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第一章:天醒

第3話:覚醒

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 暗い闇を墜ち抜けた感覚を最後に、優斗――ユートはバタリと倒れ臥す。
 
「うばっ!?」

「ユート!」

 何だか可愛らしい声が上がった気がするが、取り敢えず“ユート”はムクリと起き上がって前を見た。

 目の前に広がるのは何と云うか、牧歌的とは言わないのだが古めかしい村……正に農村と呼ぶのが相応しい場所である。

(何処だ此処?)

 見覚えが無いのは仕方ないだろう、ユートは転生をした筈なのだから故郷とは……日本と違うのも当然。

 とはいえど、少なくとも此処が地球ではないのは間違いないらしい。

 何故って?

「うわ、獣人だ。オッサンだけどな!」

 猫耳の生えたオッサンが歩いていたからだ。

「ってか、猫耳のオッサン……誰得だよ?」

 美女美少女なら未しも、オッサンとか。

 いや、確かに此処が謂わば異世界なら獣人とか普通に居るし、獣人だって性別が有って男女が存在すれば年嵩なオッサンやオバサンもそりゃ居るだろう。

 だが然し、折角の初獣人だから若い女の子を見たいと欲望塗れな思考なのは、年若い青少年としては当たり前なものだったり。

「ユート?」

「はっ!」

 そういえば女の子が居たのを思い出す。

 声のした後ろを振り返ってみれば、其処には長めの黒髪を後ろで三つ編みに結わい付け、巫女装束を身に付けた一〇~一二歳くらいの少女が立っていた。

「えっと……誰?」

「──はい? 頭でも打ったのかなユートは」

「いや、頭は別に打っていないんだが……」

 単純に見覚えが無い。

 転生したは良いのだが、さっぱり判らない事が余りにも多く、ユートは戸惑いを覚えてしまう。

 先ず、転生したにも拘わらず赤ん坊ではない点。

 誰かに憑依転生したのかとか、転生というか転移をしたのでは? 的なものも想像したのだが、そこら辺はすぐに却下をする。

 理由は至って簡単。

 少女はユートの名前を呼んだのだ、つまり緒方優斗は恐らく転生した後の名前が“ユート”だという事。

 まさか自分の前世の名前と同じ名前の人間に憑依、そんなアホな事は流石に無いだろうと考えた。

 そして名前を知られているなら、少なくとも記憶に無いユートの人生を少女は近くで見ていた筈。

 転移なら名前を呼ばれたりはしない。

(察するに緒方優斗の意識が目覚め、転生して記憶を持っていないユートとしての記憶が消えた……か)

 だけどそれは思い違いだとすぐ理解する。

(シーナ……? 名前が判るし、それにこれは想い出が日記帳みたく流れる……つまり記憶の記録化だな)

 よくこの手のラノベなど読んだからか、今の状況が手に取る様に理解出来た。

 どうやら“シーナ”という巫女装束の少女、彼女は“ユート”の所謂幼馴染みというやつらしい。

(ん? 巫女……装束?)

 何だろう、このあからさま過ぎる符号は。

「まさか……君は転生者……なのかな?」

「! ひょっとして覚醒をしたの?」

「覚醒……ね。前世の記憶が戻った事を意味するならそうだろうな」

 アイデンティティー回復は確かに覚醒だ。

「良かった! 一一年が過ぎても全く覚醒しないからどうしようかと!」

「一一年……って事は今の僕は……僕は……あれ?」

「どうしたの?」

 小首を傾げる仕草が愛らしい巫女さんだったけど、今はちょっとそれ処ではない違和感を感じる。

「僕……僕? お……れ……俺……意識すれば普通に言えるけど……これは?」

「えっと、何?」

「ちょっと訊きたい」

「うん」

「僕……の一人称って」

「僕だったよ? ずっと」

 どうやら一一年間ずっと『僕』だったらしい。

「いやまあ、別に『僕』でも良いんだけどね」

 拘りがあった訳でなく、いつもの一人称じゃなかったから、ちょっと違和感を覚えたに過ぎない。

「で、さっきの質問なんだけど……答えて貰うまでもないよね?」

「そうね。私は貴方とは違うけどカテゴリーとしては転生者になるよ」

「違う?」

「私は別に魂の格が高かった訳じゃなく、違う理由で転生をしているから」

「違う理由って?」

「ごめん、今は……ちょっと言いたくないかな」

 瞳のハイライトが消え、陰鬱な雰囲気を一瞬だけど醸し出す。

 余程の事なのかも知れないと考え、ユートはすぐにも話題を変えた。

「僕と幼馴染みって事になるんだよね?」

「まあ、小さい頃から一緒だったから幼馴染みという表現は正しいよ」

 幼馴染みというと一族の分家筋な女の子達。

 『妹に負ける無能』と、ユートを蔑んだ男連中とは違って、何故か割と好意的に接してくれていた。

 中でも一番の仲良し……とも云えたのが転生直前に会った狼摩家の長女たる、狼摩白夜という名の少女。

 因みに、一族は先祖伝来の名付けとして長男に『優』の文字、長女には『白』の文字を付けている。

 狼摩『白』夜といった感じに……だ。

 実の妹からして『白亜』であった。

 とはいえ嗜好は異なるのだろうか、どちらかと云えば和装な白夜とは違って、ユートの嘗ての妹は洋服を好んだし、夏などノースリーブにホットパンツという動き易さを強調したもの。

 年々、一族の鬼の娘から受け継ぐ美貌に磨きが掛かっており、ホットパンツから覗く太股やノースリーブから見える素肌に、実兄ながらドギマギさせられていたもので、不埒な男が現れないか気が気でなかった。

 それは兎も角、ユートにとっての幼馴染みは一族の分家くらいだったからか、ちょっとだけシーナの事が新鮮に映った。

「それにしても、おじさんとおばさんの事も忘れちゃったの?」

「おじさんにおばさん? ああ、もしかしたら今の僕の両親の話?」

「勿論、そうだよ」

 記憶には確かに無いが、記録化された部分から引き出した情報には在る。

「取り敢えず問題は無い、知識には在るから」

「なら良いけど……」

 情報によるなら、ユートの父親はサリュートという名前で元々は剣士、母親であるユリアナは元貴族令嬢であったとか。

 アウローラ伯爵家の次女だったが、一介の剣士に過ぎなかったサリュートへと一目惚れをしたらしい。

 当たり前に難色を示された仲、ユリアナはサリュートにくっ付いて駆け落ちも同然にこの村に住み着き、今やサリュートの奥さんとして暮らしている。

 どうやら大分ぶっ飛んだ母親だったみたいだ。

 元は貴族令嬢だけあり、性格的には大人しくて御淑やかな、謂わば深窓の令嬢なんだろうが……

 少なくとも肝っ玉母ちゃんではあるまい。

「それで、チュートリアルというのかな? 今の内に知りたい事があったら訊いておいてね。私に判る事は教えたげるから」

「チュートリアルって……知りたい事ねぇ。そういえば地球じゃないなら此処って何て名前なんだ?」

「此処? 世界の名前?」

「そう、この世界の名前。序でに国名とか村名も」

「世界の名前はヴィオーラっていうの」

「──は?」

 ユートにとって余りにも“聞き覚えのある名前”に驚愕し、呆然となってしまってマヌケな声で生返事をしてしまった。

「ヴィ、ヴィオーラ?」

「うん、そうだよ」

 前世……とはいっても、ユートの意識の上では遂さっきの事だが、オタクと呼ばれる程ではないにしてもアニメや漫画やラノベやゲームが好きで、色々と集めたり読んだりプレイしたりしていたけど、ヴィオーラという名前が実はその中に存在している。

 VRMMO-RPGというバーチャルリアリティーを応用したゲーム、その中でも秀逸なシステムなどから人気の高い【インフィニット・シリーズ】の舞台。

 それがヴィオーラだ。

 正確には【幻想界インフィニット・ファンタジー】から始まるMMO-RPGの続き物、次作となる【英雄譚インフィニット・ブレイバー】の更なる続編――【夢幻王インフィニット・ドリーマー】という作品がソレ。

 連作だけありこの三作品は同じ世界――ヴィオーラという世界観で統一され、百年以上のスパンにて違う時代を演出していた。

 【幻想界】は七大魔王が世界を支配せんと暴れているという設定で、グランド・クエストも七大魔王討伐という噺となっている。

 あの世界では同時に七体もの魔王が出現していて、七つの大陸を一つ一つ支配していたという設定。

 人々は小さな島国に集ってギルドを設立、魔王に抗う者の育成に力を注いだ。

 そうして世界は七大魔王と戦う舞台となった。

 【英雄譚】は七大魔王の討伐から数百年後、魔王を討った英雄が新たな天魔となって暗躍をする世界で、グランド・クエストも天魔を見付け出して討伐をするとか、何とも云い難い設定となっていたりする。

 魔王を斃した英雄とは、次なる魔王の卵だとか。

 魔王を討ち果たす魔王より格上の天魔、それがどんな存在かは余り明かされていないが、【英雄譚】自体はグランド・クエスト終了後にもサブクエストなどが人気を博し、過渡期に至るには時間が随分と掛かっているのでユートや分家筋の女の子も楽しんだ。

 そして満を持して登場したのが、完全なVRシステムのVRMMO-RPGでもある【夢幻王】である。

 前作の【英雄譚】は完全ではなかったが、それでもヘッドギアを身に付けてのMMO-RPGだったものだけど、発売元の高倉コーポレーションに一人の天才が現れたらしく、完全なるVRシステムを構築して、それに対応したソフトである【夢幻王】を出した。

 正確には前作、前々作もゲームを造ったのはそんな天才らしいが、ハードすら手掛けたのが最新作。

 天才の年齢はユートより二つ程だが年下、高倉コーポレーションの御令嬢との婚約も発表されていた筈。

 所謂、勝ち組のリア充様というやつだろう。

 妬ましい。

 ユートは最新作もプレイをしていたが、あれはもう世界がまるで違っていた。

 正にリアルと変わらない動きが可能だったから。

 だからといって、リアルにヴィオーラと言われても実感が沸かない。

「国の名前はフォルディア王国、王都の名前はセイントリアでこの村の名前は、アーメット村」

「フォルディア王国?」

 【夢幻王】で登場をした中央大陸の国名に、同じくフォルディア王国というのが存在したし、王都セイントリアも識っている。

 つまり、時代は【夢幻王】の頃に程近いという事。

 三作品は基本的に百年を越える開きがあったから、ファンタジー世界の国など栄枯盛衰、興っては滅びを繰り返しているもの。

 某・国民的RPGも数百年後の続編で、同じ国の名は全く存在してないし。

 最初のシリーズは兎も角としても……

「アーメット村は王都から大きくは離れてないけど、それでも寒村に過ぎない。……小さな村」

 村人も数百人程度。

 王都なら百万規模で人が住まうだろうに、これは余りに少ない人数である。

「モンスターとかはどうなっているんだ?」

「モンスターというか魔物なんだけど、魔素を蓄えた動植物や無機物が変じるのもあれば、魔素により直に湧出する場合もあるよ」

 新種が現れるとしたら、動植物などが変じた魔物であり、魔素によって湧出するのはそれのコピー体というモノらしい。

 だから魔物の九割以上が魔素により湧出したタイプという事で、オリジナルはまずを以て現れない様だ。

「魔素の少ない寒村とか、この辺りは魔物も大して強くはないけど、人型の魔物──して亜人系はその限りではないんだ」

「というと?」

「亜人系はヒト種族と交わって、子を成す事も出来てしまうから」

「──? えっと、つまりゴブリンとかコボルトとかオークが人間とわぐわうとかすれば?」

「一度の妊娠で数体、しかも妊娠から出産までの時間も一ヶ月か其処らだから」

 何故かシーナの身体が震えているが、取り敢えずは人間が亜人系の魔物に捕まるのは、宜しくない結果にしかならないらしい。

 しかもだ、シーナが曰く亜人系の魔物の精は強く、ヤられたら基本的に孕むのも早くて、数人が一年間も捕まってしまえば可成りの数が殖えるとか。

 そりゃ、一ヶ月で数体なら数人も居れば二十数体が殖えるし、十二ヶ月もあれば最低でも三百体になる。

 また、子を成せる成せないは無関係に攫われる為、初潮すらまだな少女だって犠牲に為り得る。

 爬虫類型のリザードマンとかなら話は違ってくるのだが、哺乳類型の亜人系はヒト種族からすれば滅殺の対象であると云う。

 汚物は消毒的に。

 尚、真の亜人は同じヒト種族だから間違えた認識をすると、殺されても文句は言えないのだと云う。

 所謂、エルフやドワーフやドラゴニュート等がソレに当たる。

 ユートが覚醒直後に見た猫耳のオッサン、そいつも謂わば獣人族というヒト種の括りにあるらしい。

 つまり、誰得なケモミミ男がこれから先にもユートの前に現れるとか、これは慣れるしか無いのだろう。

「まあ、取り敢えずゲームがベース……否、この世界がゲームのベースなのか? 兎も角、それなら僕にもある程度の知識は有るな」

「そうなんだ? 私は実際にゲームとか言われても、した事が無いから判んないんだけどね。でも生きてきた一一年で仕入れた知識は有るから、その範囲でなら教えたげるよ」

「ありがとな。早速だけどフォルディア王国の王族ってどんな感じ?」

「王族? それって何処までを指してるの? 公爵家も王族の分家筋だし……」

「国王と王妃とその子供だけで良い。取り敢えずは」

「うん、判った」

 歴代の総理大臣だとか、政夷大将軍の名前を覚えろとか云われても、ユートは今代の総理大臣以外は覚えなかった──徳川幕府の政夷大将軍は全員を覚えてる――のだが、自分が所属する国の王族と何処で遭遇をするか判らないし、一応は知っておきたかった。

「リシャール・ディオ・フォルディア陛下、この国の国王様だね。側室は居られないけど王妃殿下との間に三女を儲けられたわ」

 直接的な嫡男は生まれていないらしい。

「カタリーナ・ルーム・S・フォルディア王妃殿下、リシャール陛下の奥方様。三人の王女様を生んだ国母であり、隣国のサランディーナ王国の第三王女だった方だね」

「成程成程」

 ユートとは余り関わりそうに無い人物だ。

「第一王女のエクセリア・ユア・フォルディア殿下。この国の次期女王陛下」

「次期女王……って事は、相手は王配って形なんだ」

「そうだね。政治的になら女王となられるエクセリア様の方が強いよ」

 王女と結婚して王位に就く訳では無いらしい。

「第二王女クリス・ティア・フォルディア殿下。何かフットワークの軽い方で、色んな国に行ったり貴族の宴に招かれたりしてる」

「へぇ……権力志向が高いのかな? それとも将来の御相手捜しをしてるのか」

「さあ?」

 典型的な『オホホ・プリンセス』とかなら、ユートとしては目も当てられない存在なのだが、彼女は果たしてどんなタイプやら。

「第三王女は名前くらいしか判らない」

「何で?」

「殆んどお城から出ない。露出が極めて低いから」

「ヒッキーなお姫様か」

 国民の税金で引き篭り、笑えない王女様らしい。

「名前はユーキ・ルナ・フォルディア王女殿下」


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