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第二章:旅立
第28話:森熊
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第2章:[旅立](7/7)
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フォレストベア。
名前の通り森を住処としている熊型の魔物だ。
動物の熊が基型となり、レベルは最低限で25と高い数値、無役のゴブリンやオークならば比べものにならいくらい相当に強い。
とはいえレベルは目安、故にレベルが自分より高いからといって、必ずしも敗ける訳でもなかった。
「そうは云っても一般人、レベルはそんなに高くありませんからね」
フォレストベアが出たという街道まで、馬車で行く訳にもいかないから走って向かう三人。
「スケさんに任せれば簡単なんですけど、私達は飽く迄も冒険者を目指す訳ですから。強い護衛に任せ切りはやっぱり違いますしね。それにユートさんの魔核を獲る技術、是非とも見せて頂きたいですから」
「判ってるよ。僕もそれなりには戦える心算だから、兎に角やってみようか」
そもそも、一対一で戦う必要性も無いのである。
冒険者は基本的にソロというのは余り無く、安全やその他を鑑みてパーティを組むものだ。
クリスの目的はユートのパーティに入る事、ならば今から連携の強化をするのも悪くはない。
当たり前だがスケさんからはクレームが付く。
クリス・ティア姫の護衛が危ない魔物を目の前に、護衛対象たるお姫様を向かわせるなど有り得ない。
普段のクリスが悪党退治をしているのも、そもそもが前の中納言様の物語みたく前衛にスケさんカクさんが居て、更には諜報専門の弥○っぽい人物が彼是と調べての話だ。
確かヤヒチ・ウエンディア・カートという男爵家の元御嬢様で、ウエンディアというミドルネームは風の低級精霊の元締めの名前、カートは地球で子供が乗る車や、大きな店でよく見る車輪付きの籠入れ。
つまり風車のヤヒチ。
『冗談みたいな名前が奇跡的に有ったものですね』
なんて笑顔で言っていたクリスだが、男爵家は下級とはいえ貴族なのに三女とはいえ良いのかな? とは思わなくもない。
まだ学院を出て大して経たない故に、一七歳の少女なのだと云うヤヒチ嬢ではあるが、クリスが視察に来た時には諜報役として光るものを魅せたのが切っ掛けであり、名前を聞いてしまい『これだ!』と断じてしまったとか。
(どんだけ前の中納言様が好きなんだよ!?)
ユートはそう思うけど、実はやっている事は間違いなく前の中納言様なのに、娯楽小説の内容はどちらかと云えば八代目の将軍様。
最初に平伏して『出合え出合え!』と、御手向かいをしてくるタイプだ。
尚、クリスというか物語のティアラ姫は魔術師で、手向かう輩に魔法を放って牽制をしている。
基本は護衛のスケさんとカクさんが敵を退けるし、諜報役とはいえヤヒチ嬢も冒険科で優秀な人材であったが故にか、手向かう輩を存分に叩き潰している。
「私の戦い方は娯楽小説の通りです。魔法による牽制が基本となりますから」
「僕がスケカクさんの代わりに、戦闘の前衛を務めれば良いんだね?」
「はい。シーナさんは?」
シーナに向き直ると訊ねるクリスに、ちょっと考えながら口を開く。
「私は弓術を使う中遠距離攻撃が基本ですが、ユートの造ってくれた魔導器の弓でして、近距離戦闘も一応は出来ると思う」
「ほほう、なら私の護衛も可能ですね」
「近付かれたら敗けみたいなものだけど……」
ユートが抜かれる程ならシーナの近接攻撃なんて、児戯にも等しい技術にしかならない。
逆にユートの魔法技術はまだまだ児戯に等しいし、牽制役には余り向かないのが現実だ。
【緒方逸真流】には弓術や投擲術も在るし、ユート
もこれらを専門の分家程でないけど修得していたが、今は“忘れた”状態だから使えない。
「取り敢えずはユートさんが矢面になりますね」
「前衛だからな!」
「私とシーナさんは援護に廻ります」
「任せて、ユート」
「二人共、頼んだよ」
簡単な作戦を三人で決めつつ走る。
「あれか!」
引っくり返った馬車に、悲鳴を上げ逃げ惑う人々。
幸いなのは見た処では、未だに犠牲者らしき者が見当たらない事。
「水精集いて敵を撃て……『水球』ッッ!」
唄う様に詠唱を口にし、言の葉に従う様に放たれた水球が、暴れるフォレストベアを襲う。
『ガウッ!』
水球が当たると堪らずに呻いて揺らぐ。
「喰らえっ!」
次にシーナがよろけているフォレストベアに対し、弓道に於ける一手としての甲矢と乙矢を続け様に放って的中させる。
「鏃が然して強い訳じゃないから、牽制にも足りていないみたい!」
幾ら腕が上がろうが武器の性能が低くては、その腕を活かすには足りてない。
「元よりベア系の魔物は、毛皮が剛毛なんですよ! だから多少の攻撃は散らされてしまいます!」
本物の熊なら毛皮に邪魔もされないだろう、だけど熊系魔物の中でも最弱であろうフォレストベアでさえ今現在、シーナが使っている矢の鏃では貫けない。
まあ、当然だ。
単に丈夫な石を尖らせてやり縛り付けただけの鏃、鳥や兎を狩るのに使う為の狩猟用でしかないのだからこの結果は仕方ない。
「水精よ来たり集いて薄く研がれよ……『水刃』ッ!」
『ワギャッ!』
水圧を利用する水の刃、とはいえ低級魔法に過ぎないこれでは、やはり斬る力が弱くて大したダメージにはならなかった。
牽制には充分とばかりにユートは飛び出す。
あれから二日。
正確には殆んど三日間が経つがまだクールダウン真っ最中。
【閃姫】のルールを聞かされたユートは、今は未だ謂わばインターバル期間中であり、【閃姫】は使う事が出来ない状態だ。
また、今はシーナだけだから余り関係が無いけど、複数の【閃姫】を得たとしてもインターバルとは天醒そのものに適用される。
つまりは一度【閃姫】を抜けば、三日間は誰であれ天醒そのものが出来ない。
シーナだけではなくだ。
勿論、これは使うユートの未熟こそが原因。
伝承に在る彼の天魔王は【真姫】を普通に抜き放つ事が出来たらしく、それが当たり前になるくらい戦ってきた結果の様だ。
だからユートが持つのは片刃の鉄剣。
鋼鉄ですらない鉄の剣、それを刀っぽく片刃に改良しただけの物だった。
とはいえ、これはオーク退治までに持っていた物ではなく、二日の間にセリナが工房で改良した物。
だからユートが改造したそれより遥かに使い易い。
斬っ!
「やっぱり斬れないか」
程度は良いのだろうが、所詮は柔らかい鉄を研いだだけの鉄剣、レベル25が最低ラインたるフォレストベアには通じない。
「火精よ来たりて、焔の球よ飛べ……『火球』ッ!」
『ギャウッ!』
「やっぱり獣の性ってやつか?」
余り効かなかったにしても怯ませはした。
「火精と風精よ流れ来て、焔の渦よ天へと逆巻く風に乗れ……『火焔竜巻』ッ!」
クリスによる呪文詠唱、ユートはすぐに場から離れるべくバックステップ。
フォレストベアは焔を帯びた竜巻に巻かれた。
『ギィィアアアッ!』
そのフォレストベアからの悲鳴、それでもある程度の有効打でしかない。
普通の熊なら疾うに死んでいるダメージだろうが、生憎とフォレストベアとはそこそこタフネス。
それに熊系の魔物は何故か毛が炎系に強いらしく、余り燃えないと物の本には書かれていた。
もっと進化した熊系魔物ならば、完全に遮断する程の耐性を持つのだとか。
「やっぱり火には強いか」
風と共に使ったからこそ効いたらしいが、焔の単体では殆んどダメージが通らなかっただろう。
「処で、合図くらいはして欲しかったかも……」
「ごめんなさいね。下手に合図を送ったらフォレストベアに気取られますから」
「納得したよ!」
「キャッ!?」
ユートがお姫様抱っこをしてジャンプ、そこにベアの攻撃が加わる。
「あ、危なかったですね」
「ああ。とはいっても現在進行形でピンチだ」
「──へ?」
ユートが視線を移すと、それに惹かれる様にクリスも視線をそちらへ移す。
「えっと、もう一頭……居ますね?」
「番いか或いは兄弟が親子かはこの際どうでも良い、スケさんの助力を願いたいんだけどな」
「仕方ないです。スケさん……もう一頭を御願いしますね!」
「了解しました姫様」
スケさんが抜剣をして、フォレストベアを誘導するとあっという間に森にまで入ってしまう。
「これで何とか……なると良いですね……」
「何とかするしかない! シーナも矢で援護してくれてるけど」
「フォレストベアって毛皮が硬いんですよね」
正確には毛その物は別に剛毛とかではないのだが、刃を防ぐ何らかの魔法的な何かがあるらしい。
普通の動物の熊とは違うという事だ。
「はぁぁっ!」
再びフォレストベアへと斬り掛かるユート。
パキンッ!
「え゛?」
軽快な音を響かせる剣。
「お、折れたぁ!?」
「な、何やってんです!」
火魔法で援護されながらユートは下がった。
「くっ! 無理矢理に両刃の剣を片刃にしたから強度が低くなっていたか!」
刀が無いから仕方無く、本当に仕方無く両刃の剣を削って片刃にしたからか、強度的に可成り落ち込んでいたのだろう。
「アホですか! 武器が無いならもう戦えませんね。かといって私の得意な魔法は火と風ですから、火耐性が高くて斬撃に強いアレとは相性が悪いです」
「そうでもない」
「何故です?」
「この世界はヴィオーラ、【幻想界】から始まるVRMMORPGと同じ名前。だから同じ理もあるんだ」
「理?」
「斬撃に強い魔物は打撃に弱い。打撃に強い魔物は突撃に弱い。突撃に強い魔物は斬撃に弱い」
「確かにそうですが……」
「僕の剣の刃は本来の半分だったから、打撃の武器には足りなかった。だが拳でなら打撃足り得る筈だ」
「無茶ですよ!」
「そして、火耐性が高いなら氷属性には弱い……筈」
「それも無理です! 私の魔法属性は火と風だと言いましたよね? 下級なら水属性も使えますが、氷属性となると不可能です!」
「駄目か……それなら次善の拳でやるしかないな」
フォレストベアは氷属性の魔法に弱く、打撃属性の攻撃にも弱い筈だから。
危険ではあるが……
「後はスケさんが戻って来るのを待つ」
「それも……難しいです」
「何故に?」
ユートが首を傾げた。
護衛対象たるクリスを見捨てる筈は無く、クリスの言った言葉は有り得ない答えである。
「王立学院ではそもそもが護衛を認めていません」
「ああ、つまりは王立学院に入るからには護衛とはいえ余り介入は出来ない?」
「そんな処です」
本当は事態を甘く見て、スケさんに命じたからだったけど、目を逸らしながら本当の事を隠した。
「はぁ、しょうがないです……かね?」
「? 何が?」
「本当なら使いたくは無かったんですが……」
「何を?」
「そろそろクールダウンの時間は終わりの筈ですね」
ユートはギョッとなる。
クールダウン。
それはユートが【閃姫】を扱った後に発生する時間であり、この期間中は使えなくなってしまう。
どの【閃姫】も同じくな為に、仮にシーナでクールダウンが発生したとして、他の【閃姫】もこの期間中は使えなくなるのだ。
期間は現在だと三日間、そして確かにそろそろ時間は七二時間が経過する。
シーナはフォレストベアを牽制中で、何とか近寄らせまいとしていた。
だけど矢が尽きたら終わりである。
「ユートさん、我が装主」
「っ!」
漸く理解した。
どうしてクリスが自分とシーナ、二人のパーティに入りたいと思ったのか。
クリスの瞳が潤んで頬を朱に染めていて、一一歳の小娘がする表情では決してない艶を出す。
成程、転生者なのだ。
「我が名はクリス・ティア・フォルディア。第四の【閃姫】にして【魔導の覇者】たる我は此処に装主を認めん。我と汝の間に祝福在れ! 誓約開始」
背が足りないクリスは、爪先立ちをしてユートの唇へ自らの唇を重ねる。
「天醒っ!」
約三日前に当たる今頃、同じ言之葉を紡いで【閃刃の護帝】とやらの武姫を手にしており、今も同じ言葉で【魔導の覇者】とやらを手にしていた。
即ち、長い魔導杖を!
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フォレストベア。
名前の通り森を住処としている熊型の魔物だ。
動物の熊が基型となり、レベルは最低限で25と高い数値、無役のゴブリンやオークならば比べものにならいくらい相当に強い。
とはいえレベルは目安、故にレベルが自分より高いからといって、必ずしも敗ける訳でもなかった。
「そうは云っても一般人、レベルはそんなに高くありませんからね」
フォレストベアが出たという街道まで、馬車で行く訳にもいかないから走って向かう三人。
「スケさんに任せれば簡単なんですけど、私達は飽く迄も冒険者を目指す訳ですから。強い護衛に任せ切りはやっぱり違いますしね。それにユートさんの魔核を獲る技術、是非とも見せて頂きたいですから」
「判ってるよ。僕もそれなりには戦える心算だから、兎に角やってみようか」
そもそも、一対一で戦う必要性も無いのである。
冒険者は基本的にソロというのは余り無く、安全やその他を鑑みてパーティを組むものだ。
クリスの目的はユートのパーティに入る事、ならば今から連携の強化をするのも悪くはない。
当たり前だがスケさんからはクレームが付く。
クリス・ティア姫の護衛が危ない魔物を目の前に、護衛対象たるお姫様を向かわせるなど有り得ない。
普段のクリスが悪党退治をしているのも、そもそもが前の中納言様の物語みたく前衛にスケさんカクさんが居て、更には諜報専門の弥○っぽい人物が彼是と調べての話だ。
確かヤヒチ・ウエンディア・カートという男爵家の元御嬢様で、ウエンディアというミドルネームは風の低級精霊の元締めの名前、カートは地球で子供が乗る車や、大きな店でよく見る車輪付きの籠入れ。
つまり風車のヤヒチ。
『冗談みたいな名前が奇跡的に有ったものですね』
なんて笑顔で言っていたクリスだが、男爵家は下級とはいえ貴族なのに三女とはいえ良いのかな? とは思わなくもない。
まだ学院を出て大して経たない故に、一七歳の少女なのだと云うヤヒチ嬢ではあるが、クリスが視察に来た時には諜報役として光るものを魅せたのが切っ掛けであり、名前を聞いてしまい『これだ!』と断じてしまったとか。
(どんだけ前の中納言様が好きなんだよ!?)
ユートはそう思うけど、実はやっている事は間違いなく前の中納言様なのに、娯楽小説の内容はどちらかと云えば八代目の将軍様。
最初に平伏して『出合え出合え!』と、御手向かいをしてくるタイプだ。
尚、クリスというか物語のティアラ姫は魔術師で、手向かう輩に魔法を放って牽制をしている。
基本は護衛のスケさんとカクさんが敵を退けるし、諜報役とはいえヤヒチ嬢も冒険科で優秀な人材であったが故にか、手向かう輩を存分に叩き潰している。
「私の戦い方は娯楽小説の通りです。魔法による牽制が基本となりますから」
「僕がスケカクさんの代わりに、戦闘の前衛を務めれば良いんだね?」
「はい。シーナさんは?」
シーナに向き直ると訊ねるクリスに、ちょっと考えながら口を開く。
「私は弓術を使う中遠距離攻撃が基本ですが、ユートの造ってくれた魔導器の弓でして、近距離戦闘も一応は出来ると思う」
「ほほう、なら私の護衛も可能ですね」
「近付かれたら敗けみたいなものだけど……」
ユートが抜かれる程ならシーナの近接攻撃なんて、児戯にも等しい技術にしかならない。
逆にユートの魔法技術はまだまだ児戯に等しいし、牽制役には余り向かないのが現実だ。
【緒方逸真流】には弓術や投擲術も在るし、ユート
もこれらを専門の分家程でないけど修得していたが、今は“忘れた”状態だから使えない。
「取り敢えずはユートさんが矢面になりますね」
「前衛だからな!」
「私とシーナさんは援護に廻ります」
「任せて、ユート」
「二人共、頼んだよ」
簡単な作戦を三人で決めつつ走る。
「あれか!」
引っくり返った馬車に、悲鳴を上げ逃げ惑う人々。
幸いなのは見た処では、未だに犠牲者らしき者が見当たらない事。
「水精集いて敵を撃て……『水球』ッッ!」
唄う様に詠唱を口にし、言の葉に従う様に放たれた水球が、暴れるフォレストベアを襲う。
『ガウッ!』
水球が当たると堪らずに呻いて揺らぐ。
「喰らえっ!」
次にシーナがよろけているフォレストベアに対し、弓道に於ける一手としての甲矢と乙矢を続け様に放って的中させる。
「鏃が然して強い訳じゃないから、牽制にも足りていないみたい!」
幾ら腕が上がろうが武器の性能が低くては、その腕を活かすには足りてない。
「元よりベア系の魔物は、毛皮が剛毛なんですよ! だから多少の攻撃は散らされてしまいます!」
本物の熊なら毛皮に邪魔もされないだろう、だけど熊系魔物の中でも最弱であろうフォレストベアでさえ今現在、シーナが使っている矢の鏃では貫けない。
まあ、当然だ。
単に丈夫な石を尖らせてやり縛り付けただけの鏃、鳥や兎を狩るのに使う為の狩猟用でしかないのだからこの結果は仕方ない。
「水精よ来たり集いて薄く研がれよ……『水刃』ッ!」
『ワギャッ!』
水圧を利用する水の刃、とはいえ低級魔法に過ぎないこれでは、やはり斬る力が弱くて大したダメージにはならなかった。
牽制には充分とばかりにユートは飛び出す。
あれから二日。
正確には殆んど三日間が経つがまだクールダウン真っ最中。
【閃姫】のルールを聞かされたユートは、今は未だ謂わばインターバル期間中であり、【閃姫】は使う事が出来ない状態だ。
また、今はシーナだけだから余り関係が無いけど、複数の【閃姫】を得たとしてもインターバルとは天醒そのものに適用される。
つまりは一度【閃姫】を抜けば、三日間は誰であれ天醒そのものが出来ない。
シーナだけではなくだ。
勿論、これは使うユートの未熟こそが原因。
伝承に在る彼の天魔王は【真姫】を普通に抜き放つ事が出来たらしく、それが当たり前になるくらい戦ってきた結果の様だ。
だからユートが持つのは片刃の鉄剣。
鋼鉄ですらない鉄の剣、それを刀っぽく片刃に改良しただけの物だった。
とはいえ、これはオーク退治までに持っていた物ではなく、二日の間にセリナが工房で改良した物。
だからユートが改造したそれより遥かに使い易い。
斬っ!
「やっぱり斬れないか」
程度は良いのだろうが、所詮は柔らかい鉄を研いだだけの鉄剣、レベル25が最低ラインたるフォレストベアには通じない。
「火精よ来たりて、焔の球よ飛べ……『火球』ッ!」
『ギャウッ!』
「やっぱり獣の性ってやつか?」
余り効かなかったにしても怯ませはした。
「火精と風精よ流れ来て、焔の渦よ天へと逆巻く風に乗れ……『火焔竜巻』ッ!」
クリスによる呪文詠唱、ユートはすぐに場から離れるべくバックステップ。
フォレストベアは焔を帯びた竜巻に巻かれた。
『ギィィアアアッ!』
そのフォレストベアからの悲鳴、それでもある程度の有効打でしかない。
普通の熊なら疾うに死んでいるダメージだろうが、生憎とフォレストベアとはそこそこタフネス。
それに熊系の魔物は何故か毛が炎系に強いらしく、余り燃えないと物の本には書かれていた。
もっと進化した熊系魔物ならば、完全に遮断する程の耐性を持つのだとか。
「やっぱり火には強いか」
風と共に使ったからこそ効いたらしいが、焔の単体では殆んどダメージが通らなかっただろう。
「処で、合図くらいはして欲しかったかも……」
「ごめんなさいね。下手に合図を送ったらフォレストベアに気取られますから」
「納得したよ!」
「キャッ!?」
ユートがお姫様抱っこをしてジャンプ、そこにベアの攻撃が加わる。
「あ、危なかったですね」
「ああ。とはいっても現在進行形でピンチだ」
「──へ?」
ユートが視線を移すと、それに惹かれる様にクリスも視線をそちらへ移す。
「えっと、もう一頭……居ますね?」
「番いか或いは兄弟が親子かはこの際どうでも良い、スケさんの助力を願いたいんだけどな」
「仕方ないです。スケさん……もう一頭を御願いしますね!」
「了解しました姫様」
スケさんが抜剣をして、フォレストベアを誘導するとあっという間に森にまで入ってしまう。
「これで何とか……なると良いですね……」
「何とかするしかない! シーナも矢で援護してくれてるけど」
「フォレストベアって毛皮が硬いんですよね」
正確には毛その物は別に剛毛とかではないのだが、刃を防ぐ何らかの魔法的な何かがあるらしい。
普通の動物の熊とは違うという事だ。
「はぁぁっ!」
再びフォレストベアへと斬り掛かるユート。
パキンッ!
「え゛?」
軽快な音を響かせる剣。
「お、折れたぁ!?」
「な、何やってんです!」
火魔法で援護されながらユートは下がった。
「くっ! 無理矢理に両刃の剣を片刃にしたから強度が低くなっていたか!」
刀が無いから仕方無く、本当に仕方無く両刃の剣を削って片刃にしたからか、強度的に可成り落ち込んでいたのだろう。
「アホですか! 武器が無いならもう戦えませんね。かといって私の得意な魔法は火と風ですから、火耐性が高くて斬撃に強いアレとは相性が悪いです」
「そうでもない」
「何故です?」
「この世界はヴィオーラ、【幻想界】から始まるVRMMORPGと同じ名前。だから同じ理もあるんだ」
「理?」
「斬撃に強い魔物は打撃に弱い。打撃に強い魔物は突撃に弱い。突撃に強い魔物は斬撃に弱い」
「確かにそうですが……」
「僕の剣の刃は本来の半分だったから、打撃の武器には足りなかった。だが拳でなら打撃足り得る筈だ」
「無茶ですよ!」
「そして、火耐性が高いなら氷属性には弱い……筈」
「それも無理です! 私の魔法属性は火と風だと言いましたよね? 下級なら水属性も使えますが、氷属性となると不可能です!」
「駄目か……それなら次善の拳でやるしかないな」
フォレストベアは氷属性の魔法に弱く、打撃属性の攻撃にも弱い筈だから。
危険ではあるが……
「後はスケさんが戻って来るのを待つ」
「それも……難しいです」
「何故に?」
ユートが首を傾げた。
護衛対象たるクリスを見捨てる筈は無く、クリスの言った言葉は有り得ない答えである。
「王立学院ではそもそもが護衛を認めていません」
「ああ、つまりは王立学院に入るからには護衛とはいえ余り介入は出来ない?」
「そんな処です」
本当は事態を甘く見て、スケさんに命じたからだったけど、目を逸らしながら本当の事を隠した。
「はぁ、しょうがないです……かね?」
「? 何が?」
「本当なら使いたくは無かったんですが……」
「何を?」
「そろそろクールダウンの時間は終わりの筈ですね」
ユートはギョッとなる。
クールダウン。
それはユートが【閃姫】を扱った後に発生する時間であり、この期間中は使えなくなってしまう。
どの【閃姫】も同じくな為に、仮にシーナでクールダウンが発生したとして、他の【閃姫】もこの期間中は使えなくなるのだ。
期間は現在だと三日間、そして確かにそろそろ時間は七二時間が経過する。
シーナはフォレストベアを牽制中で、何とか近寄らせまいとしていた。
だけど矢が尽きたら終わりである。
「ユートさん、我が装主」
「っ!」
漸く理解した。
どうしてクリスが自分とシーナ、二人のパーティに入りたいと思ったのか。
クリスの瞳が潤んで頬を朱に染めていて、一一歳の小娘がする表情では決してない艶を出す。
成程、転生者なのだ。
「我が名はクリス・ティア・フォルディア。第四の【閃姫】にして【魔導の覇者】たる我は此処に装主を認めん。我と汝の間に祝福在れ! 誓約開始」
背が足りないクリスは、爪先立ちをしてユートの唇へ自らの唇を重ねる。
「天醒っ!」
約三日前に当たる今頃、同じ言之葉を紡いで【閃刃の護帝】とやらの武姫を手にしており、今も同じ言葉で【魔導の覇者】とやらを手にしていた。
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