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第一章:天醒

第17話:自警

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 仮に少年Aと呼ぶけど、茶髪に天然パーマが入った髪の毛の少年は、ユートの識らない人物である。

 少なくとも覚醒してから会った覚えが無い。

「おいおい、これでももっとガキん頃は結構遊んでた筈だぜ? んな、誰? とか顔されると傷付くぞ」

「う、んん……」

 本人が曰く、どうも遊び仲間だったらしいから知識に成り果てた自分の記憶を洗い出してみた。

 思い出す。

 もっと思い出す。

 深く思い出す。

 深刻なまでに思い出す。

 そして思い浮かぶ顔。

「ああ、確か……ジョン? だっけか」

「俺は犬か!?」

 まあ、確かに犬に付けていそうな名前ではあるが、全国のジョン氏に謝るべき事案であろう。

「俺はジャンだ!」

「何か鍋でも振っていそうな名前だな」

「いったいお前は何を言っとるんだ?」

 ユートの妄言に首を傾げてしまうジャン君。

「それで、ジャン……だっけか。何の用だ? 急いでいたみたいだけど」

 正直、深刻なまでに思い出してみてから漸く出てきた辺り、それ程までに重要な人物ではなさそうだが、それでもどうやら自分に用があるらしいし、その用件とやらを訪ねてみた。

「そ、そうだっ! んな事をしてる場合じゃねーや」

 ジャンもそれに思い至ったのか、すぐに深刻な表情となって口を開く。

「確か、サリュート様は居ないんだったよな?」

「ああ、行商隊を次の街や村に送り届けてくるって話だからね」

 その序でにソレイユを――ユートにとってシータ姉をアウローラ伯爵領に送っている筈だ。

 あれからそこそこ日数が経っているし、順調ならば行商隊を次の街に送り届けた頃であろうか?

「くっ、やっぱりか!」

 悔しげな顔で再びユートを見ると……

「こりゃ予定通りユートに来て貰うしかない!」

 そんな結論を出す。

 そういえば『来てくれ』とジャンは言っていた。

 それも慌てた様子で。

「本当にいったい何があったんだ?」

「その説明も向こうでするからすぐ来てくれ!」

「判ったよ。それじゃあ、武器を置いてくるから」

「いや、持ってこい」

「? 判った」

 駆け出すジャンに追い縋るユートは、その先の小屋というか建物を見てすぐにそれが何か思い出す。

「アーメット青年団の?」

 青年団は一定以上の年齢の男女で組まれる町や村の単位の組織で、現代知識を持つユートも日本に似た様な組織が存在しているのは識っている。

 尚、ユートは年齢的にはまだ入らないし、立場的にも入る必要性が無い。

 本人には特に影響しないとはいえ、ユートの父親たるサリュートは一応ではあれ貴族だからだ。

 貴族の子は取り敢えず、成人するまで貴族扱い。

 成人してから人生計画をスタートさせるのだから。

 とはいえ、サリュートはユートを貴族位に甘やかしたりはしなかった。

 嫡男とはいっても継承が可能な爵位ではないのに、貴族として生活させたりしても将来的に困る。

 勿論、その将来的にではあるがサリュートが準男爵になる可能性は皆無ではなかったし、そうなったなら嫡男のユートは跡継ぎとして貴族にもなれる。

 世界や場所にもよるが、この世界での準男爵位とは継承が可能だからだ。

 だがそうなってしまうとサリュートの教育は的外れとまではいかないにせよ、教養を養っていなかったりするから貴族として下に視られてしまいかねない。

 だから結局はユート本人がそうなるべきなのだ。

 まあ、伯爵家御令嬢たるユリアナが居るけど。



 閑話休題……




 青年団の本拠地となっている小屋、其処の扉を開いたジャンと共に入る。

 掘っ建て小屋と称す程度の建物だったが、意外にも中はそれなりに広いからか青年団の一員は全員、この掘っ建て小屋に居るみたいで若者に溢れていた。

 普段はシーナとばかり居たから気付かなかったが、寒村とはいえ若者の人数もそこそこ居り、男は三十人と可成りの人数が犇めいていたし、女の子も数人だが忙しそうに動いている。

 しかも意外などと云うと失礼だが、可愛らしい娘や綺麗な娘ばかりだったし。

 シーナが唯一の美少女という訳では無さそうだ。

 或いはユートの目が貧相なのでは? とも思えるであろうが、親戚や実妹とはいっても先祖の白と容姿的に似た女の子を普段から視慣れたユートは、実際には目が充分に肥えていた。

 言い伝えの先祖である処の緒方 白は、日本人では決して有り得ない白い肌に目の色や髪の毛の艶やかさなど、美貌はストイックに修業をしていた筈の先祖を虜にしたのだとか。

 ユートは実際には先祖がむっつりだっただけだと、余りにも先人を敬わない様な考えだったりするが……

 そんなユートの目から視ても充分な美少女──中には少女と呼ぶには少しばかり歳が高い娘も居るが──と云える容姿。

 結婚すれば青年団を退団となる事を鑑みれば、あの女の子達は恋人が居ないと考えて良いだろう。

 数が少ないのは女の子に参加をする義務が無いのか或いは、他は疾うに結婚をしてしまっているのか……

 とはいえこの中に男女共に居ない年齢も在る。

 王立学院に行っているであろう一二歳~一五歳。

 この三年間は云ってみれば職業訓練期間であるし、義務教育期間でもあるから村には居なかった。

 まあ、とはいえ人口にして千人居れば御の字だろう寒村アーメット、その居ない人数は数名らしいが……

 成人して戻って来たら、普通に青年団入りをする。

「ジャン、ユートを連れて来てくれたか!」

 一番の年嵩……とはいえ二十代後半な青年がジャンに話し掛けてきた。

「応よ、団長殿」

 青年は青年団の団長という役職? らしい。

「何で僕が呼ばれた訳? ジョンからは不測の出来事があったらしい事は聞いたんだけど、詳しくは何も聞いていないから」

「ジャンだっつーに!」

 何か文句を言っているが取り敢えず無視!

「……まあ、剣を片手に取るものも取り敢えずやって来たっぽいしな」

 団長はユートの装備品を見て天を仰ぐ。

「簡単に説明をするとな、村の設置した見張り台から狼煙が上がった」

「狼煙……」

 遠いなら早馬を使うが、それなりに近場の場合だと狼煙が一般的な連絡法で、ユートの造った魔導器──携帯魔伝話機なんてイレギュラーでしかない。

「内容は──『オークの集団がアーメット村に近付いている』だ」

「オーク!? あの豚面で意地汚い性欲の権化の?」

「その通り。当然ながら、あんなのが村に押し入ったら女は死ぬより悲惨な目に遭うだろうし、男は殺されて食糧扱いだろうな」

 団長の言葉に思い出されるのは、ゴブリンによって犯されて孕まされ続けたであろう妖人族の少女達。

 一回の出産ですら心理的な負担は大きいだろうに、あの様子やゴブリンの数から数回は出産している。

 心はへし折れてしまい、精神的には崩壊寸前。

 命があっただけで見付けもの? そんな筈は無い。

 知識のみだが、哺乳類系の魔物に犯された女はもう幸せを掴めないとされる。

 理由は簡単。

 魔物の汚らわしい胤汁を注ぎ込まれたというのは、云ってみればレッテルを貼られたに等しい。

 迷信に過ぎないのだが、魔物の仔を孕んだ女が産む子供は魔物の因子を持つ──なんて云われている程。

 勿論、そんな訳も無い。

 というか実際に人体実験に踏み切った莫迦が居たらしく、オークに浚われた後に救い出された女性を相手にヤった挙げ句孕ませた。

 実験日誌みたいな本が売られていたのを、記憶が戻る前のインドア派なユートが買っていたのを読んで、一応はそれを識っている。

 実際、産まれた子供には何の不備も無い単なる人間だったらしく、子供は何処かに養子へ出されたとか。

 問題なのは女性の方。

 どんな理屈か解らなかった様だが、ヤっている最中に一言も声を出さなかったそうな。

 何度かの実験……という名の性行為で一切の声を出さない女性、実験をしていた男はオークを生きた侭で捕まえさせ、女性をオークと同じケージに入れた。

 当然、繰り広げられるのは目にも憚る行為。

 女性は普通に感じてか、声を上げていた。

 結果として理解が叶ったのは、魔物に犯された女性はヒト種との間に性的快楽を感じなくなり、魔物相手だと寧ろ感じ易くなるという事だった。

 魔物以外では感じない、確かに円満な夫婦生活とは無縁となりそうだ。

 あの残った妖人族の少女が二人へとトドメを刺したのも、そんな理由からだったのはユートにも理解が出来ただけに、その二人が遺したスキルをお礼代わりに貰ったのはアレだった。

 まあ、ユートは今やそのスキルをコピーして誰かに与えたりも可能だが……

「規模は五〇匹くらいで、恐らく明日には村のすぐ近くまでやって来るだろう」

「な、何だ。急いで連れて来られた割には一日の猶予があるのか」

「とはいえ、のんびり来られても困るからな」

「そりゃそうだね」

 これなら装備品もまともな物を用意出来そうだ。

 家には普段から森に入る際に使っている革鎧と木盾が有るし、それを装備するとしないとではやはり違いはあるものだから。

「大変だぁぁっ!」

 大慌てで入ってきたのはユートより歳上、恐らくは去年か一昨年辺りに帰ってきただろう少年。

 ジャンは明らかにユートと同い年──一一歳であるのだが、やはり普通に歳上が多かった。

「ジーク、どうした?」

「オ、オークの集団が!」

「何だ、その連絡ならもう来ているだろう?」

「ち、違うよ! もう村のすぐ傍まで進軍してる!」

「な、なにぃっっ!?」

 ガバッ! と机を叩きながら立ち上がる団長。

「どういう事だ? ザックからの狼煙では……まさか──っ!?」

 やられた!

 団長は焦る。

「奴ら、ザックを殺してから偽の狼煙を?」

「まさか、団長!? あの糞豚共にんな知能がある訳がねーし!」

「ゲイル、奴らはならどうやってザックの監視を抜けて此処まで来た?」

「そ、そりゃ……」

 ゲイルと呼ばれた赤毛の青年は口篭る。

 櫓みたいなものは確かに設置されているが、実際には堂々と建てられている訳ではない。

 街道から外れた場所に、隠された形で建っている。

 オークはそれを襲撃したのだろうが、更に偽の狼煙で油断を突いてきた。

「兎に角、急がないと村が全滅させられかねないな。トーマスとロンドはすぐに女子供に老人を教会へ向かわせろ! アソコは見た目は奇抜なもんではあるが、ちゃんと防衛機能を持っているからな!」

「お、応!」

「判った、すぐに!」

「リンナ達も教会へ!」

「りょ、了解!」

 トーマスとロンドとか云うらしい青年と、青年団の掘っ立て小屋に詰めていたリンナ達、少女らが走る。

「ユート、サリュート様は戻れないよな?」

「今頃だと早馬を飛ばして連絡しても、帰ってくるまでに合計で十日は掛かる」

「俺らで殺るしかないか」

 早馬を飛ばして五日という位置では、帰りに五日で合計は十日となる。

 間違いなく間に合わないであろう。

「僕も一旦、帰って装備を整えてくるが構わないな」

「余り時間は無いからな、兎に角急いでくれよ?」

「判った!」

 ユートは掘っ立て小屋を飛び出すと、装備品を揃えるべく家へと駆けた。

「ユート!」

「シーナ」

「何か、オークがもう村の近くまで来てるってリンナが慌ててたけど?」

「ああ、僕らは防衛に専念するからシーナもおじさんやおばさんを連れて神社……ってか、教会に!」

「う、うん」

「序でに母さんとセリナも連れてってくれ!」

「判った、そうするね」

 ユートはシーナと別れて家のリビングへと向かう。

「母さん、オークが村に現れた! 数が百越えらしいから危険だ! すぐ教会にセリナも連れてシーナ達と向かって!」

「オークが? サリュート様は……」

「十日は帰れない場所だと思うから」

「そう……ユートは?」

「戦うよ」

「……気を付けなさい」

「うん」

 我が子を抱き締めながら言うユリアナは、震えているのがユートにも解る。

 怖いのだ。

 我が子を喪うかも知れない事が。

 ユリアナはアウローラ家の次女、長男は娘を残して最近になり没している。

 そして姉は……長女であるエーリカ・ミルフィ・アウローラはとある公爵家の縁戚に嫁いでいった。

 長女とはいえ伯爵家で、公爵家の縁戚――分家筋の時期当主が相手となれば、可成りの良縁である。

 普通なら同格の時期当主辺りか、侯爵家や辺境伯家の次男以降くらいだ。

 仮にも王家の血筋である公爵家、更なる分家とはいえ時期当主に嫁げるなど、望外とも云える。

 本来ならユリアナとて、それなりに家格の高い家に嫁いでいたが、家出をしてサリュートと駆け落ちしてしまった。

 小さな教会で自分達だけの結婚式を挙げ、まだ当時はDランクでお金が無かったから、掘っ立て小屋みたいな小さな家で初夜を迎えたものだった。

 それでも父に逆らい兄に心配を掛け、己れの愛した男との夢の様な一夜。

 妊娠を知った時は肉体的に辛かったが、それでも嬉しさが上回っていた。

 お腹を痛めて産んだ子はサリュートと同じ、黒い髪に黒い瞳を持った男の子。

 或いは行方不明となった先祖の親族、クゥーリュ・ハクゥ・アウローラみたいなというべきか?

 とても艶やかで美しい、黒い髪に黒い瞳の女性であったと云う。

 ユートを産んで以来は、ユリアナはずっと見守り続けてきた。

 そんなユートが死ぬかも知れない──怖くない筈が無いではないか?

 それでもユリアナは涙も見せずユートを送り出す、貴族の娘としても騎士の妻としても気丈に。

 魔法が使えない自分は、そんな程度の事しか出来ないのだから。


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