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神様の賠償
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気がつくと私は白い空間に立っていた。目の前には白い光の人型が見える。
「そなたには神威の無い神が迷惑を掛けたな。詫びをせねばなるまい」
重厚な女性の声が響く。
「あ、あのここはどこなのですか? 私はどうしてここにいるのですか?
あっ! 買ってきた酒が無いっ!」
いきなりこのような尊い感じの存在に詫びを入れられても、何が何やら分からない。
私は何故こんな場所にいるのか、一体目の前の人物は誰なのか。
「我が分霊は神社を治める仕事をおざなりにし、神威を失い、あろうことか我ら神々の神域を示す鳥居によってそなたを死なせてしまった。
護る立場である者のすることではない。
彼の者は神格を無くし、追放とした。
またそなたを高天原に住まわせることを許す。これでよいな」
声の主は自分が出した代替案を受け入れるのが当然と思っているようだ。
声の感じから一切の感情が読み取れなかった。
「死なせた? 私、死んだんですかっ!! ええええーーーーっ、これからお金持ちなイケメン次男坊と結婚して高級マンションで悠々自適生活を送るはずだった私が死んだって言うんですかっ!!!」
「そ、それは益々すまなかったな。しかし、そのまま黄泉の国へ行くところを特別待遇で高天原に住む資格を与えるのだ。それでよいな?」
「いやいや、私、神社の神様にサツガイされたんですよね? それってあんまりじゃないですか。
さっきだって五百円もお賽銭をあげたのに、なんの罪もない私がサツガイされちゃう人生だなんて、あんまりだぁぁぁ」
「あいわかった、ではそなたを神々の縁者として迎えよう」
「神々の縁者? 私は生きて家に帰りたいのですが」
既に私の口は、アルコール度数が高いシュワシュワを一気飲みする口になっていたのだ。
早く帰ってくつろぎたい。死んでいたとしても。
それにこれは夢だろう。
夢ならせっかくの機会だ、田舎のスローライフは今の生活からの逃げだ。
それなら私の最高願望を叶えて貰おうじゃないか。
「残念ながら生きて返すことはできぬのだ。そなたを縁者とし、神格を付けて高天原に住まわせる。せめてもの詫びと思ってくれ」
「はぁ、神格、高天原。お話は理解しましたけど、人生は生きてこそですよね、高天原に住むって、そこの高級マンションくれるんですか?
イケメンの神様紹介してくれますか?」
私の意識はくっきりと自分の輪郭を認識できるようになっていたけれど、そんな夢だと思えば怖いものなんかない。
「そなたの神格は、すまんが最も低い。
同格の神々と共に、平和な高天原で田畑を耕し、喰って呑んで騒いで永久に暮らせるのだ。なんとハッピー」
「それって普通の農家じゃないですかー、私が昔暮らしてたところとおんなじですよ!」
たぶん高天原にはジャスコぐらいしか無いんだろう。
私は意識と身体がはっきりと、ここは本来いるべき場所ではないことを理解していた。
「そうだ、きりがウチで留守番しているんですよ、家に病気の猫がいるんです。
とにかく、私はあの子と暮らしていかなくちゃならないので、下界へ戻してくださいねっ」
「ふうむ、どうしても下界で暮らしたいと申すのだな。よかろう。望みは叶えてやらねばならぬ」
「ありがとうございます。それじゃ私は帰れるってことで」
「まて、そなたに末社ではあるが、神社を与える。下界にて神威を示すことを認めよう」
「神社? 私に? 別にいらないんですけど」
「神が下界に降りるならば、神威を持たねばその力共々消えてしまう。
だが神社を持ち、その地が栄えることで、そなたの存在は強くなり、神威は大きくなる。
その役目を果たさねば神格を外し、黄泉へ送るほかない」
「えーっ、もとの生活を取り戻すのに条件が必要とか、損害賠償請求を訴える神の役所とかありませんか?」
「ぐぬぬ、なんと面倒な人間に被害を与えてしまったものだ」
「その神社ってあの神社じゃありませんよね」
「無論、あの社はいつか消えるが必定であろう」
欠陥工事神社はお取り潰しってことになったようだ。当然だと思う。
「そうですか。私にくれるというのはどんな神社なのですか?」
「そなたの上司とは違うぞ。
今の住み処からそう離れてはおらぬ。異動も楽々、すぐ近くのこれじゃ」
目の前に神社の映像が浮かんだ。
所々黒いカビだか苔だかで汚れ、元の色がわからなくなった鳥居の奥には、長方形の短い面を正面にした本殿、境内や屋根に雑草が生え放題の小さなお社。
後ろに黒々とした森か山があるようだ。
「うぇぇぇん、高級マンション型神社じゃなーい」
「そんな神社は無いっ、いいからこれを見よ」
映像は神社を高い場所から映したものに切り替わる。
先ほどの森はやはり山だったようだ。
その頂上から太い光の柱が果てしなく伸びている。
「この光は?」
「地力の泉だ。このあたりでは最高ランクだ。我らは地力からも力を与えられる。
しかし、先刻の社などは既に地力が絶えていた。
そこへきて神の怠慢が重なった。
わずかに残った古くからの氏子によって、神社の体を成しているに過ぎなかったのだ。
そなたに与えるこの地は、一度も神域を穢されておらぬ。正統な社だ」
この地力こそが今まで巡ったパワースポットにあるものなのだろう。
その力が強大な土地付き一社建てが貰えるらしい。
建物はくたびれているけど、優良物件なのでは。
「うーん、良さそうなお話ですが、そこに神様はいらっしゃらないのですか?」
「おるが、前より高天原への異動を申し立てておった」
なんだかんだ生前の話そっくりな気もするなぁ、赴任先から高天原への異動願いって。
本社に戻りたい的な?
「それでその場所って、どこにあるのですか」
映像が霧のように消え、目の前に少し歪な日本地図が現れた。
地図の全域に、細い光の柱が無数に立っている。
これが先ほどの地力なのだろう。
「そなたの社はここだ」
指さす先は関東平野のどん詰まり、山と平野の境目あたりだった。
「ぐっ、群馬……、あのですね!」
「そ、そうだ、猫も呼び寄せてやろう。ほれ」
家で留守番をしているはずのきりが目の前でちょこんと座っている。
「あああーっ! きり! 会いたかったよぉぉお」
「本体はそなたの住み処で生の鎖を断ち切った。猫よ、この者の神使となるが良い」
「はい。かみさまありがとうございます。ゆかりさんとずっと一緒にいられて、恩返しができるって聞いて、うれしいです!」
「我が分霊がたった今伝えてきたのだ。この猫は病に苦しむ事もなくなった」
「えーっ! それって死んだってこと??? 私だけじゃ無くきりまでサツガイされたぁぁぁ、ってここに居る? のか」
茶トラ猫なんてみんな同じに見えるが、これはきりだ。と思う。
「おまえ、本当にきりだよね? きりは喋ったりしないよね、でもいま喋ったよ、おまえ、喋れるようになったのかよぉ、うれしいよぅ、身体は痛くないのかい?」
「かみさまのおかげで元気になりました。
ゆかりさん、いままでありがとうございました。
これからはゆかりさんのお手伝いがちゃんとできるように頑張ります」
「うわああぁぁぁ、いいこだよぉ、いいこだぁきりぃぃ、ゆかりさんじゃなくてママって呼んでいいんだよぉ」
寝たきりで身体を動かすことが辛そうだったきりは、毛並みが良くなり元気そうだ。
死んでいるなんて信じられないが、死体をみていないのでそれは生きているということだ。シュレーディンガーのきり、ふふっ。
自分が死んでしまったとしても、天涯孤独の身軽な私は、今までの生活や職場なんかどうでも良かったが、唯一の家族、きりのことだけが心残りだったのだ。
「とりあえず、賠償ってこのくらいで許しますけれども。
これで心置きなく下界に行ける……のかな」
「そうか。ようやく納得してくれたか。では」
「あっ、最後に教えてください。神威って」
「神の力そのものだ。そなたに与えた最初の神威は『夢見』だ。見せたい夢を作り出し、人々に神託を告げられる」
「はい。ほかには?」
「それだけだ」
「それだけ?」
「最初は、と言った。神格が上がれば位階が与えられ、使える神威も増える。
神敵がおった遙かな昔でしか、高位の神威なぞ使えるものではないがな。
下界に住まう高天原の神達は、長きにわたりその地に根付き、己の神域に居座る事のみが存在意義となってしまった。
神威を使い、国の繁栄という役目を忘れておる。
人間に神の役目を与えるのも、彼らの怠惰に波風を立てるものとなるやも知れぬという期待がある」
「こんな時にはなにか魔法みたいなの貰えるのかと思ってたんですけど」
「基本的な神威はそなたの言う魔法のようなものじゃ」
「私に他の神様に対してなにかできるとは思えませんが、まずは下界に帰して貰ってからですね。
あの、神様、お名前を伺ってもよろしいですか」
「ヒルメじゃ」
「ヒルメ様、なにか契約上の瑕疵があった時の連絡方法は?」
「社で祈れ」
「わかりました。今回は色々ありましたけど、お力添えありがとうございました」
「うむ、迷惑を掛けたな。では送る」
「そなたには神威の無い神が迷惑を掛けたな。詫びをせねばなるまい」
重厚な女性の声が響く。
「あ、あのここはどこなのですか? 私はどうしてここにいるのですか?
あっ! 買ってきた酒が無いっ!」
いきなりこのような尊い感じの存在に詫びを入れられても、何が何やら分からない。
私は何故こんな場所にいるのか、一体目の前の人物は誰なのか。
「我が分霊は神社を治める仕事をおざなりにし、神威を失い、あろうことか我ら神々の神域を示す鳥居によってそなたを死なせてしまった。
護る立場である者のすることではない。
彼の者は神格を無くし、追放とした。
またそなたを高天原に住まわせることを許す。これでよいな」
声の主は自分が出した代替案を受け入れるのが当然と思っているようだ。
声の感じから一切の感情が読み取れなかった。
「死なせた? 私、死んだんですかっ!! ええええーーーーっ、これからお金持ちなイケメン次男坊と結婚して高級マンションで悠々自適生活を送るはずだった私が死んだって言うんですかっ!!!」
「そ、それは益々すまなかったな。しかし、そのまま黄泉の国へ行くところを特別待遇で高天原に住む資格を与えるのだ。それでよいな?」
「いやいや、私、神社の神様にサツガイされたんですよね? それってあんまりじゃないですか。
さっきだって五百円もお賽銭をあげたのに、なんの罪もない私がサツガイされちゃう人生だなんて、あんまりだぁぁぁ」
「あいわかった、ではそなたを神々の縁者として迎えよう」
「神々の縁者? 私は生きて家に帰りたいのですが」
既に私の口は、アルコール度数が高いシュワシュワを一気飲みする口になっていたのだ。
早く帰ってくつろぎたい。死んでいたとしても。
それにこれは夢だろう。
夢ならせっかくの機会だ、田舎のスローライフは今の生活からの逃げだ。
それなら私の最高願望を叶えて貰おうじゃないか。
「残念ながら生きて返すことはできぬのだ。そなたを縁者とし、神格を付けて高天原に住まわせる。せめてもの詫びと思ってくれ」
「はぁ、神格、高天原。お話は理解しましたけど、人生は生きてこそですよね、高天原に住むって、そこの高級マンションくれるんですか?
イケメンの神様紹介してくれますか?」
私の意識はくっきりと自分の輪郭を認識できるようになっていたけれど、そんな夢だと思えば怖いものなんかない。
「そなたの神格は、すまんが最も低い。
同格の神々と共に、平和な高天原で田畑を耕し、喰って呑んで騒いで永久に暮らせるのだ。なんとハッピー」
「それって普通の農家じゃないですかー、私が昔暮らしてたところとおんなじですよ!」
たぶん高天原にはジャスコぐらいしか無いんだろう。
私は意識と身体がはっきりと、ここは本来いるべき場所ではないことを理解していた。
「そうだ、きりがウチで留守番しているんですよ、家に病気の猫がいるんです。
とにかく、私はあの子と暮らしていかなくちゃならないので、下界へ戻してくださいねっ」
「ふうむ、どうしても下界で暮らしたいと申すのだな。よかろう。望みは叶えてやらねばならぬ」
「ありがとうございます。それじゃ私は帰れるってことで」
「まて、そなたに末社ではあるが、神社を与える。下界にて神威を示すことを認めよう」
「神社? 私に? 別にいらないんですけど」
「神が下界に降りるならば、神威を持たねばその力共々消えてしまう。
だが神社を持ち、その地が栄えることで、そなたの存在は強くなり、神威は大きくなる。
その役目を果たさねば神格を外し、黄泉へ送るほかない」
「えーっ、もとの生活を取り戻すのに条件が必要とか、損害賠償請求を訴える神の役所とかありませんか?」
「ぐぬぬ、なんと面倒な人間に被害を与えてしまったものだ」
「その神社ってあの神社じゃありませんよね」
「無論、あの社はいつか消えるが必定であろう」
欠陥工事神社はお取り潰しってことになったようだ。当然だと思う。
「そうですか。私にくれるというのはどんな神社なのですか?」
「そなたの上司とは違うぞ。
今の住み処からそう離れてはおらぬ。異動も楽々、すぐ近くのこれじゃ」
目の前に神社の映像が浮かんだ。
所々黒いカビだか苔だかで汚れ、元の色がわからなくなった鳥居の奥には、長方形の短い面を正面にした本殿、境内や屋根に雑草が生え放題の小さなお社。
後ろに黒々とした森か山があるようだ。
「うぇぇぇん、高級マンション型神社じゃなーい」
「そんな神社は無いっ、いいからこれを見よ」
映像は神社を高い場所から映したものに切り替わる。
先ほどの森はやはり山だったようだ。
その頂上から太い光の柱が果てしなく伸びている。
「この光は?」
「地力の泉だ。このあたりでは最高ランクだ。我らは地力からも力を与えられる。
しかし、先刻の社などは既に地力が絶えていた。
そこへきて神の怠慢が重なった。
わずかに残った古くからの氏子によって、神社の体を成しているに過ぎなかったのだ。
そなたに与えるこの地は、一度も神域を穢されておらぬ。正統な社だ」
この地力こそが今まで巡ったパワースポットにあるものなのだろう。
その力が強大な土地付き一社建てが貰えるらしい。
建物はくたびれているけど、優良物件なのでは。
「うーん、良さそうなお話ですが、そこに神様はいらっしゃらないのですか?」
「おるが、前より高天原への異動を申し立てておった」
なんだかんだ生前の話そっくりな気もするなぁ、赴任先から高天原への異動願いって。
本社に戻りたい的な?
「それでその場所って、どこにあるのですか」
映像が霧のように消え、目の前に少し歪な日本地図が現れた。
地図の全域に、細い光の柱が無数に立っている。
これが先ほどの地力なのだろう。
「そなたの社はここだ」
指さす先は関東平野のどん詰まり、山と平野の境目あたりだった。
「ぐっ、群馬……、あのですね!」
「そ、そうだ、猫も呼び寄せてやろう。ほれ」
家で留守番をしているはずのきりが目の前でちょこんと座っている。
「あああーっ! きり! 会いたかったよぉぉお」
「本体はそなたの住み処で生の鎖を断ち切った。猫よ、この者の神使となるが良い」
「はい。かみさまありがとうございます。ゆかりさんとずっと一緒にいられて、恩返しができるって聞いて、うれしいです!」
「我が分霊がたった今伝えてきたのだ。この猫は病に苦しむ事もなくなった」
「えーっ! それって死んだってこと??? 私だけじゃ無くきりまでサツガイされたぁぁぁ、ってここに居る? のか」
茶トラ猫なんてみんな同じに見えるが、これはきりだ。と思う。
「おまえ、本当にきりだよね? きりは喋ったりしないよね、でもいま喋ったよ、おまえ、喋れるようになったのかよぉ、うれしいよぅ、身体は痛くないのかい?」
「かみさまのおかげで元気になりました。
ゆかりさん、いままでありがとうございました。
これからはゆかりさんのお手伝いがちゃんとできるように頑張ります」
「うわああぁぁぁ、いいこだよぉ、いいこだぁきりぃぃ、ゆかりさんじゃなくてママって呼んでいいんだよぉ」
寝たきりで身体を動かすことが辛そうだったきりは、毛並みが良くなり元気そうだ。
死んでいるなんて信じられないが、死体をみていないのでそれは生きているということだ。シュレーディンガーのきり、ふふっ。
自分が死んでしまったとしても、天涯孤独の身軽な私は、今までの生活や職場なんかどうでも良かったが、唯一の家族、きりのことだけが心残りだったのだ。
「とりあえず、賠償ってこのくらいで許しますけれども。
これで心置きなく下界に行ける……のかな」
「そうか。ようやく納得してくれたか。では」
「あっ、最後に教えてください。神威って」
「神の力そのものだ。そなたに与えた最初の神威は『夢見』だ。見せたい夢を作り出し、人々に神託を告げられる」
「はい。ほかには?」
「それだけだ」
「それだけ?」
「最初は、と言った。神格が上がれば位階が与えられ、使える神威も増える。
神敵がおった遙かな昔でしか、高位の神威なぞ使えるものではないがな。
下界に住まう高天原の神達は、長きにわたりその地に根付き、己の神域に居座る事のみが存在意義となってしまった。
神威を使い、国の繁栄という役目を忘れておる。
人間に神の役目を与えるのも、彼らの怠惰に波風を立てるものとなるやも知れぬという期待がある」
「こんな時にはなにか魔法みたいなの貰えるのかと思ってたんですけど」
「基本的な神威はそなたの言う魔法のようなものじゃ」
「私に他の神様に対してなにかできるとは思えませんが、まずは下界に帰して貰ってからですね。
あの、神様、お名前を伺ってもよろしいですか」
「ヒルメじゃ」
「ヒルメ様、なにか契約上の瑕疵があった時の連絡方法は?」
「社で祈れ」
「わかりました。今回は色々ありましたけど、お力添えありがとうございました」
「うむ、迷惑を掛けたな。では送る」
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