行によるものであると気がつかないなんてことがあるのだろうか。

「佐伯さん、その神様の名前って」

「口に出すことは出来ません。あなたもこの神名は口にしないようにしてください」

佐伯は手帳を取り出し、ボールペンでその名前を書いた。

私は書かれてゆく文字を目で追っているうちに鳥肌が立っていた。

書かれていた文字は「夜刀神」だった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

生まれる世界を間違えた俺は女神様に異世界召喚されました【リメイク版】

雪乃カナ
ファンタジー
世界が退屈でしかなかった1人の少年〝稗月倖真〟──彼は生まれつきチート級の身体能力と力を持っていた。だが同時に生まれた現代世界ではその力を持て余す退屈な日々を送っていた。  そんなある日いつものように孤児院の自室で起床し「退屈だな」と、呟いたその瞬間、突如現れた〝光の渦〟に吸い込まれてしまう!  気づくと辺りは白く光る見た事の無い部屋に!?  するとそこに女神アルテナが現れて「取り敢えず異世界で魔王を倒してきてもらえませんか♪」と頼まれる。  だが、異世界に着くと前途多難なことばかり、思わず「おい、アルテナ、聞いてないぞ!」と、叫びたくなるような事態も発覚したり──  でも、何はともあれ、女神様に異世界召喚されることになり、生まれた世界では持て余したチート級の力を使い、異世界へと魔王を倒しに行く主人公の、異世界ファンタジー物語!!

『転生したら「村」だった件 〜最強の移動要塞で世界を救います〜』

ソコニ
ファンタジー
29歳の過労死サラリーマン・御影要が目覚めたのは、なんと「村」として転生した姿だった。 誰もいない村の守護者となった要は、偶然迷い込んできた少年リオを最初の住民として迎え入れ、徐々に「村」としての力を開花させていく。【村レベル:1】【住民数:0】【スキル:基本生活機能】から始まった異世界生活。

異世界転生したので森の中で静かに暮らしたい

ボナペティ鈴木
ファンタジー
異世界に転生することになったが勇者や賢者、チート能力なんて必要ない。 強靭な肉体さえあれば生きていくことができるはず。 ただただ森の中で静かに暮らしていきたい。

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

黄金の魔導書使い  -でも、騒動は来ないで欲しいー

志位斗 茂家波
ファンタジー
‥‥‥魔導書(グリモワール)。それは、不思議な儀式によって、人はその書物を手に入れ、そして体の中に取り込むのである。 そんな魔導書の中に、とんでもない力を持つものが、ある時出現し、そしてある少年の手に渡った。 ‥‥うん、出来ればさ、まだまともなのが欲しかった。けれども強すぎる力故に、狙ってくる奴とかが出てきて本当に大変なんだけど!?責任者出てこぉぉぉぃ!! これは、その魔導書を手に入れたが故に、のんびりしたいのに何かしらの騒動に巻き込まれる、ある意味哀れな最強の少年の物語である。 「小説家になろう」様でも投稿しています。作者名は同じです。基本的にストーリー重視ですが、誤字指摘などがあるなら受け付けます。

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?

はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、 強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。 母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、 その少年に、突然の困難が立ちはだかる。 理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。 一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。 それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。 そんな少年の物語。

転生したらスキル転生って・・・!?

ノトア
ファンタジー
世界に危機が訪れて転生することに・・・。 〜あれ?ここは何処?〜 転生した場所は森の中・・・右も左も分からない状態ですが、天然?な女神にサポートされながらも何とか生きて行きます。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初めて書くので、誤字脱字や違和感はご了承ください。

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語

Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。 チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。 その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。 さぁ、どん底から這い上がろうか そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。 少年は英雄への道を歩き始めるのだった。 ※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。

処理中です...