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03回 忘れじ夢の名

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 懐かしい匂い
 それに誰かの声……

玲愛れあ、こっちに来てくれ」
「どうしたの?」

 その話し声に釣られ、重たいまぶたを上げる。
 ここは、家の中なのだろうか?

「ちょっと話があってな……」
「うん」

 正面を向くと玲愛と呼ばれた気弱そうな少女が、こちらを見つめ座っている。
 
 違う、呼ばれたのではない。
 俺が玲愛と呼んだ・・・んだ。

「遠くに、行くことになったんだ……」
「それって私も付いていけるんだよね?」
「ごめん……」

 突然の状況に理解が追いつかない。

「私のこと置いて行くの……?」
「ああ、そうなる……」

「……嘘つき」

 そんな俺の頭の中身を置いて、今にも泣き出しそうな少女に対し、体と口が勝手に動き話を進める。
 
「違うんだ玲愛! 俺はお前を守りたくて……」
「そんなのどうだっていい、言い訳なんて聞きたくない!」
「おい玲愛!」

 逃げるように家を飛び出す少女を放っておけないと、そんな気がして、必死に追いかけようとする。

 しかしそれと同時に、視界が飛んで割れるような痛みが頭を走り、目の前の世界が暗転する。

「っ……!」

 

 経験したことのないその痛みにが漏れる。




「お兄ちゃん……」

 
 ──瞬間、背中に声が刺さった。

 開かれた視界に映るのは一変して雨降る景色、そこに一人の少女の声が響く。
 責めるような、慈しむような、感情の掴めない声だが、確かに俺のことを呼んでいる。
 
 未だ整理できない頭をどうにかまとめて、声のする方を何とか振り向いた。

 

 その声は確かに俺に向けたものだった。




 雨に打たれる死体オレ
 

---


「一成!」

 怒鳴るかのような声に目を覚ます。

「おい! しっかりしろ!」
「大丈夫なの一成!?」

 病室…… ならさっきまでのは夢なのか?

「いや、大丈夫……」
「そんなはずねぇって! お前廊下で倒れてたんだぞ、やっぱりまだ一人で歩ける身体じゃなかったんだ!」
「与作くん、先生を呼んでちょうだい」

 そうだ俺は、確か三人で話した後トイレに行こうとして、そのとき廊下で誰かに会ったんだ
 
 誰に?

 部屋を出てからの記憶が曖昧だ。
 
「二人とも本当に大丈夫だから、先生は呼ばなくて良いよ」
「いやでもよ!」
「一成お願い、とりあえず診てもらいましょう」

 母さんの泣きそうな顔を見て、それ以上言い返せなくなってしまった。

「わかったよ……」


---

 
 医師に診てもらったところ、原因は疲労によるものとのこと。
 母さんも与作も、身体に異常がないとのことで、少しは安心してくれたようで良かった。
 
「お母さん、もう遅いから今日は帰るわね。明日もくるから、それまでしっかり休んでおくのよ」
「俺も学校終わったら、また明日も来るから」

 時計の針は午後八時過ぎを指している。
 これはいつも母さんが帰る時間だ。

「それじゃまた明日!」

「えぇ……」
「ああ……」

 扉を出る直前、必要以上に心配をかけないよう明るく振る舞ったのだが、逆に強がったように見えてしまったようだ。二人の返事が少し重々しいものになってしまった。

「…………」

 いつもなら何も感じない部屋の静けさが、今日はやけに鬱陶うっとうしく感じる。

 あんなことがあったせいで、久し振りに疲れてしまったんだろう。
 しかし今日は無理でも、これから先は色々と調べる必要がある。

 とりあえず明日からのことは、また明日以降の俺に任せて、今日はもう寝よう……




『おやすみ──』
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